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架空の世界の物語  作者: 詠藍
森の国(ウータン)編
3/30

首都 アルッカ

 森の国ウータンは、首都アルッカを中心に半月状に街道が引かれている。シャワティからアルッカは休憩を挟みつつ、馬車でおよそ半日の行程であった。

 シャワティにも市はあるが、アルッカは古都らしく、広い寺社の境内にところ狭しと出店が並ぶ様子が異国情緒を誘う。

 カイは自分で買い物をしたことがなかった。この旅の資金は賢者がもつが、学園にてさまざまな手伝い事をして、カイ自身少しだが小遣いを持っている。

 なにか買ってみてもいいかな、と思う。


 「じゃ、夕刻、宿でな」

 ニルギリは仕事があるらしく、街の庁舎へと向かった。


 衣食に関する物資は予め頼んであったものの、これから向かう辺境では必要なものが手に入るかはわからない。

 賢者は薬やインク、紙などの細々としたものを買い足していく。

 昼食は屋台の、甘辛く炒めた麺で軽く済ませた。


 「わたしは国立診療所へ行きますが、カイはどうしますか?」

 「ご一緒しなくて、よいのですか?」

 「お偉いさんへのご機嫌うかがいですからねぇ。たぶん、カイが行ってもつまらないと思います。街を見てきてもいいんですよ」


 カイは少し考えた。

 これまで、ひとりで行動をしたこともなかったのだ。しかし、この機会にと、小さく頷く。

 賢者の提案は、ただの気まぐれではない。比較的治安のいいこの街で、観光や買い物をすることもまた学びのひとつなのだと考えるべきなのだろう。


 賢者はカイの頭を指ではじき、「暗くなる前に宿に戻りなさい」と言って手に小さな財布を握らせる。


 「これ……」

 「カイが好きなように。スリには気を付けて」


 そう言って、するりと人ごみに紛れてしまう。男性としては小柄な賢者の姿はすぐに隠れてしまったが、高く上げた手が2度、振られたのがわかった。



※※※



 蒸し暑い。

 外套を脱いでしまいたいくらいだ。

 この街の季節は、「ちょっと暑い」と「すごく暑い」の2季しかないのよぅ、と、薄物を売る女が笑う。

 いまは、「ちょっと暑い」のほうだろうか。

 同じ国でも沿岸部と内陸では相当違うのだろう。雪に降り込められるという霊峰メイを遠く思う。


  色とりどりの布を売る少数民族の少女、魚の干物を竿にかけるおばさん、皮革を刺繍する愛想のない男。

  白塗りの道化師、串焼きの匂い、銀細工、八百屋、金物屋、楽器屋、服屋、服屋、かばん屋、ナイフ屋……。


 人に酔いそうだ。だが好奇心のほうが勝って、あちこちの屋台を冷やかした。


 木工細工の店で、船の模型をじっくり検分する。これは自分のためではなく、老師ロミが海に関する置物を集めているから。

 しかし、まだ往路なので買わずに棚に戻す。

 (すごく、精密。帰りに立ち寄ることがあったら、お土産に、しようかな)


 旅先で野宿をする機会があるだろうかと、スパイスを売る店で塩と胡椒、辛味を少し求める。辛味はガラムというらしい。

 少し迷ったが、自分の貯めた金で払った。


 のどが渇いたので、木の皮に入った果実の搾り汁を買う。

 子供と思って侮られたのか、釣りを誤魔化されそうになったのを指摘すると、店員は苦笑いで答えた。


 「なんだ、坊主、文字が読めるのかよ」

 「ばっか、アンタ、この子の外套『学園』の仕立てじゃないか。……ごめんねぇ、ウチのひとがコスイことしてさぁ」


 奥さんがペコペコと頭を下げながら、正しい釣りと、おまけに白い果肉の果物をくれた。甘い。


 隣は占い屋。からっぽの鳥籠が看板。


 ここには用はないかな、と、通り過ぎようとすると、


 ぬっ、と、細い腕が伸びて、カイを天幕に引きずり込んだ。




 「……、あ、あの?」

 「賢者の弟子だね」

 「……、なん、ですか?」

 「メイヨン・ホワンに行くのだろう?」


 老婆は過剰な装飾品に囲まれていた。衣装が老婆を操っているのか、と錯覚するほどであった。

 じゃらじゃらと何重にも重ねた腕輪を鳴らし、こそげたように肉が落ちた腕はカイを掴んで離さない。


 外ではにわかに雨が降り出した。

 慌てて商品を片づける市の商人たちの気配が、ざわざわと天幕に伝わってくる。


 「うらないは、いりません」

 「そうじゃない、そうじゃないよ。悪いんだけど、ちょっと頼まれてはくれないかぇ」


 老婆は、黒いヴェールの向こうから、黒い瞳を光らせてカイの心を縛り付けた。

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