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ヴェルベットがいるのは、ミアベルの家の地下に続く通路の先にある洞窟。
その奥にある小屋のさらに奥には、自然に作られた大きな空間があり、そこに円卓と椅子があった。おそらくそこは改革派のメンバーや内乱時に使用された場所なのだろう。
洞窟に入る光がそこを照らしている。秘密の会合を行うにはうってつけの場所だ。この洞窟にいたる道は王都にいくつか隠されており、それを知るのはミアベルのみであった。
シスノ侯爵でさえ、この洞窟の正確な地理を掴んではいなかったらしい。
ヴェルベットは円卓の空いている椅子に座り、円卓を見回す。
彼女の右隣から、シスノ侯爵、ヴェストパーレ伯、ウェルナー伯、ブルクステン令嬢、ザロワ辺境伯、レーン男爵、行商のダンストン、エリスと並んでいる。
ザロワ辺境伯、ダンストンはいずれもヴェルベットとの直接の面識はなかったのだが、手紙に書かれた内容を受けてここに来ていた。
二人は何のために呼ばれたのかはわかっていた。だが、真に彼女が信用でき、そして導いてくれる存在かを見極めるためにここにいる。
ザロワ辺境伯はかつては改革派に近い存在であったために、その地位を追われた。ダンストンは今では名の知れた行商だが、現王権の政策により失墜した貴族の家の出身である。
レーン男爵は娘の知り合い、ということで面識はあったが、その少女がまさか王家の娘とは思いもしなかった。そして、なぜ自分に声がかかったか、とても不思議に思っていた。
「まずは、お集まりいただきありがとうございます」
椅子に坐し、ヴェルベットはよく通る声でそう言い、深く頭を下げる。
「皆様を呼んだのは他でもない、この国の未来について、です」
そう言い、紅い髪の少女は一同を見渡した。
「ここに集まっていただいた方はいずれも志を同じくする方だと私が判断したためです」
「本当に信用できますかな?」
ザロワ辺境伯が言った。シスノ侯爵よりも少し若いであろう辺境伯は、豊かな銀髪を輝かせながら言った。
「私自身、あなたが本当に王家の人間か、わからないのですが」
そう言い、ザロワ辺境伯は目を細めた。
「異国の医術で顔を変えることができる。あなたの手紙はそう語っておりましたな。それはあなた自身にも言えるのでは、ヴェルベットどの」
「ええ、そうですね」
ヴェルベットがそう言うと、エリスが動揺したようにピクリと動く。シスノ侯やキースらは沈黙を守り、ヴェルベットの答えを待つ。
紅い髪の少女はザロワ辺境伯を見る。その目に思わず辺境伯はたじろぐ。
「確かに私は王女ではないかもしれませんし、貴族ですらないかもしれない。もしくは、王国の民ですらないかもしれない」
そう言い、ヴェルベットは一区切りすると辺境伯を見て言う。
「ですが、それがどうしたというのです?大事なのは血筋ではなく、信念ではありませんか?」
ヴェルベットはそう言い、一同を見渡した。
「血筋だけがすべてではない。同じ血を引いていても、誰もが優秀であるわけではないし、逆もまたそうです。私たちは、それを知っています。だからこそ、血筋だけですべてが決まり、あまつさえ変革を受け入れない悪しき貴族を討つのです」
少女は辺境伯を再び見た。
「辺境伯、私はただのシンボルでしかないのですよ。あなたはそれを利用し、あなたが正しいと思うようになさればそれでいいのです」
「あなたはそれでいいのですかな、私とあなたの考えは違うかもしれないのですぞ」
「その時はその時でしょう。少なくとも、私はあなたという人を信頼しています、ザロワ辺境伯。今は、それでいいのです」
「・・・・・・・・・・・・」
ザロワ辺境伯は静かに少女を見る。少女はその瞳にたじろぐことなく、見返す。その目を見て、ザロワ辺境伯は笑った。
「なるほど、大した方だ。わかりました、このザロワ辺境伯、どこまでもあなたについて行きましょう」
「ありがとう、ですが私たちは同志なのです。ついて行くのではなく、ともに歩いていきましょう」
ヴェルベットはそう言って笑った。それを見てレーン男爵、ダンストンも心の中の不安はなくなっていた。
この少女は間違いなく王女なのだろう、そう思わせる何かがあった。
隣に座っていたシスノ侯爵が咳をする。
「それでは、まずどうするのですかな。ヴェルベットどの」
シスノ侯爵はそう言い、ヴェルベットを見る。彼が向けるのは、王女の娘への視線であった。愛娘に送る視線ではない。それもそうだ、何故なら彼はまだヴェルベットが娘だとは知らないのだから。
ヴェルベットは言い出せなかった。自分が娘だとは。
言いたい、でも言えない。そんな少女はその思いを隠して公爵を見、一同を見た。
「現状では私たちは数も少なく、味方もいない。相手は国で、国軍や憲兵を動かせるだけの力がある」
キースにも憲兵を動かすだけの力はあるが、国王のそれには及ばない。それでは味方とは言えない。
キースの仲間もいるようだが、それとて数は知れている。
「宰相の暗殺や大公殿下の殺害などは・・・・・・・・・?」
「ジョン・ウォルターにそんな隙はないだろう」
ダンストンの発言にシスノ侯爵は言った。長年友にいながら見破ることのできなかったジョン・ウォルターの野望。ギルバート、ギデオンまでもだましてきた宰相のことを彼はよくわかっていた。
ジョン・ウォルターは慎重で臆病者だ。だからこそ、あらゆる手段を講じて可能性を潰そうとするだろう。
「市民に暴動を起こさせるのは?」
レーン男爵が言うと、ヴェルベットは首を振る。
「市民に被害は出したくはありません。流すべき血は少ない方がいい」
少女はそう言い、自らの手を撫でた。流すべき血は、ただ少しだけでいい。そう、少しだけで。
「地方領主の中には反感を持つ者もいるでしょう。シスノ侯やザロワ辺境伯の呼びかけに応じる者もいるでしょう」
シメオンが言うと、シスノ侯は苦い顔をする。
「そうも言えんな。地方領主と言っても、力が強いわけではない。地方では出稼ぎのために国軍に入る者もいる。そう言ったもののことを考えると、地方の者たちが反抗できるかどうか・・・・・・・・・」
シスノ侯の言葉に、ザロワ辺境伯も頷く。
思った以上に彼らの進む道は茨の道のようだ。
「仕方ありません、他国との協定も視野に入れなければなりませんね」
「他国と、ですか?」
「ええ」
アルミラの問いに、ヴェルベットは頷く。
「他国に協力を求めて、再び侵略が起こるかもしれません。50年前の内乱を再び起こすつもりですか?」
ザロワ辺境伯の言葉に、ヴェルベットは首を振り否定する。
「そうはさせるつもりはありません」
少女はそう言うと、一通の書簡を懐から取り出す。
「それは?」
キースが問う。
「ミアベル・ドラウプニル、『黒い未亡人』と呼ばれた方の遺した、皇国との協定です」
「協定?知りませんぞ、そのようなものは」
ザロワ辺境伯が言う。ほかの面々も知らない様子であったが、シスノ侯爵だけはそれが何かを知っていたようだ。
「なるほど、その協定があれば」
「ええ」
「だが、それは・・・・・・・・・」
シスノ侯爵は、その顔を曇らせる。そして、隣の少女を見る。
「協定の中身は?」
キースの問いに、ヴェルベットは書簡を広げて読み上げる。
「皇国は今後、神に誓って王国と神聖なる同盟を結ぶ。いかなる事態があろうとも、正統なる王家の血筋を持つものの助けを聞きとめ、最大限の助力を行うことを」
そう言い、ヴェルベットは言葉を斬り、そして続けた。
「ただし、そのためには王国の姫を差し渡し、皇国の花嫁として我国に嫁いでいただく」
そう言うと、皆が沈黙しヴェルベットを見た。
現在、皇国とは国交はあるものの、この誓約は未だ果たされていない。本来アンネローゼ王女が果たすべき役割を放棄したためだ。
誓約は一度掲げられたものはたとえ皇帝ですら覆せない。何故なら神への誓約であるからだ。
よって、今でもこの誓約は生きている、と解釈できる。そして、ヴェルベットが皇国に嫁ぎ、支援を求めれば皇国は応じざるを得ない。
エリスは黙ってヴェルベットを見る。彼女にはすでに、愛する夫が、ジキストールがいるはずだ。
ならば、どうするのだろうか。
ヴェルベットは静かに、だが力強く言った。
「私は、皇国へと向かいます」
紅い髪の少女は、強い光を宿していた。




