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シルヴァン侯爵子息はいわゆる国王率いる改革派。若き理想に燃える貴族たちの集団に対して、保守的な立場をとるのが、古くからの貴族の集団。国王による統治を支持しながらも、内心は既得権を守り、己のことしか頭にない連中ばかりである。
シルヴァン自身の親も、現ヴェストパーレ伯、ウェルナー伯といった有力者の多くが保守派である。
ギデオンやシルヴァンは親から家の恥、とまで言われているが、現国王の信任もあるため、左遷されることはなかった。
外交関係、王都・国内の再建など、積極的に動く改革派は多くの国民から支持され、圧倒的な人気があった。
旧い貴族や長老たちは、そんな彼らを疎ましく感じていた。改革派の国王の存在も、大いに邪魔な存在であった。
そんな貴族たちの筆頭はオルゼン大公である。現国王とは従兄弟の関係にあるが、内乱時は国外に遊学していたため、難を逃れていた。
帰国後、国をまとめ上げようとした彼だが、若き才媛の登場は彼の出る幕を奪っていった。彼は、若きシルヴァンやギデオンらを恨んでさえいた。
国内の不破、は確実にあった。表に見えないだけで。未だ、国内の内乱は終わってなどいなかった。
「ねえ、シルヴァン」
ある日、アンネローゼ王女はシルヴァンにこういった。
「どうして、王女なんかに生まれたのかしら」
王国と同盟関係にある国の王子との婚約が、まとまり始めていた時期であった。
見たこともない、知らない王子との結婚。王女はそのことを恐れていた。
シルヴァンは、優しく少女を抱きしめた。妹のように、と思い続けてきた少女の身体は、震えていた。
思いを、抑えることはできなかった。
シルヴァンは抱きしめた少女の唇に、キスをした。少女もまた、それに答えた。
そんな光景を、静かにギデオンだけが見ていた。
少女との逢瀬を終えたシルヴァンを、ギデオンは責めた。
そして、激昂してその頬を殴りつけた。
「馬鹿野郎」
口から流れる血を拭うシルヴァンに、ギデオンは言った。
「辛くなるのは、お前と王女だぞ!?言ったはずだよな、シルヴァン!」
ギデオンは、普段は冷たい、と言われる顔に感情をこめて言った。
「俺は、そんなお前たちの姿など、見たくはなかった・・・・・・・・・!」
「ギデオン、やめろ!」
ウェルテンがなおも殴りつけようとするギデオンを抑えかかる。
「離せ、ウェルテン!シルヴァン、わかっているはずだろう。俺たちが、この国を変えるためには、仕方のないことだと!」
「だからと言って、アンネローゼ様を、このまま・・・・・・・・!」
シルヴァンはそう言って、ハッとする。ギデオンの目には、光る何かがあった。
シルヴァンは知っている、この冷酷そうな男は、仲間を人一倍心配してくれる男だと。あえて憎まれ役すらやろうとするお人よしだと。
「・・・・・・・・・・・すまなかったな」
シルヴァンがそう言うと、ギデオンも言った。
「俺も、殴って悪かったな」
だが、とギデオンは続ける。
「痛み失くして、革命はあり得ない」
そう言い、ギデオンは去っていく。そのあとを、慌ててウェルテンが続いていく。
シルヴァンは、静かにその場に座り込む。
「くそ・・・・・・・・・・」
シルヴァンは親友のジョン・ウォルターとともに執務室にいた。
王女との件は、ジョンとギデオン、ウェルテンのみが知るだけであった。
その後は、シルヴァンは王女と会うこともなかった。王女は結婚の準備に入っていたからだ。
もはや、会うことすらできぬのか、とシルヴァンは思っていた。仕方ない、と思った。もともと、高根の花だったのだ。侯爵家の息子とはいえ、王女と結婚できるわけがない。まして幸せにできるなどとうぬぼれてもいない。
彼は職務に励んだ。その思いを、仕事に向けた。
事件はそんなある日起きた。
アンネローゼ王女の失踪。部屋の状況や、侍女が襲われたことなどから、誘拐と断定された。
すぐさま、国軍と密偵たちが捜索に当たった。
だが、決死の捜索もむなしく、王女の行方は不明であった。
そんな時、ある者がこんなことを言った。
「王女とシルヴァン・シスノは恋愛関係にあった」と。
噂は瞬く間に広がった。内部犯の可能性も高かったため、シルヴァンは疑いの目を向けられた。決定的な証拠はなかったが、犯人ではない、という証拠もない。王女の信任厚く、王宮の内部を知るシルヴァン。
また、改革派の筆頭である彼は、保守派の邪魔ものであった。彼は攻撃にさらされた。
また、王女との恋愛関係を知った国王は激昂し、シルヴァンから役職を奪った。
そして、彼を辺境の地へと左遷することを告げた。
「陛下、なぜです!?シルヴァンが犯人と関係しているなどとは、保守派の噂でしかありません!」
ギデオンはギルバートにそう言うが、彼はそれを聞き入れない。
「事実、恋愛関係すら・・・・・・・・・!」
「事実はあった」
ギルバートはギデオンの言葉を遮る。隣に立つジョンが嗤う。
ギデオンはそれで悟った。王女とのことを知るのは、ほかにはウェルテンのみ。彼がそれを言うとは思えない。
ギデオンは怒りに顔を歪めた。
「ジョン、貴様・・・・・・・・・」
「親友とはいえ、国王への背任だよ、シルヴァンのやったことは」
ジョンはそう言うと、ギデオンを見る。
「とはいえ、確かに彼が犯人である、とは考えられないし、これまでの功績もある。だからこその辺境への左遷だ」
そう言うと、ジョンは静かに笑う。ギルバートは重い表情で下を向くだけであった。
「これ以上は、言わなくてもわかるよね?」
ギデオンは唇を噛んだ。改革派の一員として信じてきた仲間。彼は結局、保守派だったのだ。そして、国王もまた、結局その支配からは逃れられなかった、ということなのだ。
「ああ、それと君とウェルテンも、しばらくはおとなしくしてもらおうか」
ジョンはそう言って、紙を突き付けた。そこに書かれていたのはウェルテンの地方行きと、ギデオンの近衛隊長辞表であった。
「ジョン、貴様・・・・・・・・・!」
シルヴァンは少ない荷物とともに、王都の門に立つ。荷馬車はない。実家の父はシルヴァンを無視し、業者を雇う金さえ与えなかった。
ギデオンは謹慎を言い渡され、ウェルテンもすでに王都を発った後だという。
シルヴァンは独り、王都を後にした。
シスノ侯の話は終わった。肝心のアンネローゼの件はあまり聞けなかった。だが、父とシスノ侯の関係がかつては親密であったことを初めて知った。そして彼がヴェルベットの養父や父とも懇意だったことを。
話からすると、彼は事件に関与していないように思えた。かつての友人と、愛した人の娘を殺すとは考えられなかった。
「シスノ侯、あなたは父を恨んでいますか?」
そう言うと、シスノ侯は静かに頭を振った。
「いいや、確かに彼女を愛したのは、私の罪。むしろ、生きているだけで十分だよ」
そう言うと、シスノ侯は立ち上がる。
「満足か、キース」
「ええ、シスノ侯」
シスノ侯の背中には、哀愁が漂っていたかに見えた。彼が、亡き王女に瓜二つの少女を見たら、彼はどうするだろう?
シスノ侯は静かに立ち去った。
キースは一人考える。現宰相ジョン・ウォルター。彼が目下のところ怪しい。オルゼン大公や他の貴族と組み、王女誘拐をでっち上げ、改革派を失墜させた。
そのことを知る王女の娘、そして彼女を引き取ったウェルテン・ローゼルテシアを消す。それが、彼らの目的だったのだろう。
何故、今になって、という疑問はあったが、あの【黒い未亡人】ですら探れなかった事実が、居間になって浮かんできた、ということなのだろう。
しかし、相手はあまりにも強い。この国のトップともいえる宰相とは。父も頼りにはできない。
ならばどうするべきか。
アルミラやほかの若い貴族では、改革派の二の舞だ。
キースは机に肘をつく。この国の未来。それは遥か暗黒の先。
誰かが、変えなければならない。キースは拳を握りしめた。




