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死人の花嫁  作者: 黒井雛
12/33

十二

※婚姻が描かれた絵馬の慣習は実在する慣習を元にしていますが、

実際は絵馬は有人の寺に奉納され、建物の中で大切に保管されています。

ホラーの特性を際立たせるためにかなり脚色して別物になっておりますので

あくまでフィクションとしてお楽しみ下さい。

「…ちょ、なにこの石段…登りすぎでしょ…ふくらはぎ吊りそう…」


「まだあと半分あるよー。頑張れ頑張れ」


「っまだこれで半分…!?ちょ、ちょっと休憩」


 息を荒げて石段にしゃがみこんだ啓介を、早苗は溜め息交じりで眺める。


「もう、啓介ったら、だらしがないなぁー。こんな石段、この辺りじゃ杖を突いたお年寄りだって上るよ?」


「ど、どんな超人老人…いや、ほらあれだよ。俺さっちゃんと違って、生粋の都会っこだから…」


「ただの運動不足を都会住まいのせいにしないっ!!今はまだ若くて代謝がいいから痩せてるけど、これから歳を取ったら啓介みたいな運動嫌い、一気に太るんだからね!?やだよー、中年のビールっ腹は。やっぱり適度に運動しなきゃ」


「う…肝に銘じておきます」


 肩を落とす啓介に溜息を吐きながら、早苗は鞄からポットのお茶を取り出して啓介に渡した。受け取った啓介は、すぐに蓋にお茶を注いで一気に飲み干した。

 まだ春の初めで肌寒い時期にこの状態なら、夏場だったら恐ろしいことになっていたなと内心で呆れる。もっと時期が早かったら、階段は雪に埋もれて登れなかっただろうし、つくづく良い季節の実家に帰って来たものだ。


「…でもさぁ、さっちゃん。さっちゃんが言っていた絵馬って今でも一般公開されてるの?もしかしたら10年の間に撤去されていたりしない?」


 これ以上階段を上りたくないのか、この後に及んでそんなことを言い出す啓介を早苗は睨む。

 確かに、早苗が郷里を出てからかなりの歳月が経っているのだから、事情が変わっていってもおかしくはないだろうとは思う。だけど早苗には、そうはならないであろう確信があった。


「大丈夫だと思うよ。――だって撤去するような人がいないもん」


「え?」


 きょとんとした表情で見上げてくる啓介に、早苗はふんと鼻を鳴らしながら肩を竦めて言い放った。


「だってこの神社さ…私が生まれる前からずーっと管理者がいない無人の神社なんだ。町内でローテーションで当番を決めて、交代交代で管理してるの。だから多分撤去とか、そういうの誰かの一存で決められないんじゃないかな」


 神社の所有者は一体誰なのか。それは町内で一番古い家でも知らない、この地域の謎である。調べようと思えば調べられるのかもしれないが、誰もそこまでの必要性を感じない為謎は謎のまま放置されている。

 神社は村で一番のお年寄りが生まれるずっと前から存在し、その当時から町内で管理することが当たり前であった。

 町内の人々は特別な祭事の度にこの神社を訪れ、その際には管理の当番を担う家が、神主のような役割を引き受けた。幼い頃、早苗も七五三をこの神社で祝ったと記憶している。

 神社は町内の人間にとって神聖でいて、それでいて酷く身近な場所だった。神社を汚したり壊したりすることは絶対のタブーにされている一方で、幼い子どもが境内で遊ぶことは推奨された。山へと続く小高い位置にある為、子どもを害するような野生の動物が出てきてもおかしくないのに、なぜか大人は「神社さんの傍なら大丈夫」と根拠もないのに信じていた。よくよく考えれば奇妙な話である。だけどそれが当たり前だった早苗は、今の今までその事実に疑問を思うことは無かった。


「よっし、ふっかーつ!!…あれ?さっちゃん、何難しい顔をしてるの」


「いや…何でもないわ」


「そう?ならいいけど…あ、神社から誰か降りてきたね」


 立ち上がって伸びをしている啓介に促されて視線をやると、階段の上から一人の老女が降りて来る姿が目に入った。手に掃除用具を持っているところを見るに、神社の管理の当番が回って来た家の人のようだ。ならば、早苗を知っている可能性がある。

 一瞬身構え掛けるが、昨日の両親の様子を思い出して、早苗は握り締めていた手を解いた。

 村八分されて酷い嫌がらせを受けていたとはいえ、両親の中ではそれは既に過去のこととして昇華されていた。もう周辺住民ともとおの昔に和解を果たしているのだろう。なんせ、あれから10年も経っているのだ。そう気にすることはない。大体相手が早苗の顔を覚えているかだって怪しいのだ。

 啓介の背を押すようにして再び階段を上り始めた。老女とのすれ違い様に、一応小さく頭を下げる。老女も少し戸惑うように頭を下げ返して、そのまま階段を下りだした。


(ほらやっぱりこの程度のものだ)


 ホッと息を吐き出した早苗だったが、次の瞬間突然背後から肩を叩かれ、思わず飛び跳ねた。


「…さっちゃん?さっちゃん、だべ?」


(いつの間に後ろに!?)


 階段を下りたとばかり思っていた老女は、いつの間にか早苗のすぐ真後ろにいた。

 老女は狼狽える早苗に構わず、皺だらけの顔を一層しわくちゃにして、にこやかにほほ笑んだ。


「やっぱり、さっちゃんだはー。10年ぶりくれぇか?随分と別嬪さんさなって、まあ」


「…はあ」


 親しげに話しかける老女の姿に、早苗は生返事で返した。

 老女の姿は、70代くらいに見える。早苗が出て行った10年前なら、60代。そのくらいの年代で、こんな風に早苗に気さくに話しかけてくるような人物に、早苗は心当たりがなかった。


「10年前の別れ方が別れ方だべ?んだから、もうさっちゃんが、ここさ帰ってねぇんでねぇかってずっと心配してたんだは。んだけど、帰って来たんだな。良かったず。本当良かったず」


「……」


「この辺り10年前と全然変わってねぇべ?開発の話とかも合ったんだけど、みんなして反対して結局このままなったんだは。みっちゃんの旦那さんが、反対派のリーダ―だったんだけんど…あ、さっちゃん、みっちゃん覚えってっか?さっちゃんの7つ上の…」


「…あ、え…はい…」


「みっちゃん、一回都会で就職したみたいだけど、あだなとこじゃ暮らせねって去年帰ってきてよ。やっぱ子育てには田舎の方がいいんだず。さっちゃんもそう思うべ?都会は遊ぶのはいいべけど、子どもが丈夫に育つのはやっぱ田舎だべした。あ、そう言えばみっちゃんの二つ上のタカ坊も…」


「…はあ…」


 早苗に口を挟ませない勢いで、矢継ぎ早に話し出す老女に、内心閉口する。お年寄りというのは総じて話が長く自分のことばかり話がちなものだから、それにしたって酷い。

 早苗は一段上で介入すべきか迷うように立ちすくんでいる啓介に、口の動きだけで先に行くように伝えた。

 老女のマシンガントークにはうんざりするものの、早苗を害しようという悪意は見えない。単純に、10年ぶりの近所の子どもとの再会に興奮しているだけのように見える。

 老女の関心が早苗だけに向いている以上、いつになったら境内に辿り着けるのか分からない啓介に、先に行ってもらった方が効率が良さそうだ。早苗ならば残りの階段くらいすぐに上れる。

 啓介は一瞬躊躇したが、なおも顎でせっついてやると、一つ頷いてそのまま階段を上って行った。

 早苗はそのまま暫く老女に付き合っていたが、いつまで経っても終わる気配がない話にだんだん苛立ちが募って来た。


「…んでな、去年は…」


「あのー…一つ聞いてもいいですか?」


 この際、失礼だとかそんなことはどうでも良かった。いい加減痺れを切らした早苗は、老女を怒らせること覚悟で(寧ろ怒らせて話を終わらせたかった)棘がある覚悟で言い放った。


「十年ぶりでちょっと分からないんですけど…貴女、誰です?ずいぶん親しげですが、私、貴女に覚えがないんですが」


 老女は早苗の言葉に虚を突かれたように目を丸くしたが、少し黙ってから意味深な笑みを浮かべた。

 年齢に相応しくない、艶やかさ感じるその笑みを見た瞬間、ぞくりと全身が総毛だった。


「…私が、分からね?」


「――分かり、ません」


 その笑みを、知っている気がした。そんな風に笑う女性を、確かに早苗は知っている。

 口元は艶やかに緩ませながら、温度が感じさせない冷たい目を早苗に向ける女性を。

 だけど、そんな筈がない。

 だって、あの人ならばもっと――…。


「――優子、だ。本間優子。名前聞いたら分かったべ?さっちゃん」


 笑う老女の顔が、記憶の中に鮮明に焼き付いている、殺したいほど憎悪した美しい人のそれと重なった瞬間、早苗はその場に崩れ落ちた。


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