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転換点ノモンハン

新連載です

1939年7月陸軍

ノモンハンでソ連と戦いから再びソ連との戦いが起こった時に備え、陸軍では中国戦線からの撤退を考え始めていた

「ノモンハンで我が軍の戦車はソ連の戦車にあらゆる面で負けていた、新型のチハ車でさえ、勝てるか不安だ」

「ドイツに戦車を売って貰えないのか?」

「恐らく同盟を結べば売って貰えるかもしれないが、海軍はアメリカしか見ていないから賛成しないだろう…」

「今の総理はドイツとの同盟に反対だからな、もし同盟を結んだ際には頼んでみよう」

1939年8月

再びノモンハンでソ連と激突し、防弾を施し強力な武装を持つI16の前に同時期最弱の武装と無防弾であった陸軍航空隊の97式戦闘機は大損害を出した。特に高度7000kmを飛ぶソ連軍爆撃機に対して迎撃に出た97式戦闘機は酸素マスクの不調から迎撃に出たパイロット達が粥やカルピスなどの流動食しか喉を通らないほど衰弱した

「前線からちゃんとした酸素マスクと防弾を施し武装の強い戦闘機を送ってくれと来ているが今開発中のキ43も武装は7.7二丁しか無い、追加したくても翼の構造上の問題から追加は不可能だという」「海軍の戦闘機は爆撃機の迎撃を主任務にしているそうだからちゃんとした酸素マスクを装備しているんじゃないか?悔しいが満州を守るためだ海軍に航空機の派遣を頼もう」

陸軍は海軍に頭を下げるなど死んでも嫌だとしていたが背に腹は替えられないとして血の涙を流すような思いで海軍に頼んだ

「あの陸軍が頭を下げてきたぞ!相当切羽詰まっているようだ、陸軍の奴らにどちらが上か見せ付ける良い機会だ派遣しようと思うがどうだろうか?」

「確かに戦訓を得る良い機会だ。今開発中の12試戦に戦訓を組み込むことも出来るだろう」

こうして海軍も96艦戦を派遣したが、結果は陸軍と同じだった19398月下旬

「長官、先日の航空隊のノモンハン派遣についてですが、部隊の司令として送った源田実中佐から報告書が届きました」

「ほぅ読んでくれ」

「ノモンハンでの戦闘報告、ノモンハンでのソ連軍との戦闘ですが陸軍よりは戦果を上げていますが敵には武装、防弾の点で負けています、また敵パイロットはスペイン帰りの凄腕が居て彼らはドイツの無線を使った集団戦法を使ってきます、この戦法の前にはいくら我が軍のパイロットが優れていても敵いませんまた、我々がこの戦法を使おうとしても無線が不調なため使えません。高高度迎撃に向かう際に今の96艦戦の上昇性能では迎撃に間に合わない上に酸素マスクの不調で搭乗員達は衰弱しています。また爆撃機も防弾が施してあり武装も充実しており訓練では高速で迫る我が軍の爆撃機も迎撃出来たのが防弾と強武装の爆撃機を撃墜するのは難しいです。これらの事から新型には7.8mm以上の防弾、12.7mm以上を四丁以上、今のエンジン(850馬力)の1.5倍以上の出力のエンジンを必ず持たせて貰いたい。との事です」

「あんなに戦闘機不要論を唱えていた源田君がこんな報告書を書くという事は相当痛い目に合わされたということだろう、今すぐ三菱に12試戦の設計変更を頼んでくれ」

陸軍でも同じ内容の報告書が出されておりキ43の再設計を中島に出していた。

そんな折りにソ連がドイツと不可侵条約を締結した。これによりヨーロッパ側の戦力をノモンハンに投入出来るようになったソ連軍は極東には無かった新型のT34を投入した。初期型のT34はあまり性能は良くなかったが、それはヨーロッパ基準であり日本軍の戦車、特にノモンハンに先行配備していたチハ車にも圧勝出来た

「チハ車がソ連の新型戦車に完敗だと…チハ車が勝てないとなると我々はソ連に勝つことは不可能だ。至急中国戦線の奴らを満州に戻せ、上海の租借地以外には軍を置かなくていい今すぐ中国から撤退させろ満州を守り抜くんだ」

こうして陸軍は政府に働きかけ日本政府が唯一認める中華民国政府と停戦、支那事変と当時は呼ばれていた日中戦争はうやむやなまま終結した。しかし、これは日本と中華民国だけであり日本政府が認めていない蒋介石率いる国民党と毛沢東率いる共産党は満州国境などで戦闘を続けていた。

1939年9月2日

ドイツがポーランドに宣戦布告、後に第二次世界大戦と呼ばれる戦いが始まった。ソ連は漁夫の利としてポーランドを得るべく9月17日に侵攻、この2日前の15日にノモンハンでの戦いは終わり日ソ間で話し合いが持たれた。

日本では三国同盟賛成派の近衛文麿が総理大臣になり、10月20日日独伊三国同盟が締結された。

そして、日独に挟まれる形になったソ連は日本とも不可侵条約を結ぼうと動き始め、日本ではドイツからの連合軍の補給線を絶ってほしいと頼まれノモンハン以降陸軍も南進を決め海軍と共に南進の計画を進めていたためソ連の誘いにのり

1939年12月14日

日本はソ連と日ソ不可侵条約を締結、新型機の収益などの準備が整うであろう一年後に連合軍に宣戦布告することとなった。

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