SCARLET AVENGER 3
共和国の体制が始まって、一か月が経った。女王不在の国をまとめたのは、女王とともに改革を行ったシスノ元老院議長や、シメオン、キースといった者たちであった。
しかし、彼らはもともとは貴族であり、国民からの支持も高かったが、同時にかつての貴族で、最後まで特権を守り抜こうとした者たちにとっては、妬みの対象であった。
彼らは、共和国を運営する共和国元老院やその下にある行政機関に対し、公然と反対し、解体されたはずの領地や爵位を持ち出して、反乱を起こした。
反乱の首謀者はワースロー・ランテルーター元公爵。ジョン・ウォルターとは親戚関係にあり、宰相や大公の協力者としてよく知られた人物だった。
彼らの逮捕後は、身を潜め女王の行った違法貴族の取り締まりを逃れていた。
ワースローは同じく取締りを逃れた者たちを集め、反乱を呼びかけた。
旧体制を支持していた貴族層がこれに呼応し、共和国南部で「王国」の建国を宣言した。
しかしながら、かつて彼らに支配されていた領民層や奴隷たちはいまや自由人であり、無理やり貴族たちに国民とされたもの以外は、その「王国」に行くことはなく、むしろ「王国」に否定的でさえあった。
一部貴族の傭兵たちで国の守りを固めた貴族たちは、共和国元老院に対し、即時解散と貴族政の復活など、四十三の要求をした。
しかし、シスノ議長はこれを見て、静かに破り捨て、使者を逮捕した。
「くだらん」
そう言い、シスノ議長は反乱軍に対し、即時降服を呼びかけた。
しかし、彼らはそれを聞き届けず、首都の攻撃を宣言した。
「まったく、馬鹿な奴らだ」
キースはそう呟くシメオンを見た。
「国軍の方は?」
「用意はできている。しかし、こうも早く動くとはな」
「やはり、女王がいないってのは大きいんじゃないの?」
キースが言うと、シメオンは黙する。
女王の失踪を、貴族たちは革命派の陰謀とまで言う始末である。女王の夫、エゼキエルをうまく丸め込んだ、とさえ叫んでいる。
当のエゼキエルはどこ吹く風と、シメオンの執務室で寛いでいる。この元皇子がたぶらかされるような玉か、とシメオンは呟いた。
「だとしても、厄介だ」
「まったく、だれかあのワースローを殺してはくれないものかね」
キースは呟いた。
意味ありげな彼の目を、シメオンは不審に思いながらも、書類に目を通す。
南部地方は、北部と比べると若干、生産能力などが落ちる。その分、手工業などは発達していた。
この地域は長く、貴族の圧制に苦しんできたため、多くの住民が貴族を恨んでいた。
貴族はそんなこともつゆ知らず、国の建国を宣言した。
ここに建国したのは、ただ単に都合がいい場所であっただけ。北部では、シスノ・ヴェストパーレ・ウェルナーの力が強すぎる。
それに、平民は喜んで貴族に使えるべき、と彼らは信じて疑わなかった。だから、この土地の住民たちの恨むを理解する気など、毛頭なかった。
住人たちは、胸に不満を抱えながらも、貴族が金で雇った傭兵たちの前に逆らえないでいた。
ワースロー・ランテルーターは30代前半の男で、かつては王国書記局に務めていた。
学校での成績は首席だが、これは飽くまで金とコネでつかみ取ったもので、彼自身は酷く凡庸な男であった。だが、周りの貴族や、宰相の親戚ということで、自分の実力以上の能力を信じて疑わなかった。
彼は、この土地でも、かつてと同じように好き放題していた。
今や王もいないし、宰相や大公もおらず、実質支配者は自分である、と彼は思っていた。
近くの村々から好みの娘たちを集め、自身の寝室に無理やり連れ込むなど、建国直後から我が物顔であった。
彼は、貴族というよりは自分が自由にできるのならばそれでよかった。首都攻撃も彼の考えではなく、彼より格の低い貴族の案でやっただけ。
顔以外とりえのない男は、屋敷の中でただただ女漁りをするのだった。
ラースローは、自身の築いた王国の破滅の音を全く聞こうともしなかった。
自体が動いたのは、それから数日後。いよいよ国軍が動く、という時になってそれは起きた。
南部住民の蜂起である。
南部の住民たちは、好き放題する貴族への怒りを噴出させた。長年の怨みも蓄積され、彼らの怒りを止めることはかなわなかった。
ラースローは傭兵たちに指示して、鎮圧を命令しようとしたが傭兵たちは南部住民の怒りを恐れて逃亡していた。勝ち目がないと悟ると、傭兵は逃げる。いくら金をはずんでもらっても負け戦と知って戦う馬鹿はいない。
ラースローは腹を立てると、近くにいた部下に命令して、自身はとっとと寝室に戻る。
そして、昨晩連れてこられた、若い紅い髪の女との情事を楽しもう、と戻った彼は、そこで驚愕する。
彼の寝室の扉は大きく開いており、衛兵二人が事切れていたからだ。両方、首の骨がおられていた。
ラースローは、思わず後ずさり転んだ。ローブが肩からするりと落ち、下着だけとなる。
そんな彼の前に、一人の女性が現れた。寝室から現れた彼女は、昨晩連れてこられた娘であった。
紅い髪の、そばかすの少女。癖毛で、ろくに化粧もしていない少女だが、男を惑わす色香を放っていた。
そんな少女は、血のように真っ赤なドレスを着て、ラースローを見下していた。
「ラースロー・ランテルーター」
「・・・・・・・・・お前が、やったのか!?いったい、何の恨みがあって!!」
女性の呟きに、ラースローは喚く。そんなラースローを冷ややかに見て、女性は言った。
「力なき女性たちを襲い、民を苦しめる外道」
女性はそう言い、燃えるような瞳でラースローを見る。ラースローはひぃ、と声を上げ、壁に背をついた。背筋に言いようもない恐怖が奔った。
「な、なんだ。お前、金がほしいのか?それとも地位がほしいのか・・・・・・・・いいぞ、くれてやる、そうだ。私の妻にしてやろう、そうすれば」
戯言を吐く男に、女性は何かをスカートから取り出し投げた。
そして、次の瞬間、それは壁に刺さった。男の右耳を斬り飛ばして。
「い、ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ」
「下種め。口を開くな」
そう言い、女性は紅い靴で男の頬を蹴り飛ばす。あまりの強さに、ラースローの前歯が折れ、血が飛び散る。
痛がり、頬を抑えるラースローを見て女性はしゃがみ込み、その髪を掴むと、勢いよく床にたたきつける。ミシリと、鼻の骨の折れる音がした。
「8歳の少女を暴行したことを覚えているか?覚えていまい。そのせいで彼女は子供を産むことができない体になった。まだ八歳なのに、お前は彼女の未来を奪った」
「う、あ・・・・・・・・・・・・」
呻くラースローの鳩尾に、女性の拳が叩き込まれる。ラースローは胃液を吐き出し、吐いた。
反撃しようと立ち上がったラースローだったが、足を払われ、倒れる。女性はすかさずナイフを取り出すと、ラースローのふくらはぎにそれを差し、切り裂いた。
肉が剥がれ、骨が見えた。
「え、あぁ、ああ・・・・・・・・・・・・・・・・っ!!」
「お前が一年前に犯した女性は憶えているか?脊椎を損傷し、二度と歩けなくなった女性を!」
そう言い、女性は倒れ込んだ男の背中に、ナイフを刺した。それまで以上の痛みに、男は泣き叫ぶ。
「貴様に生きる価値はない。私の中の声が囁いている。お前に復讐しろ、と。殺せ、と」
「いや、だ・・・・・・・・・死にたく、ない・・・・・・・・・」
男は女性に手を伸ばし、助命を請う。男のその手を斬り飛ばし、女性は背中に刺さったナイフをより深く差し、男の背骨を完全に断つ。
そして、瞬時に男の首を掴み、骨をへし折った。
男は痛みと驚愕に見開かれた眼で虚空を睨み、崩れ落ちた。
復讐の女神はその死体を引きずると、屋敷の二階のベランダから死体を落とした。
死体は、今にも屋敷に踏み込もうとする民衆の前に墜ちる。
思わず見上げた人々は微かに紅い髪を見た。
彼らは死体の前に集まると、ワースローの顔を見た。
その顔には『VENGEANCE』とナイフで刻まれていた。
かくして首謀者は死に、その側近も相次いで変死したことで「王国」はわずか一週間ほどでその存在を消した。
後に住民たちはこういった。我々だけでは、なしえなかった、と。彼らの蜂起の裏には一人の人物が関与しており、彼女のおかげで無用な先端は回避されたと言っていいだろう。
彼女の名前も顔も知る者はいない。だが、その真紅の髪の復讐者を見て、人々は言った。
『VENGEANCE』と。
以後も、王国各地で見られた『VENGEANCE』は、いつしか王国から去った。
果たすべき復讐、彼女を呼ぶ声がもはやこの国にないと知ったのだろう。
だが、人々は彼女のことを忘れなかった。犯罪者たちは常にその影におびえ続ける。彼女が戻ってくることを。
紅の少女は、静かに王国の国境を超えると、ほほ笑んだ。
次の復讐が、彼女を呼んでいた。




