新型機登場
今作には和製Ju87Gが登場します
1940年3月中旬
完成したばかりの三菱工場隣の飛行場に白銀に輝く機体が駐機させてあった
「これが12試戦か…」
「エンジンを金星1300馬力に変更し武装を7.8mmだったのを12.7mmに置き換え、コクピットには対7.8mmの鋼鈑を入れ防弾ガラスを張り、燃料タンクはゴムで包みました。そして、翼を半分まで折れるようにしました」
「翼を半分まで折れるなんて重量が増えるぞ」
「はい、確かに増えて艦爆と同じレベルまで重量が増えましたが、なんか陸軍経由で中島の空戦フラップが入って来ましてね。これのおかげで格闘性能も96艦戦には劣りますが重戦闘機にしては高いと思います」
「あそこに置いてある深緑の12試戦はなんだ?」
「あれは12試戦から着艦フックや翼の折り畳み機能を取り、足の強度を落とした陸上機使用です。陸軍の採用が決まってまして、既に中島には生産ラインが出来たようです」
航空機企業や現場から陸軍と海軍で同じ用途の違う機体を使うなと苦情が来たため遂に航空機の共用化を始め、その第一段として零式艦上戦闘機となる12試戦を陸軍は火力不足として採用を見送ったキ43隼として採用することになった。そのため、中島が隼に使う予定だった空戦フラップを陸軍は格闘性能が要求には足りず困っていた三菱に回したのだった。他にもDC―3を陸軍は百式輸送機、海軍は零式輸送機として採用したり、陸軍が開発させた百式司令部偵察機通称百式司偵を海軍が零式陸上偵察機として採用したりしていた。
1940年3月満州
未だに国境近くでは国民党や共産党との戦いが続いていた満州の飛行場に試作機が運びこまれていた
「なんだ?この98軽爆は?37mm対戦車砲を積んでいるぞ」
ノモンハンの際に大量のソ連軍戦車への爆撃のために軽爆が何往復もしたため軽爆の損害が多かったので陸軍が代案を考えていた時、あるハインケル社からの出向技術者の言った
「ユンカース社の連中が同じ問題を解決するためにスツーカの翼に37mm対戦車砲を搭載する計画を立てていたな」
という独り言をヒントに爆弾槽を持つ98軽爆の胴体下に37mm対戦車砲を搭載し弾薬を爆弾槽に50発詰め込んだという機体を作り上げた。この機体の特徴は爆弾槽に弾薬を詰め込んだ為本家スツーカより10発多く弾を持て、また胴体下に砲を搭載した為機体バランスも崩れないという利点があった。
百式地上襲撃機
全長11m
全幅15m
武装
37mm対戦車砲(50発)×1、7.8×3
この機体に触発され海軍でも急降下降下爆撃で敵の対空砲を破壊する任務を持った99式艦爆に37mm対戦車砲を搭載する計画を立た、これは爆撃は一回しか出来ないが対戦車砲なら何往復も出来るからであった。しかし、輸送船などの艦攻が出るまでもない艦船への攻撃のため500kg爆弾は積めるようになっていたので状況に合わせて臨機応変に使い分けることになっていた。この機体も既存機の改良だったため5月には完成した。完成させたと言っても両翼の懸架フックを37mm対戦車砲を搭載出来るようにしただけだったが
99式艦爆改
全長10 m
全幅14 m
武装
37mm対戦車砲×2(40発)か500kg爆弾×1、7.8mm×3
この後も水上偵察機、水上観測機の新型が採用され開戦に向けて増産が始まった。
それと同時に新型機の開発も始められ、中島には水上戦闘機と水上攻撃機、愛知には水上爆撃機の開発命令が、川西には次期飛行挺の開発促進命令が出された。その頃各地の造船所では開戦に備え新造艦の建造や既存艦の改装が進んでいた。
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