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架空の世界の物語  作者: 詠藍
森の国(ウータン)編
17/30

大祭、そして花火 1

 バタン、バタン、という音が響き、牛舎と外を繋ぐ跳ね上げ戸が閉まっていった。

 外側から閂がかけられたのか、叩いても引いてもびくともしない。


 ――閉じ込められてしまった。


 冬至の朝。小屋の掃除をし、カイは家畜たちの水と飼い葉を変える。いつもと同じ仕事だった。

 水桶を抱えていたばかりに、対応が遅れたのだ。


 慌てて母屋へと続く引き戸に手をかけるが、すでにこちらにもしっかりと寄木の封印が施されていた。

 明り取りの天窓は高く、とても抜け出すことができそうになかった。


 (……どう、しよう)


 カイは、指示を受けずに行動することに慣れていない。

 ノルから受けた賢者の伝言では、賢者が拘束される可能性には触れていたが、カイが閉じ込められたときのことは言及されていなかった。

 力が抜けて、ヨーの柵の前にへたり込んだ。天窓を見上げて、太陽の角度を測る。


 ノルは、この日のために、懸命に舞を練習してきていた。

 今は賢者もついていることだし、神舞が始まる前にふたりが害されるようなことはない、と思う。


 (舞が始まるのは、日の入り。……あと、10時間、くらいかな)



 べろん、と、涎でべちゃべちゃした生暖かい舌がカイを舐めた。

 コツコツ、と、ヨーの嘴がカイの胸ポケットを叩く。


 カイは胸に手を当てた。

 そこには、「お守り」と渡された、ヨーの羽根が入っている。


 そうだ。焦っても仕方がない。

 ここ数日、よく眠れていないのだ。カイはヨーにもたれかかり、意識を閉ざすことに決めた。





 日の指す方角からして、正午あたりだろう。カイは目を覚ます。

 人の気配がして、カイは杖を抱いて身構える。


 カイの携帯している杖には、測量機器である象眼儀を組み合わせた頭飾りがついている。

 中央の透明な真球にはどのような仕組かはわからないが、色のついた液体が満たされており、水泡は瞳のようにゆらゆらと揺れる。

 武器になるようなものではない。しかし……。

 老師ロミの英知の一片を抱くようで、ほんの少し、心強さを感じる。


 「おい、開けるぞ」と、男の声。


 母屋との境の引き戸、寄木のからくりがするすると動く。

 (右、左、右、右、左)

 外からと中からの操作は異なるかもしれないが、カイは慎重にその動きを目で追いかけて焼き付けておく。

 がらり、と、戸が開いた。

 若衆の一人が、膳を手にそこに立ちふさがっている。もちろん、ここで暴れたとてカイがかなう相手ではない。


 「メシだ」

 膳をカイの脇に置いて、男は告げた。


 「上のお方は、従者のお前まで害するおつもりではない。ただ、祭りが終わったら、ここで見聞きしたことはすべて忘れて役人とともに下山せよ、との仰せだ」

 「上の方って、……村長、さん?なん、で?」

 「伝えたぞ。……お前は、何も知らない子供であるから見逃されるのだ。余計なことをして、命を縮めるようなことはするな」


 男は、どこか同情するような口調でカイを見下ろした。

 カイは、下唇を噛んで、発言を堪えた。

 ……血の味がする。



 扉が閉ざされる。また、仕掛けが動くのをじっと見ていた。

 大丈夫だ。これなら、解ける。


 カイは、膳を引き寄せて腹ごしらえをすることにした。

 隔離されているとはいえ、食事の内容は表と同じ、祝い膳であるらしい。

 腹持ちのよい餅が、今のカイにはありがたかった。


 祭りが始まれば、そちらに皆の意識が行く。警戒も薄くなるだろう。

 よく眠り充分に腹を満たしたカイは、不思議なほどに冷静になれた。

 カイは食事を終え、ヨーと牛たちにも新しい飼い葉を与えた。


 事態が動いているときより、待つ時のほうが、心は苦しい。



※※※



 カイが食事を終えた午後を少し回ったころ。

 禊を終えた賢者は舞装束に身を包み、目隠しをされたまま輿に乗せられていた。


 「禁域」で地に足を着けてからも、そのまま手を引かれ、この場所まで誘導されてきた。

 ひんやりとした、水の気配。

 やがて、目隠しが外される。


 「……これは……」

 「神の船にございます」

 傍らの介添え人が、賢者問いに答えた。


 塗装を施していない、白木の外洋船とおぼしき巨大な船が、岩室のなかで出航を待っていた。

 賢者は既視感に打ち震える。海から遠い山中の洞窟に船。忘れられるはずのない、異質な組み合わせ。


 「これが、ホワンの技術」

 「左様にございます。ささ、花嫁様の御仕度も整っておりますゆえ、あちらに」


 「賢者さま……」

 「大丈夫ですよ、ノル」

 

 賢者はノルを安心させるように微笑みを作った。

 山に、船。ただの山中の少数民族にしては、高度すぎる建築技術。ホワンの民の源流は、どこからきたのだろう。賢者は微笑みの下で静かに考察を重ねる。


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