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架空の世界の物語  作者: 詠藍
森の国(ウータン)編
1/30

◆ロミの追憶 5国概要(パーロル創世記)

 カツーン、カツーン、カツーン…、

 ワルツのリズムの足音に、


 カッ、カッ、カッ、カ…

 スタッカートの足音が重なる。



 それらは、幾重にも増幅し、ザワザワとした気配のみをその場にとどめていた。

 老師も青年も、無言である。質問が許されるような雰囲気ではない。


 薄暗い回廊の、いくつめの角を曲がったろう。

 学園の地下に、このような場所があるとは知らなかった。

 おそらく、途中から自然の洞窟を利用しているのだろう。

 火を噴く山の心臓部まで繋がっているのかもしれない。

 だんだんと汗ばんできた。かすかに、血のような黴のような匂いが鼻孔に触れる。



 また、扉である。


 老師は鍵束をジャラジャラと鳴らしながら、錆びついたそれを開けた。


 「話しておかねばならぬことがある。先の4国戦争の顛末と、独占された智に関してだ。それから、カイのことを」


 火の山の内臓があらわになる。びちゃり、と足元で水音がする。

 地底湖が、ぼんやりと赤く照らされていた。

 青年は思い出した。これは、潮の匂いであった。

 

 「船…ですか」

 「さよう。ロミの民の船である」


 地底湖には船が沈んでいる。

 洞窟の奥底にあるにはとても似つかわしくない、それは外洋船であるようだった。



※※※※



 「まんなかの島」が突如海中から隆起した5国歴元年(4国歴1540年)、ロミは8才であり、

 「亡羊と船に乗っていたら、やがてそこにたどり着いた」と、述懐する。





 島が隆起した場所は、「真珠の首飾り諸島(イリデッセンス・ドロップス)」にほど近く、4大国それぞれの大陸からほぼ等位置である。

 ロミの一族は、困難を極めながらも島を開拓した。

 島は細々とながら、貿易の拠点としての地位を築き上げ、やがて「まんなかの島=人魚の涙パーロル」と名付けられた。


 パーロルはどの勢力にも属さない独立島として知られるようになる。

 しかし、そんな日々は長くは続かなかった。

 島の領有を巡って4大国が対立をはじめ、やがて大きな争いの影が忍び寄ってきたのだった。



 5国歴16年(4国歴1555年)。4国戦争勃発の年、ロミは、23歳になっていた。

 パーロル第1次移民である、彼と同じ船に乗っていた一族は、「真珠の首飾り諸島イリデッセンス・ドロップス」周辺に散り散りに避難した。

 食料不足と熱病により、同朋は次々と倒れていった。

 ロミは優先的に食料と薬を与えられ、生き延びる。

 

 5国歴22年(4国歴1561年)。ロミ29歳。大戦の終結。


 亡羊とはじまり、茫然と生き、

 気が付けば、彼は、ただ、ひとりとなっていた。





 戦後、パーロルは、表面上の独立を保ったまま、5国協定によりすべてを運営されてゆくこととなった。

 4国歴は廃止され、時をさかのぼって、島が隆起をはじめた年を元年と定める、新しい暦が作られる。


 5国協定では、未来に戦争を起こさせないためと称し、人々の国家間の移動や知識の交換に制限がかけられるようになっていった。

 4大国は戦後処理と内戦に忙しく、いつしか文明は衰退へと進路を切る。詳細な歴史は(手のひらから砂が零れ落ちるように)失われていった。

 「世界の理に触れることは禁忌である」という謎めいた文言が、一人歩きをしていく。

 各国の為政者たちにとっても、民衆は無知であるほうが扱いやすかったため、それを放置した。





 パーロル第2次移民は、4大国の大使や貿易を生業とする商人たちが中心であった。

 また、戦災孤児たちも多数入植された。

 受け入れる場所の確保が急務であった。


 戦争で荒れた港や居住区を立て直すため、ロミは働いた。

 島を復興させることが、ロミの民の遺志を継ぐことにつながると信じて。



※※※



 「いまのままでは、5国はもうまもなく、ほどけるであろう。おぬしは賢者として世界を巡り、何を感じたか」


 「老師様の仰る通り、各国の荒ぶる勢いを統制できるほどの器の者が、存在するようには見受けられません。5国会議が均衡を保っていられるのも、あと、わずかな時かと……」


 青年――若き賢者は、燭台の炎に憂う横顔を見せた。


 「いまでなくては、出してやれぬのだ。ありのままに世をみて来よというのは、あれには酷なことかもしれぬが……」


 あと10年、いや5年の猶予があれば良かったのだが、と、老師は炎の影に表情を隠した。



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