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架空の世界の物語  作者: 詠藍
森の国(ウータン)編
10/30

盆地の村 メイヨン・ホワン

 霊峰メイを望む村。メイヨン・ホワンは、盆地に切り開かれた集落である。


 山道を抜けた深い谷。底を覗くと冬季は水が枯れているようだが、雪解けを迎えると水量を増して海へと続く川となると言う。

 山で伐採した木を筏に組み、下流へと運ぶ水路となる。もっとも、流れが急なため、人を運ぶことはできないが。


 村と山道をつなぐのは、谷にかかる吊り橋のみ。カイは足を震わせながらそれを渡った。


 日の光をこぼさずに吸う斜面には、段々に畑が広がり、畦には果樹が植えられているが、今は雪がうっすらと被っている。


 風雪の影響を弱める防雪林の影に、点々と人家らしき建物が見えた。

 手前の大きな3棟の倉庫は村共有のもので、入り口が解放されているひとつには丸太がぎっしりと積まれている。

 ほかの2棟は食料庫であるようだ。


 人が抱きついてもなお余る、太い木の柱。

 屋根には薄く打ち出した金属が使われている。それ自体も軽く、雪を落としやすい傾斜をつけられているのが特徴的だ。

 建材に石や煉瓦を使わないのは、降雪の重みに耐えられるようにということだろう。

 扉は精巧な寄木細工で、各家ごとに模様が異なる。


 「あの模様が鍵となっているのさぁ。からくりを解くと扉が開くっちゅう仕組みで。貴重品を保管する部屋なんてすごいぞ。手順を忘れると2度と入れねぇからな。丈夫な木を組み合わせて作ってるから、斧でぶったたいても壊れやしねぇ」


 まるで、強盗に入ったことがあるかのような、物騒なことをケサルは言う。


 視界のはるか遠くが、チカチカと光るのが目に止まる。


 「奥には滝と湖がある。聖地だな。祭りはあっちで行われるんだ。んじゃ、賢者さま、とりあえず村長の家へご案内しましょうや」


 村長には、事前に手紙を出していた。祭りの期間中、客人として滞在することになっている。

 もともと賢者は、この村に住む薬師を訪ねる予定だったのだ。


 老賢者ロミのもとで学んでいた10代のとき、ウィシュクの専門は集落論であった。

 飛び級で「学園」を卒業したのち、彼は各地の集落を巡る旅に出た。


 ウィシュクはその途中で、とある地区で発生した伝染病の流行を抑えた功績により、「賢者」の称号を拝することとなった経緯がある。


 いまでは医者としての名声のほうが高い彼であるが、民俗への興味を失ったわけではない。

 霊峰メイ膝元でしか手に入らない薬草も、49年に一度の大祭の見学の機会も、いちどきに手にすることが叶ったのがこの旅だ。


 「旧友にも会うことができましたしね」

 「ん?ああ、そだな」


 賢者は機嫌のよさを隠さない。

 ニルギリは、「相変わらずヘンな奴だな」と、旧友らしい評価を賢者に下した。



※※※



 村長の家は、集落の中央にあった。


 事前に礼金をたっぷり弾んでいたことも効いたのか、盛大な歓待ぶりである。近隣からも人々が集まり、宴となった。

 賢者が連れていたヨーを贈る旨を伝えると、座がワッと沸き立つ。


 「貴重な聖獣を、本当にありがとうございます。冬至の舞の後に神に捧げ、膳といたしましょう」


 背筋に芯の通ったような、霊峰メイ山を具現化したような村長が、折り目正しく頭を下げた。


 冬至までは、あと半月であった。


 これまでの道中でヨーに愛着が沸いていたカイは、その言葉を複雑な思いで聞く。

 (よかった、のかな。少なくても、すぐに殺されるというわけじゃ、ないんだ)


 祭りが終わって雪の解ける日まで、一行はこの家に滞在することになる。

 ヨーは家畜だ。食されるために連れてきた。

 仕方のないこととはいえ、命の別れはつらく思う。


 宴には、子供は参加していないようだった。

 ケサルは旧知の村人と談笑しているし、賢者は上座で人々に囲まれて動けない模様。ニルギリの姿は見えない。

 カイはいささかの居心地の悪さを感じる。

 仕方なく、黙々と食事をした。穀物を蒸してつきあげた「餅」という主食は、保存性も腹持ちもよさそうだが、食べ続けると飽きが来る。

 宴は、食べきれないほどのご馳走を並べるのがもてなしであるという風習らしい。


 「……、はぁ」

 だんだんと、膳を見るのもうんざりとした気分になってきた。

 ひとこと賢者に挨拶をして、先に休ませてもらおうかと、席を立ちあがりかけたとき……、


 村長が、賢者に「娘を紹介しましょう」と言っているのが遠くに聞こえて、カイは足をとめた。


 介添え人に手をひかれ、奥の部屋から連れられてきたのは、カイと同じくらいの背格好の少女であった。

 花嫁衣装もかくやという、豪華な服を身に纏っている。


 「娘のノルです。祭りでは、巫女を努めることになりましてな。名誉なことです」


 (……巫女!?)


 『巫女は贄だからね、死ななくちゃいけなかったらしい』


 カイは、アルッカの市で会った占い師の老婆の言葉を心の中で反芻する。

 では彼女が、このいとけない少女が、この祭りの犠牲になるのか。


 父である村長は、娘の運命をどこまで把握しているんだろう。


 この祭りにおいて、贄と定められた月の巫女は、ゆっくりとヴェールを外した。


 緑灰の瞳に緑がかった黒髪の美しい、しかしどこか勝気さを隠しきれない少女。

 歓談でざわめいていた宴席が一瞬、しん、と鎮まる。

 見世物にされた不満からか、淡い紅に縁どられた唇をきゅっと結んだまま、少女はぐるりと周囲に視線を走らせていた。


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