狼は羊の皮を被る(ヴァレンタインさんと暴食トリオ)
「神前、悪いけどバレンタインにあわせてなんかチョコ菓子つくってくれる? プレゼント用に」
「構いませんが、おいくつですか」
「ひとつでいいよ」
「……かしこまりました」
花神楽高校の家庭科室に大量の造花が届いていた。段ボールに詰められ、山積みになったそれは毎年の恒例行事に使われるモノだ。神前も2年ほどまえからこの儀式を行っている。
直樹と瑠美が情報流通網を確立させて以降、毎年彼らの子飼いには一輪の造花が配られる。それを部屋に飾り、去年までの造花に設置されていた小型カメラと盗聴器を、自分達の手で付け替えるのが彼らの恒例行事であり、それは花神楽全体に300人ほどいる暴食の『子飼いの情報屋』達の、言葉を介さぬ忠誠の儀式だった。
◇
「ヴァレンタインくん。これあげるね」
クラスメイトの白井直樹が突然ラッピングされた箱を差し出してきたのでヴァレンタインは心底驚いた。
「どうしたの?」
「ガトーショコラ。今日バレンタインでしょ?」
「え、くれるの? どうして?」
直樹はヴァレンタインの質問には答えず、笑顔を浮かべた。そんな彼の横から、同じくクラスメイトである両国瑠美がヒョコリと顔をだす。
「私からもありますよー☆ どうぞっ!」
彼女から差し出されたのは白い薔薇の造花。あらためて周囲を見回してみると、他にも同じ造花を持っている人間が何人かいる。おそらく彼らもプレゼントにもらったのだろう。
ヴァレンタインが造花を受け取ると、見計らったようにリアトリスが現れた。
「せっかくですからー、これもやるですぅー! どうぞー」
彼女がくれたのはリボンのついたバレッタだった。可愛らしいデザインで、目立たないようにレースがあしらわれている。
「髪ながいと大変ですよねー私もいつも大変ですー」
「あ、ありがとう……いいの? こんなにもらって……」
瑠美がきゃるん☆と擬音のつきそうな可愛らしい笑顔を浮かべた。
「こっちが好きでやってるだけですから大人しく受け取りやがれですよぅ☆」
「瑠美の言うとおりですぅー」
ヴァレンタインは机に置かれた3つのプレゼントを見て、戸惑ったように首を傾げる。
「で、でも、どうして?」
二度目の質問に、3人とも笑顔を浮かべた。それから直樹が口を開く。
「友だちになりたいからかな」
「他の人たちも?」
「あいつらは友人のしるし」
ヴァレンタインはあらためて貰ったプレゼントを見た。手にもったままのバレッタを握りしめる。
「そっか。友だち、多いんだね」
「うん。だからヴァレンタインも友だちになろうよ」
言われて、胸が熱くなるのを感じた。こんなに直球に、まっすぐに暖かい言葉をかけられたのは初めてかもしれない。中学の時こんなことはまったくなかった。
「うん、ありがとう」
ヴァレンタインが頷くと、リアトリスが満足そうに笑ってヴァレンタインの後ろに回る。
「じゃあ折角ですから、私が髪をまとめてやるです! バレッタをかすですよ!」
◇
その後、バレッタをつけたヴァレンタインの部屋に友人のツァオが訪れ――ヴァレンタインの髪を飾るバレッタと、部屋を飾る造花をみて大層ふくざつな表情を浮かべたのだが――それはまた今回とは別の話である。