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ある種の緊張感に包まれた館で、それは真昼に起こった。
店内の様子を眺めに来ていたヴェルベットに、急に客の中の一人が襲い掛かってきた。
中肉中背の男で、ナイフを持って少女に向かっていった。
エリスやクロウドもヴェルベットのそばにいて、ヴェルベットを守ろうと動き出すが、ヴェルベットはそれを制して男の攻撃をかわす。そして、男の手をはたき、足を払う。
すかさずクロウドと、駆けつけてきた憲兵が取り押さえる。男はどこか狂信的な目を浮かべて、静かに笑っていた。
「王国に最悪をもたらすものに死を・・・・・・・・・・呪われた子に死を・・・・・・・・・」
うわ言のように呟きながら、男はヴェルベットを見る。ヴェルベットは、その男を見る。
男は喚きながら憲兵に連れて行かれる。その背を見ながら、ヴェルベットは犯人のナイフを拾い上げる。
ナイフは一般的なもので、手掛かりにはなりそうにない。
「大丈夫、ヴェル?」
「ええ」
エリスの問いかけにヴェルベットは頷く。ヴェルベットはなおも館の周囲を包む、異様な雰囲気を感じていた。
この襲撃はまだ続くであろう。
闇の蠢く音が聞こえる気がした。
その後、ヴェルベットの下に訪れたアルミラは、彼女に犯人の情報を教えてくれた。
「犯人は犯罪歴はないようですわね。職業は城の衛兵。素行にも問題はないらしいわ」
「動機は不明、ということ?」
「ええ、そうね」
アルミラはそう言うと、ヴェルベットを見つめる。
「心当たりは?」
「さあ、ね。ヴェストパーレか、私個人か」
「それとも、『VENGEANCE』として買った恨み、か?」
「・・・・・・・・さすがに知っているのね、アルミラさん」
「ええ」
平然とアルミラは答える。ヴェルベットは彼女が憲兵に突き出す気はないとみると、ホッと息をつく。
アルミラはヴェルベットに一枚の紙を渡す。
「これは?」
「申し訳ないけど、ローゼルテシアの事件について調べさせてもらったの。これはその調査の結果」
「・・・・・・・・・・」
沈黙してヴェルベットはそれを読みだす。
「へえ、三人が行方不明、ね」
「あと一人はまだ生きているけれど、いつ消されてもおかしくはないわ」
アルミラはそう言うと、ヴェルベットの様子をうかがう。
「その前に、あなたの手で殺したい?」
「・・・・・・・・・そうね、でも、いいわ」
ヴェルベットはそう言うと、紙をアルミラに返す。
「憲兵を敵にしたくないし、所詮、そいつは下っ端に過ぎない。黒幕をやるのが先ね」
「・・・・・・・・・・黒幕は、おそらく巨大な存在よ。キースでさえ、探れないほどのね」
「王子様でも無理、ね」
ヴェルベットは言うと、手を組む。
「アルミラさん、どう思うかしら?」
「ヴェストパーレとは関係はないように思える。シメオン様が狙われていないものね。おそらく、あなたの何かが、彼らにとって邪魔なんでしょうね」
「それは何かしら?」
「・・・・・・・・・・これは推測だけれども」
そう前置きをして、アルミラは語りだす。
「私もいろいろ調べたのだけれども、手掛かりは見つからなかった。でも、ある絵を見つけたの」
そう言い、絵の模写の一部を取り出す。そこに描かれた女性を見て、ヴェルベットは驚きを隠せなかった。
「これは・・・・・・・・・・?」
「あなたも聞いたことはあるでしょう?現国王陛下の妹君で、行方不明になられたアンネローゼ様よ」
それはキースも見つけていた、あの女性であった。
「あまりにもそっくりだとは思わない?」
「・・・・・・・・・・・」
「アンネローゼ様があなたの母親なのではないか、と私は考えているの」
「・・・・・・・・・それが本当だとしたら、私には王位継承権が発生するわね」
「ええ」
王族の血を引いてさえいれば、王位継承権は発生する。ヴェストパーレ家当主シメオンにも、一応は継承権はあるが、後ろから数えたほうが早い。現状の継承権のトップはキースだ。
だが、継承権は色々と複雑な決まりがあり、またこの国では男女で継承権に差があるわけではない。
血の濃さと年齢だけが問題になる。血の濃さが最優先であり、その次に年齢が優先される。
現国王の子息であるキースだが、母親は平民。一方のヴェルベットは、仮に母親がアンネローゼ王女だとしたら、父親はヴェストパーレ伯。血の濃さで言えば、ヴェルベットの方が上、ということになる。
キース以外の王子はいるらしいが、いずれも血の濃さ、という点ではヴェストパーレ家に劣る。
ヴェルベットが王家の血筋、と認識されれば、彼女が王位継承権のトップになってしまう可能性が大きい、ということだ。
「まあ、飽くまで仮の話ですが」
アルミラはそう言い、ヴェルベットを見る。
「それが本当だとしたら、それはこの国の上層部が噛んでいる、ということね?」
王子の存在は公には伏せられており、一部の高官しか知らないはずだ。そのことから導かれる答えは、必然的にそうなる。
「ええ」
アルミラは頷いた。そして、心配げにヴェルベットを見る。
「大丈夫?」
「ええ」
そう言い、ヴェルベットは拳を握りしめた。
「それが本当だとしたら、なんてくだらない・・・・・・・・・・」
吐き捨てるように、ヴェルベットは言った。
そんな理由で、両親を、故郷の人々を殺したというのか?そんなこと、赦されるわけはない。
紅い髪の少女は、激情を抑えきれなかった。
ヴェルベットは立ち上がり、アルミラに言った。
「少し、確かめたいことがあるの」
「そう」
そう言って、ヴェルベットは部屋を出ていく。
アルミラはその背を見送り、一度も手を付けずに覚めてしまったコーヒーを口にする。
「確かに、くだらないわね」
アルミラはそう呟く。
「でも、いつの世でも、変革を畏れる人はいるものよ。あなたのその魅力は、多くの人を引き付ける」
少女はコーヒーを飲み尽くすと、立ち上がる。
「『VENGEANCE』、あなたは敵がどれだけ強大でも、それでも戦い続けられるかしら?」
無名の二つの墓。その前にヴェルベットは佇んでいた。
彼女の師と、師が「アンネローゼ様」と呼んだ女性の墓。
思えばあの時、ヴェルベットの生を聞いた時から、ミアベルは知っていたのかもしれない。彼女の血筋について。
ミアベルが死の間際に行った『誇り高き血』。それをヴェストパーレの血のことだ、とヴェルベットは思っていた。だが、それは違うのだ。彼女がさしていたのは、母方の血。つまりは王女アンネローゼの血のことだったのだろう。
「ミアベルさん、教えてください。真実を」
ヴェルベットは墓の前でつぶやく。だが、死者は答えてはくれない。
ヴェルベットは、立ち上がり師のいた店へ行こうと思った。
まだ、あそこをよく見たわけではない。もしかしたら、何かヴェルベット、もしくはアンネローゼ王女のことがわかるかもしれない。
そんな少女の後を、一つの影が追う。その影は、ヴェルベットに一切気配を感知させずに、その後をつけていった。




