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架空の世界の物語  作者: 詠藍
森の国(ウータン)編
18/30

大祭、そして花火 2

 冬の日が傾いていく。

 カイは、時間が過ぎていくのを、じりじりと待っていた。


 所詮は牛舎だ。

 鍵は頑丈なものではあるが、複雑なものではないはずだ。大丈夫。

 引き戸の前で膝をつき、慎重に仕掛けを解いていく。やがて、かたり、と音がして鍵が外れたのがわかった。


 「ヨー」とヨーが鳴いた。

 連れて行けとばかりに、前足で地をかりかりと掻く。


 この賢い獣は、夜半に自分が屠殺される運命を知っているのかもしれない。


 「一緒に、来る?静かにね。見張りが、いるかもしれないから」


 ノルに案内された村だ。生垣の隙間も裏道も湖畔を見渡せるとっておきの隠れ場所も、ノルが教えてくれていた。

 カイはヨーをつれ、村長の屋敷をそっと抜け出した。



※※※



 霊峰メイの山頂が、夕日に赤々と輝いている。


 ニルギリは貴賓席の一角で、村の役員に囲まれてその時を待っていた。

 「そろそろ出航ですよ」と、隣に座る男が耳打ちする。


 時折、地が鳴くように震える。ゴーゴーと、風が唸る音にも似た。


 「最近、多いですね……」

 「前回の大祭で……」

 「星神様のお怒りが……」

 「御山の鳥竜が目覚められたとか……」

 「ははは、まさか……」


 村人たちの話す声が耳に入る。たしかに、小さな地震が何度か、この地入って感じられたようにニルギリも思いあたる。

 ニルギリは腕を組み、椅子の背に凭れかかった。


 やがて、祭りのはじまりだ。鐘が鳴る。どぉん、どぉん、と太鼓が鳴る。

 湖に、すべるように現れたのは、白木の大きな船だった。 

 

 無数の松明と、湖に浮かべられた灯篭、造花。

 それらに照らされて、船はゆっくりと進み、湖の中央に止まる。

 船の操舵をしていた船員が、小舟でそこから離れてゆき、甲板には星神の依代と月の巫女のみが残った。


 ゆったりとした太鼓と、笛の音。

 音楽の転調を合図に、儀式が始まる。船上のふたりは、流れるような動きで、扇をときに手紙のように、ときに剣のように扱い、物語を紡いでいく。この距離から見ると、生命を持たない人形が舞っているかのように神秘的な動きだ。

 「ほぉう」

 ニルギリは時を忘れて見入ってしまう。ウィシュクにこんな特技があるとは。心地よい驚き、と、何かに引っかかる、感覚。


 ――甘い、香り?


 ニルギリは鼻の上にしわを寄せた。どこからともなく、甘い香りが漂う。

 観客席の人々は、何かに陶酔するかのようにざわめいている。

 ひときわ大きな火にくべられている、あれは護摩だろうか。ニルギリの本能が、警告を発した。……この煙は、危険だ。

 手拭いで顔を覆い、直接空気を吸い込まぬように呼吸を潜め、ニルギリは立ち上がった。

 音楽が、また、転調する。その時。


 「撃てぇぇぇぇーーーーー!!!!!!」


 地を切り裂く声が響き渡った。


 その鬨の声は、ケサルの声に似ていたように思う。

 神弓を引く男たちが、神の船に向けて一斉に火矢を放った。


 「なっ!?」

 演出とは信じられない。本気で船を沈めようとしている。

 現状を認識する余裕もないまま、ニルギリの足は弓隊の天幕へと走った。


 「ケサルーーーー!!!!」


 並ぶ椅子を蹴散らしながら、貴賓席の頂点に座る村長の顔をちらと見る。

 その男は背筋を伸ばしたまま、表情を動かさずそこに座っていた。

 周りの若衆がニルギリを止めようと囲みかけるのを、ニルギリは剣の鞘で打ち散らした。


 「何をしている!!どういうことだ!?」

 「次ぃ!構えっ!!」

 ケサルはニルギリを無視して号令をかける。ニルギリはケサルの肩を掴んで地に放り投げる。


 「はははは、天に帰れ、神も巫女も」


 ケサルの号令で、神弓隊が船を射ている。ケサルはニルギリに押さえつけられながら、笑っていた。神弓隊の男たちは、表情を変えることもせず、淡々と弓を絞り続ける。ニルギリは突然の展開に驚き、ケサルの喉元を締め上げた。

 火矢の何割かは船に命中し、燃え移り炎をあげる。

 神舞を躍る彼らは、と見ると、白い袖が今燃え上がるところだった。

 (袖……だけだ。衣服を囮に脱ぎ捨て、身を伏せたか。ウィシュクのことだから、巫女を守って無事にいるだろう)

 安堵のため息をつくが、船が燃えてしまえばどちらにしても逃げ道はない。

 (どうするつもりだ、あいつ。……ちっ、何が起こってるんだ)


 船の側壁を舐める炎が、やがて、へりを囲む筒の導火線に引火した。

 ひゅーるるる、ひゅーるるる、

 猛禽の羽音のような、風を切る音。

 花火が。


 ぱぁん、ぱん、ぱん、

 ぱんぱんぱんぱんぱん、


 花火は連鎖して追爆し、物凄い音を立てて打ちあがった。空を明く染め上げる。

 村人たちは惨事に驚くでもなく、甘く陽気にざわめいている。この香か、やはりおかしい。

 神弓隊は次の矢をつがえ、訓練された動きで途切れなく打ち込んで行く。



 「あいつが馬鹿だったんでさ。せっか惚れた女を手にする機会だったのに、自滅しやがって」


 ニルギリに押さえつけられたケサルが笑う。それは、49年前のこと。


 「なんでもかんでも人に尻拭いを押し付けやがって。あいつはガキのころからそうだ。ざまぁみやがれ」


 49年前の儀式は、失敗に終わったとは聞いていた。

 星神の依代に選ばれた18歳の青年アウムは、恋人であった月巫女をその手で害することを拒絶し、幽閉された。依代はアウムの兄が引き継いだが、月巫女は儀式の最中に忽然と姿を消し、以降遺体も見つかっていない。後にカイはその巫女とアルッカの市で出会っている。儀式の失敗の直後に4国戦争が激化し、多くの人が死んだことによって、大祭の意義は逆説的に神格性を増していた。


 しかし、儀式の失敗に至るその詳細を、今の時点のニルギリは知らない。

 だんだんと苛立ってきたニルギリには、要領を得ないケサルの話声が耳障りだ、と感じられてきていた。


 「終わりだ。全部終わらせてやってんだ。神も巫女もくそくらえ。この祭りは、この村は」


 祟り神だ。憑りつかれてやがったんだ。それももう全部おしまいだ。

 オレが終わらせてやる。

 あーっはっはっは、と、ケサルは狂ったように笑う。


 「言い残すことはそれで全部か?」


 霊峰メイを、打ちあがる花火を背景に、ニルギリは鬼人のような表情を浮かべてケサルを見下ろした。

 ニルギリは抜身の剣を振り下ろす。

 ケサルの首がごろり、と転がり、湖の波打ち際に赤い血の波紋が、じわりじわりと広がっていった。

 

 

※※※



 冬の日が山の端に隠れようとしていた。賢者とノル。星神の依代と月の巫女を乗せた白木の大船が、松明の火に照らされている。

 音楽の転調が、舞の終盤を一気に盛り立てる。

 急かすような、もどかしいような太鼓のリズムが、星の神と月の巫女の鼓動のようにあたりを打ち付ける。


 「撃てぇぇぇぇーーーーー!!!!!!」


 地を切り裂くような雄叫びは、大地を裂き湖を分け、神の船まで届いた。


 「賢者さまッ!!」

 「ノル!!」


 賢者は舞の流れのまま、扇を頭上に投げ、上掛けの長衣の袖を抜くと、ばっと身を翻した。

 片腕にノルを抱き、甲板に身を押し付ける。

 一瞬の出来事だった。ダンッ、ダンッ、と仰向けになったノルの耳を掠めるのは、神弓隊の放つ矢。


 「まさか……」

 伏せたのは、とっさの判断だった。賢者も半信半疑だった。まさか、衆人が目撃している、この舞の只中に矢を放つとは。

 ノルの父である村長からノルの救命を依頼され、賢者自身も様々な準備をしてはいたのだが。当初の計画よりも、いくぶん派手な……派手すぎる脱出劇となったが、仕方がない。


 身代りにくうに置き去りにした長衣の、袖が一気に炎にまかれる。

 賢者はノルを引き、矢の届かない奥手に這いずった。


 「泳げるね」

 「……はい」


 浮かぶ船は湖の真中。

 はじめから、ノルを逃がす選択肢は、水中以外にない。


 ふたりは船尾から、湖面へと身を躍らせた。


 ひゅーるるる、ひゅーるるる、

 風を切る音がして、一瞬後、破裂音と閃光を広げながら、花火が暮れきった空に連鎖して開いていった。

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