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VENGEANCE  作者: 七鏡
BIRTH OF VENGEANCE
7/87

5

連続殺人犯は現場に残していく言葉から『VENGEANCE』と呼ばれた。

憲兵隊の捜査にもかかわらず、容疑者の特定には至らない。

「今回も悲惨だな」

シャッハがそう言って、宮廷医師を見る。

「で、ロダン先生、今回の死因は?」

「絞殺だな、縄を使った」

意思があごひげを擦っていう。

「まったく、この犯人えげつないのお。じわじわやるのが好きなようだ」

「復讐、ね。こいつといい、先ごろのやつといい、まっとうな奴ではないようだが」

シャッハは男の顔を見る。目がこれでもかと見開かれ、断末魔の声を今も上げていそうな顔だ。

「こいつが死んで得するのは誰だ?」

「それはお前の仕事じゃろ」

医師が自分の仕事は終わったとばかりに腰を上げ、帰り支度をする。

「たぶん、これで終わりではないんだろうな」


ヴェルベットはモイラを見た。モイラは相手の死を聞き、安堵していた。一方のハボックは客の一人が死に、少し慌てていた。

「モイラ、これで今回の話はなくなったの?」

「そうでしょうね、流石に死人と結婚なんていかないでしょう」

モイラが言う。

「ねえ、モイラ。好きな人がいるんでしょう?」

「やっぱり、わかる?」

「ええ」

「お金が貯まるまで待ってくれって言っていたのよ。今回、妾にされるって聞いて、彼も私も諦めていたんだけど」

「お金ってどのくらい」

モイラは冗談ではない額を少女に告げる。

「まだまだ、ここを離れるわけにもいかないわね」

「・・・・・・・」

「だから、安心して、ヴェル」

少女の頭を撫でるモイラ。少女は黙って何かを考えていた。


休日。ヴェルベットは約束通り、キースとのデートに行っていた。

王都でも洒落た菓子専門店で、二人は食事をしていた。誰にも邪魔されない個室に二人が入っていた。

「まさか、君が例の『VENGEANCE』とはね」

キースが楽しげに言って、コーヒーを飲む。

「あなた、自分の身が心配ではないの?」

「僕が思うに君が殺すのは、男だ。だいぶ後ろ暗い、ね。その点僕はまっとうな人間だからね」

「それに、何、私は『復讐』なんて呼ばれているわけ?」

「お似合いだよ。復讐ヴェンジェンスのヴェルベット。響きもいい」

少女は青年を睨む。

「はいはい、僕も共犯だからね。君のことは誰にも言わないよ」

「言ったら殺すわ。どこにいたとしても」

「怖いな」

おどけてキースが言った。

「で、君の本当の復讐の相手って誰?」

「どういうことかしら?」

「とぼけるなよ、なぜ最初の殺人をした?あいつがきっかけのはずだ、今の君という人格が形成されたのは」

「それを話せるほど、私はあなたを信用していない」

「どうしたら信用してくれる?」

「とりあえず、私に協力して。代償は私の身体そのもの」

「僕は、君の心も手に入れたいな」

キースは立ち上がり、普通の女性なら簡単に落ちるであろう声音と表情で少女の顔に迫る。そこに、少女のナイフが出てくる。

「いつも持っているのかい?」

「ええ」

そう言ってもう一本取りだす。

「いかが?」

「遠慮するよ」

キースはコーヒーを手にし、座る。

「で、次はだれを殺すの?」

「私を殺人鬼みたいに言わないで」

そう言って少女はキースを見た。

「頼みがあるの」

「へえ」

キースは面白そうに眉を上げる。

「お金を貸してほしいのよ」

「ふぅん、多分そのお金は君自身のためのものではないね」

「・・・・・・そうよ」

「はん、気に入らない。けど、貸してあげよう。信頼関係を変えるなら安いものだ。金額は?」

少女は金額を告げる。男はどうってこともないように言った。

「いいよ、貸してあげよう。ああ、待った。返さなくていい」

キースが言う。

「身体で支払ってもらおう、そうだな、休日は僕とデート。少なくとも一か月先まで。どう?」

「従わざるを得ないわね」

ヴェルベットは言って男を見る。

(こいつ、何者?)

普通の貴族ではない。大貴族ではないのか、とも思えてくる。

(まさか、王族?)

その考えにいたり、少女は否定する。そんなはずはない。王族が自分を気に入るとも思えないからだ。

「それで、お金は何時かしてくれるの」

「すぐにでも」

「そう」

少女はそう言い、悲しげな顔をする。モイラは自由となる。だが、ヴェルベットはまた一人となる。

永遠の別れではなくとも、寂しい。

「安心しなよ」

キースが笑って言った。

「君には僕がついていてあげるよ」

ヴェルベットは男の瞳に狂喜を見出す。

(そうか、こいつも私と同じだ)

狂っているのだ。

「たとえ、地獄に墜ちようと、僕だけは君を想い続けるよ」


翌日、モイラは金を携えて来た男とともに、笑い合っていた。ハボックは面白くなかった。看板の一人が、名もなき若造に掻っ攫わされるのだから。

「モイラ、本当に出ていくのか」

「はい、ハボック様。お金は足りているはずです」

「考え直せ、お前ならもっと金のある貴族が」

「いいえ、私は彼と行きます」

「小僧、娼婦を妻にするなど、正気か?」

ハボックはモイラが説得できないとみると、相手の男に矛先を向けた。若者は迷いなく頷き、モイラを抱き寄せる。

「そうか、なら勝手にしろ」

そう言ってハボックは館へと入っていった。

ヴェルベットは静かに、それを見ていたが、モイラが手招きするのを見て出ていく。

「モイラ」

「ヴェル、ごめんなさい。あなたを置いて私は行くの」

モイラはうっすらと涙を浮かべている。ヴェルベットは首を振る。

「いいのよ、モイラ。あなたは十分に苦しみを味わった。人は幸せになる権利がある。これからは愛する人と一緒に生きて」

「ヴェル」

モイラの目から大粒の涙が出る。

「忘れないわ、ヴェル。一か月だけだったけど、妹ができたみたいで、うれしかった」

モイラの涙に、ヴェルベットの心も打たれる。だが、涙は出ない。

「さようなら、ヴェル。あなたにも、幸福が訪れますように」


モイラは去る。名残惜しそうにヴェルベットを見ながら。

少女は手を振る。モイラも手を振りかえす。隣の若者に促されて、モイラはやっと前を向く。そして、光の方向へと歩き出す。

「それでいいのよ、モイラ」

ヴェルベットは呟く。

「幸せに生きて、モイラ」

(私は、もう幸福に生きる資格はないけれども)

少女は自身がもはや善人であるとは思っていない。まっとうな幸せを得ることがないことも知っている。

それが彼女の選んだ道。

それでも、モイラには幸せでいてほしかった。

「さて、と」

ヴェルベットは館に入る。モイラのいなくなったそこは、ひどく空虚に感じた。


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