岡目八目失敗談
ある国道沿いにある、うどん屋でのお話です。
たぬきうどん(揚げ玉を のせたもの)派のお客Aと、きつねうどん(揚げを のせたもの)派のお客Bが一緒に、やって来ました。
両者は、うどんが食べたかったので店に入りましたが、お互いの好みをその時お互い初めて知り、その結果両者一歩たりとも譲りませんでした。
お客A 「きつね!? きつね だと!? たぬきにしろ! たぬきこそ、うどん! た・ぬ・き! た・ぬ・き!」
お客B 「たぬき、だとぅ!? 血迷ったか! きつねこそ、うどん! き・つ・ね! き・つ・ね!」
別に血迷っても気違いでもありませんが、とにかく、お互いガンコ者です。店の主人は最初2人の様子を見守っていたものの、このままでは爆発しかねない勢いなのを察し、さあどうしたものかと頭を抱えこみました。
「き・つ・ね! き・つ・ね!!」
「た・ぬ・き! た・ぬ・き!!」
店中、コンコンポンポコやかましい雰囲気が続きます。他に居るお客からも注目を浴びています。
すると突然。店の主人は、ピーン! と閃きました。
「お客さん方! エビにしなせえ。天ぷらうどん! エビなら、たぬきも、きつねも、ねえ!」
両者、にらみ合っていた気まずい空気が主人のひと声で、ぱっ!っと晴れました。
「エビ? いいねえ。ここしばらく食べていないぞ」
「そうだそうだ。俺もだ。よし、エビにしよう! おやっさん、そんなわけでエビ2つ!」
すっかり機嫌が直って仲を取り戻した2人は、落ち着いてカウンター席に腰を下ろしました。周りも主人も心底ホッとして、元の和やかなうどん屋に戻っていきました。
さあて。店の主人はエビを出そうと、厨房の冷凍庫を開けました。
「あ」
店の主人は、そのエビのように冷凍……いえ、凍りつきました。
なんと、エビの在庫が1尾しかなかったのです。さあ困った! またケンカになったらどうしよう? ……今度は店も崩壊しかねません。
「こうなったら、ごまかすしかない!」
50才過ぎのシガナイうどん屋のオヤジの腕の、見せ所というものです。
少し時間が経って。うどんの香りがしてきました。
「できましたよ! お客さん方!」
主人は、うどんの入ったどんぶりを2人の前に置いていきました。
「……? おやっさん、コレただのうどん、なんだけど?」
そう、出てきたのは上に何ものっていない、ただの、うどん。お客Aとお客Bは、主人の顔と、うどんを見比べながら不思議そうに尋ねました。
「へい。今、観てもらいやすんで」
と、主人は突然リモコンを取り出しました。
訳がわからず、お客Aとお客Bは、ただ主人を見ているだけ。主人は、そのリモコンで、少しカウンターから離れた所にあるTVの下の、ビデオデッキを作動させました。
『再生』されたビデオ映像。いきなりテロップで『私の きろく』という字幕が流れこんできました。
「私の朝の仕込みの きろく……」今は外出中なので不在ですが、オカミさんの声で解説が始まります。店の主人が真剣に、天ぷらをパチパチと揚げ始めていく映像……これが朝なら、夜の閉店まで映像は続くのでしょうか? まさかノーカットで「第1章」ではあるまい? と、疑問に思わずにはいられません。
「……そろそろ、ツッコんでいいかい? おやっさん」
「へい。何でしょう」
「……コレは何? ビデオ見ながら、うどん食うの?」
「へい。ムービー(エビ)の、天ぷら!」
……。
………………。
絶対零度の空気が流れました。
…………とりあえず、天ぷらの分を返金しましょうか、おやっさん。
《END》
【あとがき】
自分のユビ入れときゃ、「ユビの天ぷら」の出来上がりです。