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VENGEANCE  作者: 七鏡
MYTHS OF VENGEANCE 2
82/87

LEESLITT

私は自身の屋敷の庭園にいた。風が吹き、紅い髪が揺れた。

緑色の草木が見える。色鮮やかな庭園で、乳母のエリスと夫のクロウドがよく手入れしているのを、彼女は知っている。

エリスにいつか聞いたことがあった。この庭園の綺麗な花々は、あなたの趣味なのか、と。

美しいバラ園を苦笑してみると、彼女は言った。

「いいえ、私の親友。あなたたちのお母さんが、ね」

そう言い、エリスは私の紅い髪を撫でた。

私は私たちの母親を知らない。強いて言うなら母親と言えるのはエリス。姉と言えるのは、リースだけ。

それは弟のセデオンも同じだろう。私たちは父親はいるが、それが本当の父ではないことを知っている。

父が十二の時に教えてくれたのだ。まあ、その前からうすうす気づいてはいたが。

どうして、母がいないのかを、疑問に思ったこともあったが、聞きはしなかった。

エリスも父も、誰もかれもが母のことをふれてほしくはなさそうだったから。

エリスはよく私の姿に母を見ているようだった。

私の髪も顔も母によく似ているという。

そんな人、私は知らない。そう、声を上げそうになってしまう。


私は庭園でお茶を飲んでいた。そこにミリアとクローディアが来る。ミリアは私の親友で、クローディアはその一歳下の妹。彼女も私の親友だ。

彼女たちの後ろには、私の双子の弟、セデオンが立っていた。

私と同じ深紅の髪だが、顔かたちは全く違う。どちらも一般的には綺麗、の部類に入るが、そのベクトルは全く正反対だ。双子なのに、幼いころからそうだった。

私はどちらかというと、鋭い感じの美人、だそうだ。一方のセデオンは柔和、といった印象だ。

セデオンは父親に似ているそうだ。

彼は私と違い、勉学も運動もできる。なのに、私には何もできることがない。強いて言うなら、歌声だけが取り柄だった。無駄に声だけはいいようだ。

母も、もう少しましに生んでくれてもよかったのに、と思わないでもないが、いない人になんて言おうと無駄だろう。

ミリアとクローディアと談笑するセデオンを見て、私はため息をつく。

学校でも彼は人気者。私は、孤高の女帝で、氷の女王とまで呼ばれているらしい。

いっそ、髪を染めてやろうか、とも思ったが、エリスが泣きそうになったのでやめた。彼女はいたくこの髪を気に入っているらしい。

私は何気なく、バラ園を見た。あの薔薇は、生半可な世話では花をつけない。ヴェルベットローズ、というらしい。

まっすぐと強くたつ薔薇の花のように、私も堂々と生きれるだろうか?



学校は休みに入った。

普段私たちは首都にある屋敷に住んでいるが、休みともなると、別荘の方に行く。

旧ローゼリス領、現ロゼリアン。ここはヴェストパーレ家の支援で復興した土地であるそうだ。

かつて領地だったころに賊によって荒らされ、領主と娘ともども死亡したらしい。

私たちの別荘の裏にその墓があり、命日には父やシスノ元老院議長も来るらしい。

どうやら母とも関係が深い土地なのだそうだが、詳しいことはわからない。


私はここが好きだ。ここならば、詩を唄っても、泣いても誰も私を見ることがないから。

私は孤高の女帝だから、泣いたり弱音を吐くことなんか許されない。

名家の娘としての矜持が私にはあった。

少し別荘から離れた山に入り、そこにある泉に私は寝転ぶ。

山は遊び場だったし、いつだって私を受け入れてくれた。ここなら、誰も気づかない。

セデオンも、ここまでは来ない。

私は日頃の鬱憤を晴らすように、詩を唄う。その詩は、首都でも流行っていた詩。

王国最後の女王の生涯を唄ったものらしい。

私はこの女王が好きだ。挫折し、宰相や大公の嫌がらせを受けながらも、自身の理想に準じた女性。

そんな強い女像に、同じ女として憧れる。

私は、意志が弱いから、無理だけれども、叶うことなら。

そう思って唄っていた私は、だから後ろから近づく足音に気づかなかった。

「いい、詩だね」

「!?」

急に聞こえた人の声に、私は驚いた。そして、振り返る。

そこには、二人の人がいた。一人は恐らく大人の人で、私よりも背が高い。灰色のフードとマントでよくわからないが、声の感じから女性のように思える。

もう一人は、私よりも背の小さな子供だった。深紅のフードとマフラーをしている。細い腕と足が見え、腕にはタトゥーが刻まれていた。異国の物語に出てくる竜という生物に似ているな、とタトゥーを見て思った。

「す、すみません、聞き苦しい歌を」

そう言った私に、二人は近づいてくる。そして、灰色の方の人が手をたたいていった。

「いや、いい歌だ。懐かしいな、とても」

そう言い、彼女はフードで隠れた顔に手を入れた。その手についていたのは恐らく涙だろう。

彼女はどうやら、私の詩に感銘を受けていたのだろう。それほどのものではない、と私は思っていた。

声はいいけれど、音程も何も理解できていないつたない歌だからだ。そんなものを、人に聞かせるなどとは考えたこともなかった。

「でも、私以上にうまい人なんていくらでもいますよ」

「いや、卑下する必要はないよ。君は、立派に歌えているから」

そう言い、フードの女性は私の紅い髪を撫でた。どこか、優しい愛おしい感じがした。

「きっと、その詩を作った人も、喜んでいるよ」

そう、感慨深げに彼女は言うと、隣の深紅のフードの子供を見た。

「なんだ、お前も感動したか?」

女性が言うと、子供はコクンとうなずく。子供は幼い顔を無表情にしていたため、感動しているようには見えなかったが、女性はわかるようだ。

「それよりも、君は独りかい?家族か、友達は?」

そう言った女性に、私は沈黙を返す。女性は何か悟ったようにそこに座ると、私にも座るように促した。

フードの子供もそこに座った。


私は色々と話した。自分の劣等感、見知らぬ母、双子の弟。

他愛のないその話を、女性は真剣に聞いてくれたし、深紅のフードの子も、私の手を握り聞いてくれた。

今まで、心の内を話したことはなかったから、私はすごく、楽になった。

話を一方的にしゃべった後には、日が暮れようとしていた。

「そうか、君は、強いんだな」

「強い?私が?」

「うん」

女性の言葉に私は耳を疑った。私は強くはない。弱くて、家名に傷をつけてしまう娘だ。

そんな私が強いはずはない。そう思った私の顔を見て、女性は恐らく優しく笑った。

フードで隠れてその顔はよくは見えなかった。

「君は強いよ。そうやって、一人で抱え込んで、すごいよ。君は、がんばってきたよ」

そういい、女性は私を抱きしめた。

「まるで薔薇のように力強いひとだよ」

そう言った彼女の言葉に、私は涙した。今まで、こうやって泣いたことなんかなかった。なのに、なぜだろう。涙が、溢れて止まらない。


山を下りたところで、私は二人に屋敷に泊まらないか、と聞いた。彼女たちとまだまだ話をしたかったからだ。

だが、女性は少し戸惑うと、その申し出を拒否した。

「ここには、長くはいられないからね」

「そうですか・・・・・・・・・・・・・」

私は正直、とても失望していた。彼女たちなら、私をよく理解してくれたろう、と思った。

そんな私を見て、女性は言った。

「今はまだ、君は自分に自信が持てないだろうけど、いつかきっと自信を持てる日が来る。君は、母君や父君によく似ているから」

「父と母をご存じなのですか?!」

驚いて私は聞いた。彼女の言う両親とは、父シメオンのことではないだろう。私とセデオンの本当の親のことだろう。

「ああ、うん」

気まずげに女性は言うと、懐から何かを取り出した。それは封筒と、薔薇の髪飾りと指輪であった。

「これは・・・・・・・・・・?」

「指輪はセデオンに、髪飾りはリーズレット。君に」

そう言い、女性はそれらを手渡した。

「いずれも君の母上が父上からもらったものだ。彼女が、君たちに、と。それを渡すために、私たちはきたんだよ」

「そう、だったんですか」

「リーズリット。君の歌声は、父上から受け継いだ素晴らしいものだ。今はまだ、不安だろうが、きっとその歌声は多くの人を魅了するだろう」

彼女はそう言うと、薔薇の髪飾りを私の髪につけた。

きっと大事に手入れされていたのだろうそれは、妙に重かった。

「だから、誇り高く生きていきなさい。あなたにはセデオンやほかの誰にもない素晴らしいものがあるのだから」

そう言うと、二人は私に背を向けて、屋敷とは別の、山道へと向かっていく。

「あ、あの!」

私は大事なことを聞いていなかった。

「あなたたちの名前は?!」

そう言った私の方を振り返ると、フードの子供がヴェンティ、といった。恐らくそれが子供の名なのだろう。その時初めて子供が女児なのだとわかった。

女性は沈黙を守り、フッと笑った。

「次にあった時、君が自分で自分を誇れる人間になった時、教えてあげよう」

そう言い、彼女たちは再び歩き出す。

「では、また会おう」

「はい」

そして、彼女たちは夜の闇の中を歩いていった。その背が見えなくなるまで、私は彼女たちを見送った。


いつか、自分を誇りに思える日が、来るだろうか。

私は髪飾りを触った。母の真意は未だにわからないが、温もりを感じた。

いつか、あの人に母のことを聞いてみよう、そう思った。





「いいの、言わなくて」

深紅のフードをかぶった少女、ヴェンティは自身の師を振り返っていった。灰色のフードの奥にのぞく、深紅の髪の美女の顔はよくは見えなかった。

「いいのよ、あれで」

そう言い、彼女は歩く。ヴェンティは静かにそのあとを追いかける。


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