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VENGEANCE  作者: 七鏡
LAST WALTZ OF VENGEANCE
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67

ヴェルベットは王宮の寝室で長い、長い思案にふけっていた。

昨晩、オルゼン大公を殺し、残る仇はジョン・ウォルターのみとなった。

一年以上の時が、いつの間にか立っていた。そして、自分の境遇も世界も随分と変わってしまった。

きっと、あのまま何もなければ田舎領主の娘として誰かと結婚し、普通の生活を営んでいただろう。

いつの間にか、女王などという肩書になり、国の改革などをしている。まったく、人生とはわからないものだ。

だが、それも今日で終わる。ジョン・ウォルターを殺すことで、彼女の復讐は終わるのだ。

自身を守り通した母や育ての親の意思を継いで始めた改革も、もうその基礎はできていた。もはや、女王などという位も、ヴェルベットという少女の存在も必要はない。

君主制から民主制へ、国の在り方は変わったのだ。信頼できるシスノ元公爵やシメオン、キース、そして民の中から公平に選ばれた代表たちが、これからのあるべき国の形を作り上げてくれるだろう。

少女は薔薇の意匠の彫られたナイフを手に、夜の月に浮かぶ孤高の月を見上げた。

全ては今日、終わる。これで、多くの無念が晴らされるのだ。

あの日以来、彼女の中で鳴り響いてきた怨嗟の声は、不思議なことに静かであった。

それは終焉を待ち望んでいるかのように、静かに鼓動を鳴り響かせていた。

少女は真紅のドレスに身を包み、独り夜の廊下を歩き、最後の復讐のために塔へと向かっていく。



復讐の果てに




ジョン・ウォルターは静かに座っていた。彼は自身の死をもはや確信していた。

大公の死の絶叫。そして今朝もたらされた大公の変死。そこにはやはり『VENGEANCE』の文字があった。

ウォルターは復讐者が彼を赦すわけがないことを知っていた。彼女は彼を殺さずにはいられまい。何故なら、彼女を生み出したのがウォルター自身なのだから。

少女は必ず自分を殺しに来る。それも今晩。そう思っていたウォルターの寝室に、彼女は入ってきた。

ウォルターは顔を上げて彼女を見た。

「こんばんは、女王陛下」

「言い夜ね、ウォルター」

そう言い、少女は鉄格子のかかった窓から外を見る。

「月が綺麗ね」

「ええ、これで見納めなのが惜しいほどに」

そう言い、ウォルターは彼女を見る。美しい少女、それはかつてのアンネローゼ王女に瓜二つであった。唯一違うとしたら、その瞳に宿る強い眼光だろう。元宰相は静かに嗤った。そんな彼女を生み出したのは、ほかならぬ彼なのだ。

「ヴェルベット、私が憎いか?」

「ええ」

そう言い、少女は静かに彼に近づく。

「お前は私を殺し、国を変えたつもりでいるのだろうな。だが、人間は何時だって愚かで、救いがたいものなのだよ。所詮お前の作った国も、いつかは終わる。何より、お前の手は血で濡れすぎている。民がそれを知った時、お前をどう思うだろうな」

「興味ないな」

そう言い、少女はウォルターの前に立つ。

「今の私にとって最も重要なこと。それはあなたの死だけ」

「こんな女が国の長とな」

「それも今日で終わりよ」

そう言うと、少女は頭についていたティアラを取り、投げ捨てた。

「今日ここで、『VENGEANCE』としての私も、女王ヴェルベットも死ぬ。終わりにしましょう、ウォルター。50年にも及んだ、この国の内乱を」

そして、ヴェルベットは一つの小瓶を取り出した。

ウォルターは観念したようにそれを受け取ると、自らそれを飲んだ。

それは体にしびれをもたらした。ウォルターは自由の利かなくなった体で、女王を見た。

ああ、美しいな。

幼少期、ギデオンやシルヴァン、ギルバート、アンネローゼらとともにかけていた日々を思い出した。

いつからだろう。人を利用し、友すらも利用するようになったのは。

現実を知り、理想のもろさを知った。あの時、諦めた時から、この最期は定まっていたのかもしれない。

だが、これでよかったのかもしれない。最期にあの人の娘の手によって、殺されるのだから。

「ウォルター。今のは始まりに過ぎないわよ」

少女は言った。それはそうだろう、と元宰相は思った。これで済むほど、罪は軽くはない。自分の業を、彼は理解していた。そして、これで済ませるような少女ではないことも。

ヴェルベットはナイフを振り下ろした。それは、彼の肩腕をいともたやすく切り落とす。

激痛が彼を襲った。だが、声を出すことすら許されはしない。傷口は、焼けるような痛さが奔っていた。ナイフに塗られた毒薬が、彼の体内を駆け巡り、死なない程度に痛めつける。

少女はなおも、ナイフを振るう。

彼は見ていた。自身の足が切り落とされ、内臓が飛び散り、血糊が自身と床を汚すのを、ただただ黙って。

少女は泣いていた。泣いて、叫びながらナイフを振るった。そこに、威厳ある女王も、強い少女もいなかった。

いたのは、一人の小さな、少女だけ。紅い髪は乱れ、全身が血に染まり、深紅のドレスは黒くなっていた。

少女は、ナイフを振るうのを辞めなかった。ただ相手を殺さないように、なるべく多くの痛みを与えて殺す。それだけであった。



どれほどの時間が経ったか、二人はわからなかった。だが、ウォルターはついに、自分の命の残った時間を知っていた。

もう、身体の大半は使い物にならない。生きているのが不思議なくらいであった。痛みはもはや感じない。体はとっくに壊れていた。心臓の鼓動は弱弱しく、目に映る光景すらももはや輪郭だけとなった。

そんな中で、少女はゆっくりと立ち上がると、血に塗れたその手にナイフを掴み、近寄る。

次で最後にするつもりなのだと、ウォルターは悟った。

苦しみも、すべて終わりだ。

目を閉じた彼に、ヴェルベットはナイフを振り上げて。

だが、最期まで、楽に死なせるつもりはなかった。少女はそのありったけの憎悪を込めて言った。


「さようなら」


その脳天を、叩き斬った。

半分に分断されたウォルターは、最期の絶叫を上げて死んだ。鮮血が、彼女の髪を染めた。

宰相として、王国を支配した男は、あっけなく、一人の少女によって殺された。その死は、あまりにも無残であった。

少女はそれを色のない目で見つめると、静かに座り込んだ。そして、自身の首筋にナイフの刃を当てた。


「母様、父様、みんな。仇は、とったよ」

そう言い、少女は涙を浮かべた目で、月を見た。だが、月はすでにそこにはなく、朝日が昇ろうとしていた。

終わったのだ、復讐も、何もかも。

もう、思い残すことはない。そう、何もない。やるべきことはすべてやった。

彼女は静かに一人の人物の顔を思い描いた。それは、先に逝ってしまった、彼女の愛する人の顔であった。

「ジキストール、今、逝くよ」






そして、少女は、ヴェルベット・シスノ・ラヴィアンは。






その姿を消した。





こうして王国最後の女王の治世はあっけなく幕を閉じた。

以後、王国は元老院による共和制という試行錯誤の時代に入った。共和国と名を改め、民主的な国家として長くその歴史を紡いでいくこととなる。




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