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架空の世界の物語  作者: 詠藍
森の国(ウータン)編
6/30

◆ロミの追憶 氾濫と忘却

 大衆は、無知であるべきである。

 (それが、世界の均衡を保つためである、という、お為ごかしの題目によって)


 知を求めることは禁忌とされた。

 国境は固く絞られ、人々の交流は最小に限定された。

 (あのような戦を、ふたたび起こさぬように、というきれいごとで包み込むように)


 閉ざされた「学園」や、をもたぬ「賢者」を通してのみ、

 理の窓は細く開かれるべしと、5国協定には定められている。



※※※



 「我は忘却を知る人間だ。我は忘却することにより、過去から逃げた。ロミの国から、ロミの民から、ロミの歴史から。」


 ――老師は大粒の涙をぬぐいもせずに慟哭した。


 「そのことに気づいたときに愕然とした。取り戻すべきものがあると知った時には遅かった。我は……、我は、すでに思い出す糸口を失っていたのだ」


 青年は、老師のいう糸口とは、老師とともにこの船に乗り渡りきた一族なのだろうと推測する。



※※※



 「カイは、見たものをすべて記憶してしまう病の持ち主だ。そなたにはわかるのであろう、ウィシュク」


 ――老師は洞窟の天を仰いだ。


 「そなた等がただ羨ましかった。これから刻まれていく新しい歴史を、純白の頁に書き込むそなた等が。そして、その記憶をすべて劣化させずに、持ち続けていくことを。だが、」


 カイは、「学園」に「棄てられた」少年だった。

 その能力をうとまれ、周りの大人たちが彼にどのような態度を示したか。少年は語りはしなかったが。


 「我は、忘れられぬということの苦しみもまた、分かっていなかったのだ」


 青年もまた、胸の奥底に仕舞い込んでいた痛みを思い出す。


 「ロミ老師…。確かに、わたくしもまた、老師の推察される通り、『忘れられないもの』でございました」


 青年は老師のそばに跪き、老師の目をしっかりと覗き込んだ。


 「しかし、わたくしは師に恵まれ、友に恵まれ、自分を支配するすべを学んでいったのです。師よ。少年の心に収めるには、世界の理は荷が重過ぎましょう。しかし、大人になるにつれて、記憶を統制することができるようになりましょう。周りがきちんと、導いてゆくならば。そしてその能力は、確かに彼を支えていくものになるはずです」


 老師は頷いた。


 「賢者ロミオ・ロベール・フェクサスより、賢者ウィシュク・ベーハ・ラフロイグに依頼する」


 それは師から弟子への言葉ではない。対等な、賢者同士の依頼の際の文言である。

 青年は、決められた作法通りに居住まいを正す。


 「カイル・アソールの身柄をそなたに預ける。導いてみよ。それは、そなた自身の成長にも繋がるであろう」

 「賢者ウィシュク・ベーハ・ラフロイグは、賢者ロミオ・ロベール・フェクサスの依頼を承る」

 「うむ」



※※※



 カツーン、カツーン、カツーン…、

 ワルツのリズムの足音が先を行く。


 

 青年は老師から譲り受けた鍵を使って、扉を閉めて後に続いた。



 カツーン、カツーン、カツーン…、 


 カッ、カッ、カッ、カ…


 ふたつの足音が坑内に響く。


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