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架空の世界の物語  作者: 詠藍
森の国(ウータン)編
12/30

村長の娘 ノル

 前夜の宴は夜半まで続いたようだ。

 カイは先に退出したが、案内された部屋は賢者の荷をほどいた客間ではなくて使用人用の狭い相部屋だった。


 壁に沿って、3層ずつ、棚のような寝床が並んでいる。


 たしかに今回も従者であるとは紹介されたが、下人のような扱いをされるとは思わなかった。

 賢者と同室とはいかなくとも、一般客用の寝室が用意されていると思っていたので、カイは不満というよりただ、驚いた。

 山中の野営地と比べればわずかにましであるかもしれないが、慣れぬ冬の山おろしが吹き込む部屋だ。唸るような、ゴーゴーとした鼾が地の底からも響いてくる。

 粗末な毛布と自らの外套を体に巻き付けただけのカイは、震えながら夜を過ごした。



 うつらうつらと朝を迎えた。

 まだ外は暗い。何人かの使用人たちがすでに目覚めて活動を始めた気配がする。

 朝食の支度をするのだろう。


 カイも起きだすことにした。水甕に氷が張っている。少しお湯をわけてもらい、素早く顔を洗い身支度を整える。


 「何か、手伝えることは、ありませんか」と切り出すカイ。

 祭りの期間は、村の内外から人が集まる。それに伴い、裏方も人が使われる。

 相部屋を使っていた少年たちのように住み込みで一冬を雇われるものや、交代で通ってくる村のおかみさんたちが、土間で忙しく立ち働いていた。


 「賢者様のとこの子だろぉ。手伝いっていってもねぇ」

 「あ、そうだ。あんたたち、昨日ヨーを連れてきたろ。裏の小屋にいるから、小屋の掃除をして飼い葉と水を変えておいてくんねーかな」

 「ヨー、慣れない人が世話すると、暴れるんだよな」



 ヨーは牛舎に間借りしていた。母屋の続きに牛舎があるのも珍しい作りだ。牧舎内では鶏も放し飼いにされている

 ヨーの飼育のしかたは知らないが、牛や鶏の飼育小屋ならば手伝ったことがあった。そう手順も変わらないだろうと、できる範囲で掃除を試みる。


 と、そこに、緑黒の髪を結いあげ、緑灰の瞳を煌めかせた少女が現れた。

 手の水桶に、なみなみと水を湛えて。


 「おはよう」

 「……あ、おはよう、ございます」

 「掃除をしてくれたの?ありがとう。お客様にそんなことさせて……」


 少女は手桶の水を甕にうつして、こちらを向き直った。

 昨夜とは異なり、この村ではありふれた貫頭衣に帯、厚手のズボンと毛皮の外套という格好である。


 「あたしはノルよ。はじめまして、かしら」

 「いえ、……知ってます」

 「あら、昨日の宴にはいたのね。賢者さまのお弟子さんでしょう?」

 「はい。……あ、すみません、カイです」

 「大人たちはみんな二日酔い。だらしないったら」

 言いながら、慣れた手つきで飼い葉を捌き、ノルはヨーと牛たちに与える。


 「大祭が近いから、みんな浮かれてるみたい。行き届かなくてごめんなさい」

 カイがノルの指示で小屋を整えるのを手伝うと、ノルはちょこんと頭を下げた。

 カイは小さく頭を振る。


 ノルがヨーに触れる。背中をなでると、ヨーはおとなしく撫でられるがままになっている。

 ノルがヨーから離れた時、彼女は数本のうす白く光る羽根を手にしていた。


 「ヨーの伝説は知っている?」

 「少しだけ。ふもとの村で、聞きました」

 「ヨーは竜の子孫って呼ばれているんだよね」

 

 ある村の羊が、牧舎に紛れ込んだ鳥竜の卵をあたためて孵したという。

 生まれたての竜は、己を羊の子であると思いこみ育つ。

 やがてその竜の子が成長し、群れの雌羊とつがいとなって生まれた獣がヨーである、とは、ヤーエ村に伝わる説話だった。


 どこまでが事実に基づいたものかはわからないが、翼を持てど地に住まう不思議な生き物であることは確かだ。

 ヨーはヤーエ村以外ではほとんど繁殖できないため、聖なる獣と呼ぶ人もいた。


 「ヨーの翼はね、ほとんど退化してしまっているけれど、ここ、裏側には羽根が少し残っているの」

 手にした羽根を一本、カイに手渡してノルは微笑んだ。


 「お守りになるのよ。とっても貴重なんだから」

 「ありがとう、ございます」

 「なによ、敬語とか使わなくていいのよ。あたしたち、同じ年くらいじゃない?」

 仲良くしましょうね、と、羽根のかわりにやや強引に握手をもとめられ、カイは半歩後ずさった。



※※※

 


 前夜が遅かったからだろう。母屋の人たちはまだ起きてこないようだ。

 カイはノルに手をひかれるようにして、昨夜の宴会場であった広間に連れてこられた。

 当然、膳などはすべて片づけられており、夜の名残はなくガランとした空間である。


 足の高い卓と椅子ではなく、板間にそのまま座るのがこの村の習慣であるようで、排熱を床下に巡らせた足元はほのかに温かい。

 そこに丸く編んだ草のクッションを持ち込んで、女性たちが何かの作業をしている最中だった。


 薄く薄く、削られた、木くず。

 木材を加工されたときに出るそれを水につけ何度も叩き、やわらかくしたものを使用する。

 熟練の婦人たちは、おしゃべりに興じながら、それらを器用にも花のかたちに重ねていった。


 「冬は花が咲かないから、たくさん造花をつくるの」

 ノルもその輪に入り、ひとつ手本を見せてくれる。


 カイはノルのとなりにぺたん、と座り、ノルの手順をまねて花をひとつ作ってみる。


 「……?」

 「え、うそ!ちょっと見ただけで作れんの?」

 「あらまぁ、ノル様よりよっぽど上手なんじゃないかねぇ」

 横からのぞきこむ女が、カイの作った花を評価する。


 色彩が白と黒しかない冬の山村に、たくさんの花を咲かせる。

 花弁には、絵の具で鮮やかな色が塗られた。


 そうやって、しばらくの間、カイたちは造花作りを手伝った。

 


※※※



 村長の家で食客となりながら、祭りを待つ日々が過ぎていった。


 賢者は当初の予定通り、村の薬師のところに日参し、霊峰メイの周囲にしか生えぬ薬草について学んでいる。

 例えば、この山でのみ取れるアサの木の一種の葉に、人を陶酔させる成分が含まれることが古代から知られている。

 その効果を応用して、怪我人の処置をする際の痛覚の軽減に使用できないか、といった議論が連日交わされているのだった。


 薬は、容量を誤ると毒となる。

 即死となる毒でなくとも、依存や副作用がどのように出るかは、慎重に見極めないとわからない。

 カイは医学に関してはまだ未熟なため、『医療全書』にて許可されている一部の薬品以外は扱わせてもらうことはできない。

 ゆえにカイは、賢者の従者といえども、初めに一通りの薬を見せてもらい簡単な説明を受けた後は、もうその場にいる意味はなかった。


 ニルギリは、めったに立ち入ることのできない辺境のこの村の役場に詰めて、帳簿にかかりきりだ。

 賢者の旅の手助けというだけではなくて、他にもたくさんの仕事を抱えてきたらしい。


 ケサルはもともとこの村の出身であるから、祭りの準備があると言って帰ってしまった。


 結局、カイにはほとんどやることがない。

 早朝ヨーの世話をし、造花を作る。午後は集落をあてもなく散歩したり、仕事を求めて厨房を覗いたりする。

 毎日ではないが、ノルが顔を出すこともある。


 ノルは、「こんな狭い村、退屈じゃない?」などと言いながら、時間があるときはあたりを案内してくれた。

 どうやら、退屈から逃げ出したいのは、ノル自身であるらしいが。


 「みんな、5国標準語が、話せるんだね」

 集落の女性は皆おしゃべりだ。辺境は言語が通じないこともあると聞いていたが、ここでは問題なく意志の疎通ができる。


 「昔から、みんな冬季は出稼ぎでいろんな国に行ってたからじゃない?」

 「ノルは、外国とか、行ってみたい?」

 「うーん、わかんない。あたし、この村から出たことないし」


 でもあたし、標準語以外にも、南部ウータン方言やアリサヴォア民族方言もしゃべれるよ、と、ノルは自慢げに胸を張った。


 目の前の少女に、死んで欲しくない、と思う。

 とはいえ、カイには、この土地の風習にどこまで口出ししていいかわからない。

 預かった手紙のこともある。占の老婆は、「村の者には知られたくない」と言っていた。


 カイはアルッカを出発して以来、賢者にそのことを相談する機会をうかがっていた。

 しかし、賢者の周りには常に人目があり、なかなかふたりきりで話をする隙がないのだった。


 「この村には、同年代の子供が少ないんだ」

 ノルはあきらめ混じりの苦笑を浮かべる。

 「あたしのね、親の世代が少ないの。親の親――おじいちゃんやおばあちゃんの世代ね、戦争に連れていかれて、たくさん死んだから」


 「4国戦争?49年前の……?」

 「うん」


 ノルは足元の雪の塊を蹴り飛ばす。


 「前回の儀式が失敗したからだって皆言ってる。あたし、期待されてるの。舞の稽古だってすっごく厳しいけど、頑張ってるのよ」


 うつむくノルの横顔には、周りに、親に、認めてもらいたいという願望が見え隠れする。

 幼い日々、母の賞賛をもとめた記憶が蘇り、カイの胸をちくりと刺した。


 「ね、ちょっと見に行かない?聖なる滝のほう」

 祭りの準備はあっちでやっているの、と、ノルはまた強引にカイの手を引いた。


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