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VENGEANCE  作者: 七鏡
BIRTH OF VENGEANCE
8/87

6

憲兵隊のシャッハはその死体を見る。若い女。恰好からして娼婦であろう。胸部を一突き。恐らく即死だ。

シャッハはあるものを見つけしゃがみ込む。ほかの憲兵もそれを覗き込み、唸る。死体の近くには、ある一枚の紙が置いてあったのだ。

「『VENGEANCE』に続き、厄介なのが来たなあ」

紙に描かれているのは王冠をかぶった人形の絵であった。


「『ドールプリンス』?」

ヴェルベットがその名を言うと、キースは頷く。二人がいるのは、いつぞやの菓子店だ。

「そう、まあ、王都で数年前に出没した娼婦ばかり狙う殺人鬼さ。しばらく身を潜ませていたけど、なんでまた出て来たかな」

そう言ってキースはコーヒーを飲む。

「必ず王冠をかぶった人形の書かれた紙を残す。いつからかドールプリンスなんて呼ばれてるのさ」

「何故、ドールキングではないの?被っているのは王冠でしょ?」

「さあね、その辺は噂を広めた人に聞いてくれ」

キースは肩を竦める。

「それにしても、男ばかりを殺す『VENGEANCE』とは、まったく正反対だねえ。案外、君に対抗して出て来たかもね」

「なら、そいつを殺してやろうかしら」

ヴェルベットが言うと、キースは笑いだす。

「いやはや、君は面白いよ、本当に」

そして、キースは顔を引き締める。

「娼婦ばかりといっても、プリンスは娼婦の屈強な護衛も殺している。たぶん、元は軍人だろう」

「数年前ということは戦争終結前後かしら?」

「そうだね、僕も君もまだ子供の時だからね」

キースが言う。

「まあ、君も殺されないようにね。君にはいろいろと期待しているんだから」

「それはどうも」

ヴェルベットはそっけなく言う。

「店の方はどうなんだい?」

「モイラの抜けた分、こき使われているわ」

「そうか」

キースは立ち上がる。

「忙しくなって本業は手につかないのかい?あれから誰も殺していないようだけど」

「私は殺人快楽者ではないのよ」

ヴェルベットはそう言って、菓子を食べる。甘い味が口に広がる。

「それじゃ、お姫様。僕は帰るけど、ゆっくりしていていいよ。お金は払っておく」

「悪いわね、キース」

「それじゃまた」

キースはほほ笑んで去っていく。キースとの関係は休日に会い、店でも相手をしている。だが、たいていはこういう話ばかりだ。何を求めているのか、少女には皆目見当がつかない。

「さて、帰りますか」

少女は残りの菓子を食べると、立ち上がる。



少女は走る。尼蜜色の髪を振り、一心不乱に。追いかけてくる、マスクの男。それは先ほど、彼女の連れを殺し、彼女自身も殺そうとしていた。

「た、助けて」

誰もいない裏路地を少女は走る。ほんの遊びのつもりだった。普段家から出られないから、メイドの一人とお忍びで出ただけ。それなのに。

少女は必死で走る。すると、目の前に自分より年上であろう、紅い髪の少女を見た。

「た、助けて!」

少女が言うと、紅い髪の少女はそちらを見る。

「どうしたの?」

「追われているの、殺人鬼に!」

そして後ろを差す。その瞬間、少女の身体を何かが襲う。少女は腹部を見ると、銀色の刃が自身の腹を貫くのを見た。

「この!」

ヴェルベットはナイフを取り出し、マスクの男の手を刺す。男はうめき声をあげ、手を放す。ナイフに貫かれた少女が倒れる。そして、ヴェルベットをマスクの奥から睨みつけると、踵を返し去っていった。

「酷い怪我ね」

怪我を見てヴェルベットは呟く。

「治療を受けさせないと」

しかし、病院に行こうにも金はないし、伝手もない。どうしたものかと考え、少女は思いつく。

困ったときの貴族様、と。



「はあ、それで僕のところ、か」

「ええ、悪いわね」

「思ってもないことを言わなくてもいいよ」

キースは呆れて言う。

「ま、いいけどね。知り合いの医師に見せてどうにか一命は取り留めたよ、彼女」

「そう、助かったわ」

安堵してため息を漏らすヴェルベット。

「本当に、女の人には優しいな君は」

「あなたにも優しくはしているわよ」

「ほかの男より、ってことだろ?」

「勿論」

「もういいよ」

キースはソファに座る。ヴェルベットも対面のソファに腰掛ける。

「で、マスクをつけた男、ね。ドールプリンスかな?」

「でも、あの子は娼婦ではないと思うわ。物腰的にも貴族の娘」

「でも、人気の少ない場所にいたんだろう?娼婦と思われても仕方ないと思うけど」

「さあ、そんなこと、どうでもいいわ」

少女は言う。

「犯人の右腕を刺してやったから、探す手がかりはそこね。あと、金髪よ。結構髪は短いわ」

「なるほどね。で、君はどうするの?」

キースが興味深げに聞く。

「さあね」

「そうは言うけど、君は相手を殺す気でいるんだろう?」

キースが言う。

「君は実際に会って感じたはずだ、相手が何人も殺している、ってことにね」

「・・・・・・・・」

「怖い顔だ」

キースをにらむ少女に茶化して言う。

「あと、また一人、気がした子の近くで殺されていたってさ。たぶん、メイドかなんかだね。で」

キースは懐から紙を出す。

「これは」

それは躍る人形が書かれていた。王冠が頭の上にあった。

「模倣犯の可能性もある」

キースが言うと少女はその紙を受け取る。

「でも、僕はドールプリンスだと思うな。さ、どうする、ヴェルベット。いや、『VENGEANCE』?」

少女は答えない。だが、その瞳は答えを物語っていた。キースは満足そうに少女を見て笑った。



キースの屋敷のベッドで少女は眠っていた。ヴェルベットから見れば、まだ幼い。こんな子供の命を取ろうとする。そこにどのような動機があるかはわからない。だが。

(許すわけにはいかないわね)

確実に一人は殺している。マスクの男がドールプリンスかどうかはわからないが、落とし前はつけさせてやる。

少女はそう思い、キースの屋敷を後にする。

そんな少女を見る視線には気づかずに。


ヴェルベットは館に戻ると、自身の部屋のベッドの下から箱を取り出す。そこには、彼女が作った薬の数々と、予備のナイフがあった。恐らく、普通に戦ったなら、女の自分は力負けする。

いざという時のために、持つに越したことはない。自分は顔を見られている。襲われた少女のように、安全な場所に四六時中いるわけでもない。買い物に行かされることもあるのだ。

「まったく」

肝心の仇の手掛かりは見つからないことに少し焦りを感じる。しかし、どうにもならないことだった。

とりあえずはドールプリンスに集中することにするヴェルベット。

(厭になるわね)

ナイフについた男の血を拭い、ヴェルベットは寝台に身を投げ出した。

(モイラはどうしているだろう)

今度、キースにでも聞いてみよう、と思い、深い眠りにつく。



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