いつも予想のナナメ上(ロッソさんとヴィオーラさん)
「うぅうううん、ホワイトデーかぁー」
司書室の椅子に座ったロッソが眉を顰めて首を傾げた。様子を見ていたヴィオーラが呆れたようにため息を吐く。
「今更そんなことを言っているんですか。ホワイトデーはもう明日ですよ。まさかお返しが思いついていないなんて言わないでしょうね」
「そのまさかなんだよなぁー」
「バカなんじゃないですか。そんな段取りが悪くてよくここまで生きてこられましたね」
「ひどいな!?」
ロッソが声を荒げて立ち上がるも、ヴィオーラはどこ吹く風で委員会の仕事をこなしている。振り上げた拳の下げどころが行方不明になったロッソは、結局ふてくされたように唇をとがらせたまま椅子に座り直すことになった。
「貰ったのはヴィオーラとアメリアだからー、2人分なんだよ」
「他の委員には貰えなかったんですか。人徳がないというかなんというか、寂しい人ですね」
「やめてくれる!? ちょっと気にしてるんだから!」
ヴィオーラがフン、と鼻を鳴らした。頬が微かに赤いので照れ隠しなのだと解りそうなものだが、ロッソがそれに気づいた様子はない。
「わ、私は……心がこもっていればなんだっていいと思いますが……」
ヴィオーラが呟いたのと同じタイミングで、湯沸かし器がピーッと甲高い音を立てる。火を止めるために立ち上がったロッソがヴィオーラを振り返った。
「なんかいった?」
「言ってません死んで下さい」
「俺なんかした!?」
ヴィオーラが苛立たしげに腕を組む。ロッソは原因がわからないまでも自分のせいだということは肌で感じたらしく、怯えた様子で肩を竦めた。
タイミングをみはからったように――というか、実際みはからったのだろう――ガラリと扉を開けて入ってきたのは図書委員のライターだった。彼女はロッソに購入図書候補のリストを叩きつけると、キヒヒッ、と不気味に笑って見せる。
「お返しならさしあげた本人に直接聞けばいいじゃありませんの」
ネットなどの悩み相談室では最後の手段としてあげられる禁じ手を、この時ミス・ハッピーエンドと言われる彼女は平気でロッソにつきつけた。
図書購入候補リストと一緒に言葉もつきつけられたロッソは、これぞ名案とばかりに目を輝かせ拳を握る。
「それだ!」
ヴィオーラは当然眉をひそめた。そんなもの楽しみもなにもあったものではない。
ライターはそんなヴィオーラを横目にまたキヒヒッ、と笑った。
ロッソがヴィオーラに向き直る。
「ということで! なにか欲しいモノとかある? お返しの希望みたいなの!」
ヴィオーラは憮然としたまま口を尖らせた。ロッソは先程の怯えた様子がどこかに飛んで言ってしまったらしく、平然とした顔で首を傾げている。
ライターが小さな声で
「では失礼いたしますわぁ」
と言い、今度は音もなく扉を閉めた。
彼女が出ていったのを見計らい、ヴィオーラは少しだけ俯いて小さな声を出す。
「……食事を一緒に、とかで、いいんじゃないですか」
頬が赤い。どんな食事をご所望なのかはその態度でわかりそうなものだが、残念ながらロッソ=フォラータにそんな芸当は無理だった。
「そうか! ご飯! 良い案だな!」
「そ、そうですか?」
「そうだよ! そうと決まれば明日放課後あけとけよな!」
「えっ、ええ!」
ヴィオーラが返事をする声が思わず裏返る。頬の赤が顔全体に広がって、必要書類を勢い余って握りつぶしてしまいそうになった。
ロッソはその間にも廊下に顔をだしている。
「あ、アメリア! 明日飯食いにいうから放課後あけといて!」
「!?」
当然ヴィオーラは驚きに目を見開いた。
廊下からアメリアの声が聞こえてくる。
「いいけど、なにを食べに行くんだ」
「ラーメン!」
「!?」
当然、ヴィオーラの顔は青くなった。
廊下でアメリアと明日の打ち合わせをしたらしいロッソが司書室に戻ってくる。やり遂げた感のある顔が憎らしかった。
「うまいラーメン屋つれてくから!」
ヴィオーラが拳を握り、ロッソを睨みつける。
「……このっ……」
ロッソが異常に気づいたときには、既にヴィオーラの拳が振り上げられたあとで、避ける暇もなく彼は頬を強く殴打されるハメになる。
バシン、と大きな音が響いて、ロッソの身体が吹っ飛んだ。
「なんでぇ!?」
どこかからキヒヒッ、と笑い声が聞こえたものの、そんなことは――図書館では、日常茶飯事だった。