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架空の世界の物語  作者: 詠藍
森の国(ウータン)編
13/30

祭りの準備

 聖なる滝、聖なる湖。そう呼ばれる、水源地にやってきた。

 集落の中で真水が沸く場所というのは、5国を見渡してみても、聖地として保護されていることが多いのである。


 「射てぇぇ!!」


 太く響く号令の声のもと、一斉に矢が放たれる。


 湖面に浮かぶのは、数艘の白木の筏。それぞれに2本ずつ柱が建てられ、柱の頂点には扇が掲げられていた。

 湖畔に並ぶ10人ほどの男が、扇を的に弓を射ていた。神弓隊の天幕であるという。


 射ち終えた男たちが、すぐに次の矢をつがえる。「遅い!」と叱責する声に聞き覚えがあった。

 ケサルが弓隊の後ろで、全体を監修しているようである。

 彼はすぐにこちらに気づき、左手を上げ「一旦休憩!」と声をはりあげた。


 「これはこれは、ぼっちゃん、じょうちゃん、お揃いで」

 「神弓の礼射の儀があるのよね!」

 ノルがぴょんぴょんとその場で飛び跳ねる。

 「へい。しっかし、まだまだですな」

 ケサルは憮然とした表情でそれに答えた。


 視力の良いカイから見ても、的は遠く小さい。

 見たところ、矢が当たった扇は全体の3割ほどのようだ。

 凪いだ淡水湖とはいえ、水面は揺れる。これを当てるのは大変だろう、と思う。


 「お散歩ですかい?」

 「祭りの準備しているのを、見せてあげようと思って」


 「ふーむ」と、ケサルはまばらに髭の生えた顎を撫でた。


 「とはいえ、禁域もありますからな。あんまりうろうろしねぇで、家で大人しくしていたほうがいいんじゃないですかね」

 「そんなの、退屈で死にそうよ」

 「舞の稽古もあらっしゃるんでしょう?」

 「そっちはちゃんとやってますぅ」


 ノルの頬が不満げに膨れる。


 「ぼっちゃんなぁ」

 「は、はい?」

 「じょうちゃんを連れて帰ってやってくだせえよ。こっから先はよそ者と女は立ち入れねぇ決まりなんでね」

 「なにそれ、サベツ!?あたし巫女なのにぃ」

 「巫女様なら猶更でさぁ。ホラ行った行った!」





 「ちぇっ」

 ケサルの姿が遠くなると、ノルは行儀悪く舌打ちをした。


 「禁域って、なに?」

 「洞窟。たぶん、いま、船を造っているんだと思う」

 「え?船?……あの、筏、みたいなやつ?」

 「ううん、もっとすっごく大きいの」


 7年前の小祭でも、湖にうかべるにしてはかなり大きな船だったの。

 今年は49年のホワンの集大成よ。見てみたいでしょ、と、ノルは悪戯っぽく笑った。


 「近くまで行ってみましょ。中に入らなければ、かまわないわよね」


 駄目と言われると、行きたくなるものらしい。


 (女の子って、よく、わからないや……)

 いささか強引なノルに、カイは振り回されてばかりである。



 木陰と雪山の影に隠れて、ケサルのいる天幕を回り込む。なるほど、岩山の一角がぽっかりと口を開け、そこには大きな扉が嵌っていた。

 ちょうど村の入り口にある、倉庫の扉と同じように、複雑な寄木細工の封印が施されている。

 ご丁寧にも扉の前には、見張りの男がふたりも立っていた。

 とても、こっそり忍び込むという雰囲気ではない。


 「無理、みたいだよ。……帰ろ?」

 「えー、ちょっと待って。あ、ねぇ、あれ見てよ」

 ノルが指すほうを見ると、村の男が台車をひいて洞窟に近づいてきた。

 木材を搬入するらしい。


 見張りの男のひとりが、扉の封印を動かす。重々しく扉は開き、意外なほど広い内部に冬の太陽の光が斜めに差し込んだ。


 「ほら、来てみてよかったでしょ。ね、ね、すごいね」


 日の光が透かす、洞窟の内部。

 組み上げられた足場。ノルの言葉の通り、大型の外洋船とおぼしき外影を浮かべていたのであった。




※※※



 村長の家に戻ると、珍しく賢者が、客間でひとり書き物をしていた。

 「カイ?」

 細かい作業をするときだけ掛ける水晶の眼鏡を外して、賢者が顔を上げる。


 「あの、……今、だいじょうぶ、ですか?」

 「もちろんです。どうかしましたか?」


 賢者が脇に寄せた書き付けをちらと見ると、花火の設計図らしき図面が記録されている。


 「なんだか、ひさしぶりですね。ゆっくり話をするのは」

 「はい。……ノルに、村を案内してもらっていました」


 カイは賢者に、アルッカで出会った老婆のこと、村で見聞きしたことを話す。

 賢者はところどころ質問を交えながら、最後までカイの話を聞いてくれた。


 ひと段落ついたところで、賢者はふう、とため息をつく。指先で、眉間をもみほぐす仕草。


 「ヨーでは足りない、ということですか」

 「……ヨー?」


 なぜ、ここに、ヨーがでてくるのか、カイにはわからない。


 「古代から続く祭りで、生贄を要求する儀式は少なくないんです。前回の大祭について語られるとき、皆さんが『儀式の失敗』という話をされていましたから、もしかしたらとは思っていました。生贄といっても、近代になってまで人の血を流すようなことは道義的に許されませんでしょう。多くの集落では、代替えを捧げます。山羊や小動物を使うのが今では一般的ですね。偶像である土人形を生贄に見立てて壊すこともあります」


 賢者は、師が弟子に講義をする口調でカイに説明する。


 「ヨーは、霊峰メイの周辺の村々では、家畜なれど神獣・聖獣として知られています。ヨーの血だけで儀式が贖えればいいと思っていました。しかし、49年前の大祭では、人々の心は鎮まらなかった。現在の歪みは、とても大きくなっていると思います。……ノルさんが危ないですね」


 賢者は、そこで少し首をひねった。考え込む様子である。


 「手紙を預かった、と言っていましたね。その、アウムさんという方には会えましたか?」

 「いえ、それが……」


 この一週間、あいた時間に少しずつ、集落の周辺を歩いてまわっている。

 そう広くない盆地には、それでも200件近くの民家が密集している。人探しは容易ではなかったが、49年前に18歳だった――つまり、年配のかたの住むという家を中心に、カイなりにアウムを探した。しかし、まだその男は見つかっていなかった。


 「アウムさんに、そのお婆さんの手紙を渡すことが急務ですね。何か私たちの知らないことを、教えてもらえるかもしれません。……カイ、話してくれてありがとうございました。このことは、もうしばらく、皆にも内密にお願いします」


 そこで言葉を切り、賢者はこう付け足した。


 「ニルギリにも、話さないでおいてくださいね」


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