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憲兵隊のシャッハはその死体を見る。若い女。恰好からして娼婦であろう。胸部を一突き。恐らく即死だ。
シャッハはあるものを見つけしゃがみ込む。ほかの憲兵もそれを覗き込み、唸る。死体の近くには、ある一枚の紙が置いてあったのだ。
「『VENGEANCE』に続き、厄介なのが来たなあ」
紙に描かれているのは王冠をかぶった人形の絵であった。
「『ドールプリンス』?」
ヴェルベットがその名を言うと、キースは頷く。二人がいるのは、いつぞやの菓子店だ。
「そう、まあ、王都で数年前に出没した娼婦ばかり狙う殺人鬼さ。しばらく身を潜ませていたけど、なんでまた出て来たかな」
そう言ってキースはコーヒーを飲む。
「必ず王冠をかぶった人形の書かれた紙を残す。いつからかドールプリンスなんて呼ばれてるのさ」
「何故、ドールキングではないの?被っているのは王冠でしょ?」
「さあね、その辺は噂を広めた人に聞いてくれ」
キースは肩を竦める。
「それにしても、男ばかりを殺す『VENGEANCE』とは、まったく正反対だねえ。案外、君に対抗して出て来たかもね」
「なら、そいつを殺してやろうかしら」
ヴェルベットが言うと、キースは笑いだす。
「いやはや、君は面白いよ、本当に」
そして、キースは顔を引き締める。
「娼婦ばかりといっても、プリンスは娼婦の屈強な護衛も殺している。たぶん、元は軍人だろう」
「数年前ということは戦争終結前後かしら?」
「そうだね、僕も君もまだ子供の時だからね」
キースが言う。
「まあ、君も殺されないようにね。君にはいろいろと期待しているんだから」
「それはどうも」
ヴェルベットはそっけなく言う。
「店の方はどうなんだい?」
「モイラの抜けた分、こき使われているわ」
「そうか」
キースは立ち上がる。
「忙しくなって本業は手につかないのかい?あれから誰も殺していないようだけど」
「私は殺人快楽者ではないのよ」
ヴェルベットはそう言って、菓子を食べる。甘い味が口に広がる。
「それじゃ、お姫様。僕は帰るけど、ゆっくりしていていいよ。お金は払っておく」
「悪いわね、キース」
「それじゃまた」
キースはほほ笑んで去っていく。キースとの関係は休日に会い、店でも相手をしている。だが、たいていはこういう話ばかりだ。何を求めているのか、少女には皆目見当がつかない。
「さて、帰りますか」
少女は残りの菓子を食べると、立ち上がる。
少女は走る。尼蜜色の髪を振り、一心不乱に。追いかけてくる、マスクの男。それは先ほど、彼女の連れを殺し、彼女自身も殺そうとしていた。
「た、助けて」
誰もいない裏路地を少女は走る。ほんの遊びのつもりだった。普段家から出られないから、メイドの一人とお忍びで出ただけ。それなのに。
少女は必死で走る。すると、目の前に自分より年上であろう、紅い髪の少女を見た。
「た、助けて!」
少女が言うと、紅い髪の少女はそちらを見る。
「どうしたの?」
「追われているの、殺人鬼に!」
そして後ろを差す。その瞬間、少女の身体を何かが襲う。少女は腹部を見ると、銀色の刃が自身の腹を貫くのを見た。
「この!」
ヴェルベットはナイフを取り出し、マスクの男の手を刺す。男はうめき声をあげ、手を放す。ナイフに貫かれた少女が倒れる。そして、ヴェルベットをマスクの奥から睨みつけると、踵を返し去っていった。
「酷い怪我ね」
怪我を見てヴェルベットは呟く。
「治療を受けさせないと」
しかし、病院に行こうにも金はないし、伝手もない。どうしたものかと考え、少女は思いつく。
困ったときの貴族様、と。
「はあ、それで僕のところ、か」
「ええ、悪いわね」
「思ってもないことを言わなくてもいいよ」
キースは呆れて言う。
「ま、いいけどね。知り合いの医師に見せてどうにか一命は取り留めたよ、彼女」
「そう、助かったわ」
安堵してため息を漏らすヴェルベット。
「本当に、女の人には優しいな君は」
「あなたにも優しくはしているわよ」
「ほかの男より、ってことだろ?」
「勿論」
「もういいよ」
キースはソファに座る。ヴェルベットも対面のソファに腰掛ける。
「で、マスクをつけた男、ね。ドールプリンスかな?」
「でも、あの子は娼婦ではないと思うわ。物腰的にも貴族の娘」
「でも、人気の少ない場所にいたんだろう?娼婦と思われても仕方ないと思うけど」
「さあ、そんなこと、どうでもいいわ」
少女は言う。
「犯人の右腕を刺してやったから、探す手がかりはそこね。あと、金髪よ。結構髪は短いわ」
「なるほどね。で、君はどうするの?」
キースが興味深げに聞く。
「さあね」
「そうは言うけど、君は相手を殺す気でいるんだろう?」
キースが言う。
「君は実際に会って感じたはずだ、相手が何人も殺している、ってことにね」
「・・・・・・・・」
「怖い顔だ」
キースをにらむ少女に茶化して言う。
「あと、また一人、気がした子の近くで殺されていたってさ。たぶん、メイドかなんかだね。で」
キースは懐から紙を出す。
「これは」
それは躍る人形が書かれていた。王冠が頭の上にあった。
「模倣犯の可能性もある」
キースが言うと少女はその紙を受け取る。
「でも、僕はドールプリンスだと思うな。さ、どうする、ヴェルベット。いや、『VENGEANCE』?」
少女は答えない。だが、その瞳は答えを物語っていた。キースは満足そうに少女を見て笑った。
キースの屋敷のベッドで少女は眠っていた。ヴェルベットから見れば、まだ幼い。こんな子供の命を取ろうとする。そこにどのような動機があるかはわからない。だが。
(許すわけにはいかないわね)
確実に一人は殺している。マスクの男がドールプリンスかどうかはわからないが、落とし前はつけさせてやる。
少女はそう思い、キースの屋敷を後にする。
そんな少女を見る視線には気づかずに。
ヴェルベットは館に戻ると、自身の部屋のベッドの下から箱を取り出す。そこには、彼女が作った薬の数々と、予備のナイフがあった。恐らく、普通に戦ったなら、女の自分は力負けする。
いざという時のために、持つに越したことはない。自分は顔を見られている。襲われた少女のように、安全な場所に四六時中いるわけでもない。買い物に行かされることもあるのだ。
「まったく」
肝心の仇の手掛かりは見つからないことに少し焦りを感じる。しかし、どうにもならないことだった。
とりあえずはドールプリンスに集中することにするヴェルベット。
(厭になるわね)
ナイフについた男の血を拭い、ヴェルベットは寝台に身を投げ出した。
(モイラはどうしているだろう)
今度、キースにでも聞いてみよう、と思い、深い眠りにつく。