大祭、そして花火 1
バタン、バタン、という音が響き、牛舎と外を繋ぐ跳ね上げ戸が閉まっていった。
外側から閂がかけられたのか、叩いても引いてもびくともしない。
――閉じ込められてしまった。
冬至の朝。小屋の掃除をし、カイは家畜たちの水と飼い葉を変える。いつもと同じ仕事だった。
水桶を抱えていたばかりに、対応が遅れたのだ。
慌てて母屋へと続く引き戸に手をかけるが、すでにこちらにもしっかりと寄木の封印が施されていた。
明り取りの天窓は高く、とても抜け出すことができそうになかった。
(……どう、しよう)
カイは、指示を受けずに行動することに慣れていない。
ノルから受けた賢者の伝言では、賢者が拘束される可能性には触れていたが、カイが閉じ込められたときのことは言及されていなかった。
力が抜けて、ヨーの柵の前にへたり込んだ。天窓を見上げて、太陽の角度を測る。
ノルは、この日のために、懸命に舞を練習してきていた。
今は賢者もついていることだし、神舞が始まる前にふたりが害されるようなことはない、と思う。
(舞が始まるのは、日の入り。……あと、10時間、くらいかな)
べろん、と、涎でべちゃべちゃした生暖かい舌がカイを舐めた。
コツコツ、と、ヨーの嘴がカイの胸ポケットを叩く。
カイは胸に手を当てた。
そこには、「お守り」と渡された、ヨーの羽根が入っている。
そうだ。焦っても仕方がない。
ここ数日、よく眠れていないのだ。カイはヨーにもたれかかり、意識を閉ざすことに決めた。
※
日の指す方角からして、正午あたりだろう。カイは目を覚ます。
人の気配がして、カイは杖を抱いて身構える。
カイの携帯している杖には、測量機器である象眼儀を組み合わせた頭飾りがついている。
中央の透明な真球にはどのような仕組かはわからないが、色のついた液体が満たされており、水泡は瞳のようにゆらゆらと揺れる。
武器になるようなものではない。しかし……。
老師ロミの英知の一片を抱くようで、ほんの少し、心強さを感じる。
「おい、開けるぞ」と、男の声。
母屋との境の引き戸、寄木のからくりがするすると動く。
(右、左、右、右、左)
外からと中からの操作は異なるかもしれないが、カイは慎重にその動きを目で追いかけて焼き付けておく。
がらり、と、戸が開いた。
若衆の一人が、膳を手にそこに立ちふさがっている。もちろん、ここで暴れたとてカイがかなう相手ではない。
「メシだ」
膳をカイの脇に置いて、男は告げた。
「上のお方は、従者のお前まで害するおつもりではない。ただ、祭りが終わったら、ここで見聞きしたことはすべて忘れて役人とともに下山せよ、との仰せだ」
「上の方って、……村長、さん?なん、で?」
「伝えたぞ。……お前は、何も知らない子供であるから見逃されるのだ。余計なことをして、命を縮めるようなことはするな」
男は、どこか同情するような口調でカイを見下ろした。
カイは、下唇を噛んで、発言を堪えた。
……血の味がする。
扉が閉ざされる。また、仕掛けが動くのをじっと見ていた。
大丈夫だ。これなら、解ける。
カイは、膳を引き寄せて腹ごしらえをすることにした。
隔離されているとはいえ、食事の内容は表と同じ、祝い膳であるらしい。
腹持ちのよい餅が、今のカイにはありがたかった。
祭りが始まれば、そちらに皆の意識が行く。警戒も薄くなるだろう。
よく眠り充分に腹を満たしたカイは、不思議なほどに冷静になれた。
カイは食事を終え、ヨーと牛たちにも新しい飼い葉を与えた。
事態が動いているときより、待つ時のほうが、心は苦しい。
※※※
カイが食事を終えた午後を少し回ったころ。
禊を終えた賢者は舞装束に身を包み、目隠しをされたまま輿に乗せられていた。
「禁域」で地に足を着けてからも、そのまま手を引かれ、この場所まで誘導されてきた。
ひんやりとした、水の気配。
やがて、目隠しが外される。
「……これは……」
「神の船にございます」
傍らの介添え人が、賢者問いに答えた。
塗装を施していない、白木の外洋船とおぼしき巨大な船が、岩室のなかで出航を待っていた。
賢者は既視感に打ち震える。海から遠い山中の洞窟に船。忘れられるはずのない、異質な組み合わせ。
「これが、ホワンの技術」
「左様にございます。ささ、花嫁様の御仕度も整っておりますゆえ、あちらに」
「賢者さま……」
「大丈夫ですよ、ノル」
賢者はノルを安心させるように微笑みを作った。
山に、船。ただの山中の少数民族にしては、高度すぎる建築技術。ホワンの民の源流は、どこからきたのだろう。賢者は微笑みの下で静かに考察を重ねる。