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VENGEANCE  作者: 七鏡
BIRTH OF VENGEANCE
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7

ヴェルベットは娼館の仕事も大体のことを任せられるようになっていた。もともと貴族の娘でありながら家事の手伝いをしていたためか、その手際はよかった。また、持ち前の美貌を彼女は最大限に利用していた。妖艶で儚げな雰囲気を醸し出す少女に男たちは気にせずにはいられない。

ハボックはモイラの抜けた穴を埋めるだけの逸材に笑う。そんな男の笑い顔を冷ややかに見てヴェルベットは男たちの相手をする。

彼女にとっては所詮、仕事であり、男は基本的に唾棄すべき敵であり、利用手段でしかない。

彼女に誘惑されて男たちは街に流れる噂などをペラペラと喋る。ヴェルベットの望む噂ばかりではなかったが。


「腕に傷を負っている奴って言ったら、最近俺の軍時代の友人がな」

退役軍人の男がヴェルベットの質問に答える。

「そいつ、最近人づきあいが悪くてなあ。何があったんだか」

「へえ、なんて人なの?」

「何、気になるの?ヴェルベットちゃん」

「少し、って言ったら?」

「妬けちゃうなあ」

そう言う男にキスするヴェルベット。熱いまなざしで男を見る。

「さ、お話をお続けて」

「カッスルって男さ」

男はヴェルベットの瞳に夢中で、ただただ知っていることを話す。

「あいつ、それなりの貴族のボンボンだったんだがな、なぜか父親に勘当されて軍に入ったんだよ」

元軍人。最近腕に傷を負った。可能性は高い。

ヴェルベットは笑う。カッスル。それが敵の名前か。



待ちに待っていた休日。ヴェルベットはカッスルの勘当された実家の前に来る。人通りのある通りだ。仮に、敵がいたとしても、ここでは襲ってこないだろう。

ヴェルベットはカッスルについての話を聞きまわる。直接的にカッスルの名前は出さずに。キースを頼りたいところではあったが、今日は忙しいのだという。

「ああ、あそこの子供ねえ」

老婆がカッスルのことを語りだす。

「おとなしいいい子だったよ。たいそう厳しい父親に叱られて、母親に良く抱き着いておった」

懐かしそうに語る老婆。

「あの子が成人して数年たつと、いきなりあの子は家を勘当されてね。弟が跡継ぎになったらしくってね」

「まあ、それはどうしてですの?」

「なんでもね、あの子の母親ってのが本当は今までの母親じゃなく、道すがらあった娼婦だった、というんだ」

「母親はそれを知らなかったの?」

「なんでも最初の子供は死産したらしいが、当主が面倒を押し付けられたその子を死んだ長男に仕立て上げたようなんだよ。それで解決させようとしたのに、本当の母親が押しかけてきてね。今まで育ててきた母親は激怒してね、父親に息子を勘当させたのさ。父親も、自分の非はわかっていたからね、逆らえなかった」

老婆は呟く。

「まったく、ひどい親だよ。自分の子供のように育てて来たってのに」

「そうですね」

ヴェルベットはそう言うと、老婆に礼を告げて去っていく。

(娼婦を狙うのはそれが動機、と考えてよさそうね)

ヴェルベットは懐から例の紙を出す。

(この人形はなんなのかしらね)

裏路地を歩くヴェルベット。その前に、金髪の男がたっていた。筋肉が程よくついた男。右腕には包帯を巻いている。

「あら、あなたから私に会いに来てくれたの、カッスル」

「やはり、俺のことを調べていたのか」

カッスルは低い声で言う。

「ええ、カッスル、いいえ、ドールプリンス」

「お前は一体なんだ、憲兵隊の回し者か?探偵か?」

カッスルは左手にナイフを持っていた。少女はひるまずに男を見て言う。

「いいえ、どちらでもないわ。私はただの一般市民。強いて言うならあなたの嫌う娼婦よ」

「違うな」

「何が、かしら」

「お前も俺と同じ、異常者だ」

カッスルは言った。ヴェルベットに近づきながら。

「お前の目は俺と同じだ。憎悪に満ちている。運命を呪っている目だ。地獄を知っている。そうだろう?」

「・・・・・・・」

「俺のことを黙ってさえいれば、お前を殺しはしない。どうだ、同族のよしみだ」

「同族?あなたと私が?」

ヴェルベットはおかしそうに笑う。

「何がおかしい!」

男が怒鳴る。だが、少女の笑いは止まらない。

「おかしいわよ、私とあなたじゃ違うわ。あなたが見たものなんか地獄ではないわ」

ヴェルベットがナイフをスカートから取り出す。

「だってこれから見るのだから」

少女がそれを構える。

「一つ聞いていいかしら。なぜ、最近になってまた犯行を?」

「男殺しが王都には今いる。奴の存在があったからこそ、俺は復活した」

「そう、ならなおさらあなたは私が殺さなきゃいけないようね」

ヴェルベットは言うと、妖艶に笑う。

「自己紹介がまだだったわね。私は『VENGEANCE』・・・・・・あなたを復活させた女よ」

「!」

男は衝撃を受ける。大の男を、こんな少女が殺した、というのだから。

「お前」

「さあ、来なさい、ドールプリンス」

少女が挑発する。

「今まであなたが殺した女性たちの怨み。私が代わって復讐するわ」


男は駆け寄ってくる。ナイフを突き出す。それを避けて少女はナイフを男の足に突き刺す。だが、男は痛みすら感じていないように少女を蹴り上げる。

「いてえじゃねえか」

男はナイフを抜き、投げ捨てる。

「大したことねえな、え」

「そうかしら」

少女がスカートをまくる。そこにはまだナイフがもう一本あった。

「まだ終わりじゃなくってよ」

「そうかい」

男はナイフを振り上げる。ヴェルベットはそれから逃げる。

「まるで人形ね」

「何?」

「あなたは人形よ、偽りの王冠を身に着け、踊るだけの」

「黙れ」

「あなたは地獄を見たといったわね、あなたが信じていたものに裏切られたのは事実。でもあなたは復讐しなかった。あなたは無関係の人々を殺した。何も考えず、怒りに身を任せる。人間じゃないわ。人形よ、意志のないただのでくの坊」

「だまれ!」

「ほら、殺しなさい。今まであなたが殺してきた人たちのように」

男のナイフがヴェルベットの胸元目がけて突き出される。ヴェルベットは服の袖から何かを取り出し、それを男に降りかける。

「!?ぐわああああああああああ」

男が絶叫する。男の顔から煙が上がる。

「油断しないことね」

ヴェルベットが空になった瓶を見て言う。

「硫酸よ」

「おまえっぇえ、卑怯、だぞ」

「なに言っているの、あなた」

ヴェルベットが言う。

「私はあなたと一対一の決闘してたわけじゃないのよ。これは復讐よ」

そう言って少女は倒れている男に近寄る。

「殺してやる!殺して・・・・・・・・」

そこで男の口は固まる。動かなくなる。

「まったく、やっと効いたのね」

少女が言うと、男は目で少女に言った。俺に何をした、と。

「最初のナイフに付着していた神経毒よ。全身動かないでしょう?」

「・・・・・・・・!!」

「あなたが襲ってくるであろうことはわかっていたの。残念だったわね、狙った獲物が悪かったわ、ドールプリンス」

少女が近寄る。

「さあ、懺悔なさい。あなたが殺してきた女性たちに」

男の目はなおも怒りに燃えていた。

「そう、残念ね」

少女はそう言うと、ナイフを振り下ろした。



翌朝。シャッハは裏路地にいた。そこには血に塗れた男の死体があった。十字架を模るように壁に縫い付けられていた。木材の壁。両腕は杭で落ちないように止められている。

顔はひどく焼けていた。その顔にはドールプリンスの紙が貼りつけられていた。大きな血のバツ印がついていた。

「こいつがドールプリンス、ってことかね?」

シャッハがそう言うと、男の頭上を見た。

「新たな怪物が過去の怪物を倒した、ってことか」

そこには復讐の代行者の名が血で描かれていた。



カッスルの実家。家主の寝室で、カッスルの父親は寝台に近づいていく。

勘当した息子が殺人鬼だったと知られ、父親も随分と責められた。

「私は被害者だぞ、くそ」

毒づきながら父親は妻の眠るであろう寝台に入る。

「くそ」

「まったくひどい人ね、あなた」

見知らぬ声がする。男は驚いて隣の人物を見る。そこにいたのは妻ではなかった。

「何者だ!?」

「さあね、知る必要はないわ」

紅い髪の少女が言った。

「あなたもひどい人ねえ、邪魔になった娼婦を殺すなんてね」

「何のことだ」

「カッスルの母親。勘当の後、すぐに死んでるわね」

少女が言うと、男の顔が青くなる。

「何故、それを」

「本当に、あなたたちって隠蔽が大好きね。でもね、そういうのはどこからか漏れ出てくるものよ」

そう言って少女は笑う。この状況でなければ、さぞかし魅力的であったろう。

「まあ、安心して。殺すのはあなただけにしてあげる。あなたの妻も子供も生かしておいてあげる。彼らはそこまで罪に汚れているわけではないし」

「私は・・・・・・」

少女が男の口を塞ぐ。

「さ、寝る時間よ、いい悪夢を」

復讐の女神がほほ笑むと、男の悪夢が始まった。長い夜の始まり。そして男の人生の終わりであった。


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