バレンタインの贈り物(レンリツさんとテオ)
去年のバレンタインを見ていてわかった事がある。テオ・マクニールは他人から貰ったものを口にいれない。
ガラス細工のように繊細で端正な顔立ちは町を歩くだけでひと目を引き、結果彼は他校の生徒からもその容姿のみで絶大な支持を得る。少なくとも花神楽に来てから彼のバレンタインは贈り物が絶えなかった。だというのに、おそらく彼はそのプレゼントの一切を口にしていない。受け取ることは受け取るのだが、使わないし、食べないのだ。
レンリツは以前、他人に貰ったものを口にいれて、影で吐き出している姿を見てしまった。吐き出した後の姿は随分とうちひしがれていて、今にも泣き出しそうな顔をしていたのだが、レンリツはそれを盗み見て思ったのだ。
――毒で殺すのは無理だな
と。
ではどうやって外傷をつけず死体にすればいいのだろう。インターネットでユリの花に囲まれながら眠れば静かに死ねるというが、どうなのだろう。首つりはダメだ。刺殺なんてもってのほかではないか。飲ますのがだめならと、かがせたり塗ったりする毒物を考えてみたが、どれも入手が困難だ。
そもそもの問題として、死体にしたあとどうやって保存するか、というものがある。
剥製にするには手間がかかるし、結局身体のどこかを傷つけなければならない。エバーミングには限界がある。
本のページをめくりながら、レンリツは重いため息をついた。
「はあ……どうしたらテオを私のものにできるのかな」
静まりかえった図書館。頬を赤らめてどこか遠くをみる彼女の耳に、キヒヒッ、と特徴的な笑い声が聞こえてきた。
レンリツが振り返ると、いつのまに近づいてきたのか、本を抱えた女が立っている。赤いワンピースに赤いチョーカーをつけ、リボンのカチューシャをつけた黒髪の女――レンリツと同じく図書委員のライラ・タイタニア――通称、ライターだ。
「お悩みのようですわねぇ、いかがいたしましたの?」
全てお見通しだとでも言いたげに、笑みの形に歪んだ目がレンリツを映していた。レンリツはもう1度ため息をつき窓の向うに広がる空を見る。
「私はいつだって悩んでるよ。あの綺麗なテオを、どうしたら私のものにできるのかなって」
「それはそれは。随分と大きな悩みですわねぇ」
キヒヒッ、とライターはまた笑ってレンリツに近づいてきた。どうでもいいが、この女は足音がしない。黒髪は艶やかで肌も白いが、顔に浮かぶ笑みがあまりにも生々しいのでレンリツは彼女に興味が持てなかった。
ライターがそっとレンリツに囁く。
「――彼の弁当にでも飲み物にでも、入れてしまえばいいのではなくて?」
それだ! と、レンリツは思わず膝を叩いた。
彼が元々持っているものに毒を混入できれば、プレゼントは口にいれないテオでも食べたり飲んだりするだろう。体育の授業中にでもこっそり忍び込んでしまえばいい。そうして死体を手に入れて、きちんと手入れすれば夢にまで見たテオ・マクニールが手に入る。
目をらんらんと輝かせて椅子から立ち上がったレンリツは、次の瞬間パチクリと瞬きをして首をかしげた。
「でも、外見に影響のでない毒って、どんなものがあるんだろう?」
ライターがまたキヒヒッ、と笑った。
「それでしたらおまかせあれ」
彼女が抱えた本からサッと一冊取り出してくる。毒薬大辞典という恐ろしい名前がついている、ハードカバーの分厚い本だった。
「こちら貸出期間は一週間となっておりますわ」
「さすがライター!」
レンリツはその本をさっそく借りることにした。
◇
一週間まるまる使って外見に影響の出ない毒薬を捜し出し、半年かけて毒薬を少量入手したレンリツが作戦を決行したのは2月14日――折しもバレンタインデー当日であった。
都合の良いことにテオたちのクラスは3時間目が体育。レンリツは喜び勇んで3年の教室に侵入した。この日のためにピッキングも勉強した。花神楽高校の図書館はどんな本でも揃っている。司書のロッソ=フォラータは変な本のリクエストしかこないと嘆いていたが、レンリツはそんなもの知ったこっちゃなかった。
教室の鍵を無理やりあけて教室内部へ侵入すると、当然誰もいない。毒入れ放題。グッ、と強く握り拳を作ったレンリツはここであることに気がついた。
「テオの席ってどこだろう?」
生きているテオに興味のなかったレンリツは、事前に調査するべきことをうっかり忘れてしまっていた。
「まあいいや、探そう。まずテオっぽい机から」
誰かがその場にいれば『テオっぽい机』の判断基準についてなにかしらもの申したことだろうが、残念ながらその場にはレンリツしかいなかった。レンリツ曰く『テオっぽい机』を3つほど漁ったものの、高校生にもなると勉強道具や筆記用具には名前など書いてないのが一般的でどうも誰がどの机なのか判然としない。それでも学生手帳やサイフの中のプリクラなどで無理やり持ち主を判明させていったレンリツは、慣れないことをした気疲れとなかなか『テオっぽい机』が『テオの机』にならない苛立ちも手伝って足運びが乱暴になっていく。
そして彼女は、とうとうやらかした。
「いて!」
だれかの机の横にかかった荷物に躓いて、盛大にコケたのだ。
制服のポケットに入った毒薬の小瓶が床に転げ落ち、転がっていく。
「はっ! いけない! 私のテオが!」
他人が聞いたら何事かと思うだろう。それでも彼女はおかまいなくあわてて小瓶をおいかけ――またコケた。
「いて!」
彼女の胸元でカシャンと小さい音がした。
「はっ!」
慌てて起き上がる。制服の胸元が濡れていた。怪我はなかったが、小瓶が床で無残に割れている。ガラスで怪我をしなかったのは奇跡だが、怪我をしていたらレンリツは今ごろ死体になっていただろう。
当然小瓶の中身はすべて床に流れ出して木造家屋にしみこんでいた。小瓶ひとつ分で3万もする高額商品である。
「う、うぅぅう……」
レンリツの肩がプルプルと震える。意気消沈している彼女の耳にガヤガヤと騒がしい音が聞こえてきた。
廊下からだれかの戸惑ったような声がする。
「あれ、なんで教室のドア開いてんの?」
ガラリと大きな音を立てて、3年の生徒が入ってきた。どうやら体育の授業が終ってしまったらしい。床に座り込んで涙目になっているレンリツをみて、数人が彼女に近寄ってきた。
「なんで2年のレンリツがいるんだ?」
「っていうか鍵あけたのお前か?」
「おいなんか濡れてんだけど」
「ガラス割れてる!」
「おい、怪我はなかったのか!?」
最後に話し掛けてきたのがレンリツの意中の人、テオ・マクニールで、彼は死んだ方がよっぽど素敵な顔に心配そうな表情を浮かべていた。動いているテオを見て頭の中で決定的な糸が切れたレンリツは、思わず声をあげてないてしまう。
「うっ、うわぁああああああぁあああんっ!」
――せっかく殺してあげれると思ったのにっ!
ちなみにその場にいた全員が、どこか怪我をしたかなにかで泣いていると勘違いてしまい、彼女の意図を正確に把握した人間は誰1人としていなかった。