赫いペンケース
テーマ:ペンケース
隣の少女は読みかけの本を机に置き、壊れた人形のように首を折って、あたしの方を見た。
この娘の苗字は御堂、下の名前は知らない。でもすんごいお嬢様で、違和感の塊だってことは知ってる。
ほら、今日だって、こんなに寒いのに。雪が降っているのに、暖房が壊れているせいで部屋は凍えるくらい寒いというのに、薄いワイシャツにベスト姿だ。そう、感覚のない、人形みたいに。
「ねぇ、相田さん。ねぇ……」
御堂の、日本人形のように綺麗に切り揃えられた前髪が、さらさらと落ちる。肩に掛かっていた後ろ髪も、少し遅れて彼女の背を流れる。
あたしはごくりと唾を飲んだ。
彼女がすこし目を伏せ、髪を耳の後ろへかき上げる。その、幼さの中に孕んだ、猟奇的で何だか官能的な、少しだけ覗く黒瞳。その視線とあたしのが少しだけ交わった時、不覚にもどきどきした。
御堂は、とてもきれいだ。
それは、あたしたちが普段きゃあきゃあ言いながら囲んでいるファッション誌に載っているような、そういう賞味期限のある美しさじゃなくて、半永久的にこころが囚われてしまいそうなものだった。
その刹那ごとに変わっていく不可視な虹色の魅力は、近くで見れば見るほどに、彼女が本当に存在しているのか、自分が夢のような何かを見ているんじゃないかって思うくらい、増していく。
だからなのか、御堂の周りには誰もいない。誰も寄りたがらないし、関わるのを避ける。どこか不気味で浮世離れしたその魔力に、皆汚染されないよう自分を守るのに必死なのだ。
「何よ」
素っ気無い風に、御堂の顔を見ないようにして答える。
「あのね、ペンケース、落ちたの」
御堂の、いわゆる、屍んだのに生きている人みたいに真っ白で細っこい指先が、のっそりと動いて、床に落ちている赤いのを指さした。
一目見ただけでわかる、その独特の、売れすぎて割れたリンゴのような緋い色が、ある一定のマニアにうけているそうだ。それもすごく、やばめの人たちに。
どくどく流れ出て、とろとろ広がっていくような黒い血のみたいに……、それしか見られないくらいの、強毒性の麻薬。
御堂も、それに縛られた一人だ。
厄介な、私たちの届き得ない装甲がとぐろを巻いている、謂わば怪物なのだ。
御堂は続ける。
「ねぇ、相田さん。ねぇ、拾って?」
悪い何かを吸ったような猫なで声で、御堂があたしに囁く。その唇から漏れ出した薫りが、すこし大人の雰囲気を帯びていた。臭いような、でもまた嗅ぎたくなるような、噎せ返す匂い……。
あたしは一瞬で、その何かの正体を悟った。だけど言葉にすることなく、御堂と同じように、ゆっくり手を伸ばした。
何となく触りたくない。端を持とうと全体をまんべんなく見渡して、閉まったチャックのところを親指と中指で摘んだ。女子高生の筆箱にしては重い。
「ん」
持ち上げたそれを、少し高いところから落として机の隅に置く。御堂の手の届く範囲だ。それに、大きな音も立てた。
彼女は動じない。
「ほら」
御堂に催促すると、彼女は薄く笑って、少しだけ頭を垂れた。
「ありがとう」
消えいってしまいそうな、細い声だった。
御堂がこちらに手を伸ばす。
その手はそのままあたしの首元まで伸びそうなくらい行く先がつかめなくて、気味が悪い、と一瞬身震いした。
御堂の骸骨色の指が空を彷徨う。
やっとの思いでその指が、ペンケースの半分を危なっかしそうに抱える。
遣り場がなく、血色のない指先を見つめていると、ワイシャツで隠れた影に、何本も重なった茶色い線状痕が見えた。
視界に捉えたものが信じられなくて、御堂の表情を見る。でも彼女は、さっきと変わらない、薄い笑みを貼り付けたままだった。
あたしの視線に気付いて、御堂が頭を上げ、視線がばっちりあってしまった。
「あ……」
思わず声が出た。
それに少し驚いたのか、御堂は、くすくすと上品に笑った。そしてその笑いを止めると、澄んだ冷水のような瞳で、あたしにもう一度、小さく頭を下げた。
再び眼前に上がってきた時の御堂は、初めに見たときと同じような、どこか狂った雰囲気をまとっていたけれど、先程より疲れたように、視線を読んでいた本へ戻した。
なんか書くものが同じような系統をたどっているような気がする。