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架空の世界の物語  作者: 詠藍
森の国(ウータン)編
15/30

星の神 月の乙女

 どこか遠くで、地が震えるような音がする。

 アウムの洞窟を出ると、雪の塊がはらはらと落ちてきた。

 崖の上に、数人の村人が立ち、こちらを睨みつけている。


 「いたぞ!」

 「やはりここか!!」


 彼らは、ノルを探していたらしい。ノルは先ほどの話の余韻を抱いたまま、怯えた獣のような敵愾心を湛えてそれに対峙する。


 「お嬢様。お館様がお呼びです。ご一緒に」

 「いやっ!カイ!!」 

 「僕も、いっしょに、行きます」

 「貴様!離せ!!」

 「……、行き、ます!」


 男のひとりの腕から、ノルを引きはがす。

 仕方がない、ついてこい、と、男たちは村長の家までを先導した。



 「あまり私を失望させるな」

 メイヨン・ホワンの村長であるノルの父は、気の荒い職人たちをも纏めあげる屈強な男である。

 ノルの母の姿を見たことはない。すでに亡くなっているのかもしれない。

 「お父様……」

 「お前には村長の娘、月の巫女としての自覚はないのか」

 ノルの父は、娘の懇願の声をすっぱりと切り捨てた。


 「客人を連れて村内をウロウロしているかと思えば。大祭までの日々、稽古ばかりでも息苦しかろうと、甘やかしていればこれか。洞窟には近づくなと、何度言ったらわかるのか。何を吹き込まれたか知らんが、上に立ち人にかしずかれて暮らす我らには相応の努めがあるということを、忘れたわけではあるまいな」

 「お父様……、あたしは……」 

 「言い訳は無用だ。祭りまでの時、屋敷の外に出ることは許さぬ。……連れて行け!」

 「はっ」

 ノルの両脇に立つ屈強な男が、少女を引きずるように連れ去ろうとする。


 「カイ!カイっ!!」

 「ノル!!」

 「従者どの。辺境の一地区といえど、この村にはこの村の掟というものがある。あまり勝手なことをされては、賢者様のお立場も危うくされますぞ。自重されるべきでしょうな」


 ぴしゃり、と、目の前の戸が閉ざされる。

 寄木細工の、美しい模様が、目の前に瞬いた。

 


※※※



 「ノルさんの姿が見えないようですが」

 その日の夕食時、座を見渡して賢者は言った。

 

 妻子を持たぬ村の若衆たちは、寮に寄宿しながら共同生活をする習わしらしい。

 食事は、初日の夜に宴会が開かれた広間で揃ってとっていた。今も大勢の村人がそちこちで騒がしい声をあげている。

 もともと、賢者とカイは食事の席を離されている。

 今日は珍しくケサルもニルギリも夕餉に姿を見せているが、賢者に口止めされていることもあり、相談ができる雰囲気ではなかった。


 「娘は自室にて潔斎させております」

 「新月は、3日後ですね」

 「これまで、いささか自由にさせすぎました。お恥ずかしいことに、このままでは、祭りの日までに舞が形になるかも怪しいものです」


 上座では、村長と賢者が、ノルについて話すのが見て取れる。


 「星月の舞ですか。繊細で幻想的な舞ですね。あれは、難しい」

 「……ほう?」

 「もっとも、私が神舞を修めたのは『光の国アルティスタ』にいた時のことですから、この国のものとは細部が異なるかもしれませんね」

 「賢者様も、神舞を?」

 「賢者を拝命するより以前は、聖職にて禄をいただいておりましたので」

 「……ふむ」


 村長は、なにやら考え込むように黙り込んだ。

 やがて背筋を伸ばし、居住まいを正す。


 「賢者様に、折り入ってお頼みしたい儀がございます」

 村長は拳を前に付き、床に深く頭を下げる。周囲の村人がその様子に気づき、場の空気がかすかにざわめいた。


 「こたびの大祭、神事を司る神官は高齢にございます。もともとは星の神を降ろす依代は、月の巫女につりあう青年をもって任じられるべきでございましたが、先の大戦以降村の人口は減少の一途となり、後継を育てること間に合わず。仮とはいえ、老神官との婚儀の真似事。となると、娘があまりに不憫でなりませぬ。神は訪れ、また去りゆくものであれば、客人である賢者様こそ、そのお役目にふさわしいかと。星神の使いとして、新月の夜の舞をひとさし、ご披露いただけませんでしょうか」


 「なんと!」

 「村外のものに、依代のお役目を命ぜられるとは」

 「お館様、正気にございますか!?」


 若衆たちの声が大きくなる。

 村長は顔をあげ、一睨みでそれらの声を黙らせた。


 「村長様、私はすでに祭祀としての資格は返上しております。そのようなお話をお引き受けするわけには……」

 「詳しく事情をお話しましょう。……ここは、騒がしい」


 そう言って村長は、賢者とわずかな側近をひきつれ、扉のむこうへと消えていってしまった。

 ケサルは憮然としたような、ニルギリは心配するような、それぞれの表情を浮かべてそれを見ていた。

 「なんだ、……なにがあったんだ?あいつ、大丈夫か?」

 カイには、答えることができない。

 「お~い?カイく~ん?」

 ニルギリの声が、とても遠くに聞こえる。

 カイの感覚は、「閉じられ」つつあった。



※※※



 カイは、寝室として与えられている召使い用の相部屋で、ぼんやりとした夜を過ごしていた。

 早朝から仕事がある同室の少年たちは、もうすっかりと寝入っている。


 賢者は、星の神の依代として舞を舞うという依頼を、受諾するのだろうか。

 ノルを抱き、殺し、心の臓を抉り出すという儀式に、賢者が同意するわけはない、と、思う。

 しかし、その想像は、妙な生々しさを伴ってカイを苛んだ。

 アウムの苦しみが乗り移ったかのような、堂々巡りを繰り返す思考を、枕に埋めて耐えようとする。


 ふと、コツ、コツ、と、どこからか音がする。

 不審に思ったカイは、周りの人を起こさぬように、窓辺へと近づいた。

 コツ、コツ、

 そっと覗き込むと、雪玉がまたふたつ、板水晶がはめ込まれた明り取りを叩く。

 カイは急いで上着を羽織り、長靴に足を突っ込んで裏庭へと駆け出した。

 空には、いまにも霞みそうな爪月が灯っている。


 「よかった、カイが気づいてくれて」

 「……、ノル」

 「話がしたくて。抜け出してきちゃった」

 ノルは夜着に毛布を巻き付けただけの薄着だった。

 山の夜には、ふたりとも心もとない格好だ。


 「ヨーのいる小屋にいきましょうか。あそこなら少しは温かいかも」

 ノルはいつものように、カイの手を取り引いていく。



 「ヨー」と、小さな声で甘えるようにヨーが鳴いた。

 カイの手に、嘴をすりつけてくる。

 (そうだ、新月の夜には、ヨーも、捧げられて、しまうんだ)

 忘れていた、もうひとつの別れの予感を思い出し、カイの胸はまたずきりと痛む。


 「父が、賢者さまに会わせてくれたの」

 「……」

 「賢者さまが星神の舞を、あたしが月巫女の舞を。いちど合わせてみなさいって」


 それでは賢者は、村長の話をきっぱりと断ったわけではないのだろうか。


 「父はその舞に満足してくれたみたいで……、稽古をつけてもらいなさいって、ふたりきりで話す時間をくれたんだ。ねえ、賢者さまからカイに伝言があるの」

 そう言って、ノルは賢者と話を交わした時の様子をカイに伝えた。



※※※



 「そうですか。無事に手紙は渡せたのですね」

 賢者はノルとカイがアウムのもとを訪れたと聞き、安心したように笑った。

 「大丈夫、誰にも言いませんよ。秘密にします」

 「あの……」


 カイの師であるという賢者が、無体なことはしないだろう、とノルは思う。

 しかし、ノルには、賢者がどのよう考え動いているのか、いまいち分からないのだった。

 「賢者さまは、儀式のこと、どこまで聞かれたんですか?」


 「ノルさんのお父様は、ずっと悩んでおられました。前回の大祭が、あのような波紋を残したので、正直に申し上げると、もう、諦めるところだった、と。あなたには、厳しい面ばかり見せてしまっていたようですね。あぁ、泣かないで。お父様もおつらかったのだと思いますよ」

 賢者は、ノルの涙を指で拭った。

 「49年にいちどの大祭。たしかに、舞や星神と月の巫女の結婚は儀式として避けようがない。しかし、娘の、ノルさんの命だけは助けてほしいと、お父様はわたしに頼まれました」


 「じゃあ……」

 「観客――村の方々を騙すようで、いささか卑怯かもしれませんが、何とかしてわたしがあなたを逃がします」

 「かみさまは、かみさまはお許しになるんでしょうか」

 「神様には、ヨーの血と心臓を捧げましょう。鎮まってくださいますよう、心を籠めて舞を舞いましょう」

 「……あなた、は、」

 救われる、という話をされてなお、ノルは賢者を糾弾した。


 「……賢者さまは、聖職者でありながら、神を信じていらっしゃらないのですか?」


 賢者は不意をつかれたように、普段の穏やかな表情を一瞬、崩した。


 「賢者は特定の宗教をもてませんし、祭祀の資格も返上しておりますよ」

 「信じて、いらっしゃらないのですね」

 「いいえ、それは誤解です」


 賢者は諦めたように肩をすくめた。


 「カイといいあなたといい、子供とはいえ侮れませんね。……信じていないというのは、誤解です。神がいらっしゃるからこそ、世界はこんなにも残酷なのだと、わたしは思いますよ」




※※※




 ――もしかしたらですが、村長様がノルさんの救命を私に依頼したことも、予め想定された上での何らかの罠という可能性も否定できません

 ――この時代に本当に生贄を捧ぐような儀式を強行するつもりならば、賢者である私も生きて返すつもりはないのだ、と思っていいでしょうね



 「賢者さまは、このように仰っていたわ」と、ノルは話し終えた。


 「……、罠?」

 「うーん、それはさすがに、考えすぎだと思うけど……」


 カイもノルも首をかしげる。


 「あ、あとね、カイに伝言っていうのは……、えっとね、」



 ――カイに伝えてください。もしも、私が儀式にかこつけて拘束され、丸一日たっても戻らないようなことがあったら、あなただけでも逃げなさい、と

 ――薬師様とアウムさんは信頼に足るかただと私は思います。彼らを頼って身を隠すように



 「――って、言ってたの」

 「ニルギリさんや、ケサルさんについては、何か、言っていた?」

 「ニルギリさんて、あの役所のかたでしょう?いいえ?ケサルについても、なにも聞いていないわ」

 「そうなんだ。……ありがとう」

 「いいえ、こちらこそ、ありがとう」


 ノルは、カイに右手を差し出した。


 「今日、会えて本当によかった。大祭の日まで、あたし、部屋から出してもらえないかもしれないけど、でも絶対上手くやるからね」


 カイも、ノルの冷えた手を、そっと握り返した。


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