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VENGEANCE  作者: 七鏡
BIRTH OF VENGEANCE
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4

ヴェルベットはモイラに会いに来たその貴族を見る。モイラは無理して笑っていた。相手はモイラを妾にしようとする貴族だろう。

彼女とは釣り合わない、肥満体の中年。少女は男の名を聞く。そしてその男の評判を、客たちにそれとなく聞く。男たちは少女の妖艶な仕草に気を取られ、ペラペラしゃべってくれた。

正妻はいるが、今ではすっかり冷めきっていて、娼館通いばかりで家にはほとんど帰らない。それなりの家で、王宮の財務官の一人だという。一方、汚職の疑いも持たれているらしい。だが、本人は一切気に留めていないようだ。

ヴェルベットは自分の容姿を最大限に利用し、情報を集め続けた。小物ならば、陥れるだけでいい。わざわざ彼女が手を下すまでもない。憲兵に密告すればいいだけだ。

だが、男は周到であり、犯罪の痕跡をほとんど残さなかった。だが、少女は見つけた。男を殺すに足りうる理由を。

「あいつ、前も妾がいたんだけど、いがみ合って殺しちゃったようだよ」

若い男が寝台に眠るヴェルベットを見て言う。

「そうなの」

「ああ、でもあいつコネでもみ消してね。その子の兄、だっけな。それが泣いてたなあ」

妾の死は病死とされたらしい。

「でも、どうしてこんなこと聞くの?」

「モイラは私の姉も同然。それを心配してはいけない?」

ヴェルベットが妖艶に微笑む。若い男は楽しげに笑うと、少女にキスをする。

「君、気に入った。僕の名前はキースっていうんだ。また、君を指名するとしよう」

「ありがとうございます、キース様」



週に一度の休日。死んだ妾の墓へと、ヴェルベットは赴く。

ぽつんと立つ墓。そこには一人の男がいた。悲しそうに呆然と立つ。その後ろをヴェルベットは通り過ぎる。男は泣いていた。そして、呪詛を吐いていた。妹への謝罪を口にしていた。

「俺が、しっかりしていれば」

その様子は悲痛であった。ヴェルベットは手に力を込める。

最初はモイラのためであったが、今は違う。

女性の無念、その兄の無念。それを晴らす。それが自己満足でも構わない。

権力を振りかざし、欲望のままに生きる者たちに死を。


モイラが行くのは三日後。そうなると、行動を起こすのは限られてくる。

どうしたものか、と少女は悩む。仕事は抜けられない。ならば。

そこで少女は思いついた。

「キース様」

少女は男に話しかける。

「明日、私を店の外に連れて行ってくださいませんか?」

「どうして?」

「理由は聞かないでください」

少女が言うと、キースは笑う。

「へえ、何かするの?」

「どうでしょう」

「あの男を殺すんでしょ?」

キースが面白そうに言う。

「いいよ、協力してあげる。君は面白いね、ヴェルベット。代償は、そうだな。君とのデートはどうだい?次の休日にでも」

「それくらいなら構いません」

ヴェルベットは頷く。青年は笑って手を差し伸べる。

「安心して、憲兵には何も言わないよ。僕も、まだ死にたくはない」

「私、人殺しなんてしませんよ」

「どうかな」

キースは笑って言う。しかし、その目は少女の奥底を見透かすようだった。

「君の瞳は、憎悪に満ちている。僕ら男に対するね。気を付けたほうがいい。戦場に行ったことのある者は、殺気に敏感だからね」

キースの言葉を黙って少女は聞き流す。



お得意のキースの願いを、店側が聞き入れないわけにはいかない。少女は無事、店を抜け出す。

そしてキースの屋敷に入る。

「これでアリバイはできたね」

家の使用人にも姿は見られている。

「二階の窓から抜け出せるようにしているよ。とはいえ、縄とか使って下りれる?」

「ご心配なく。慣れていますので」

「まったく、飽きさせない女性だな、君は」

そう言って男は少女の顎を持ち上げ、唇近くで囁く。

「綺麗な薔薇には棘があるが、近づかずにはいられない。その魅力はあまりにも大きい」

「ならば、近寄るべきではありませんね」

「かもね」

青年は少女にキスをする。

「じゃあ、行ってらっしゃい。待っているよ」

青年の言葉に何も返さず、少女は窓に向かって歩き出し、消えた。


男の屋敷に入り込む。屋敷内の使用人に怪しまれる心配があったが、どうやら人気はあまりないらしい。

正妻の部屋をうかがったが、彼女の姿はない。おおかた、彼女にも愛人がいるのだろう。

好都合であった。

少女は管理の甘い屋敷を歩き回り、男の寝室へと入り込み、身を忍ばせる。男はそろそろ帰るころだろう。王宮での仕事を終えて。キースのもたらした情報は非常に有難いものであった。

そのキースのことを考える。彼も貴族の子息だろう。それも結構な。

どうするべきか。今はまだ、協力的だ。だが、それは彼女に対してみせる一面でしかない。その本心はわからない。いざとなったら殺すことも考えなければならない。まだ、捕まるわけにはいかない。

少女はナイフを手に息をひそめた。


男はきつく着込んだ服を脱ぎながら寝室へ入る。でっぷりした腹が揺れる。

「ああくそ」

正妻が使用人に暇を出したらしい。それだけではなく、屋敷の管理も甘い。鍵がかかっていないし、窓は開きっぱなしだった。

「あの、傲慢知己め」

政略結婚での相手だ。不満は多々あった。相手は愛人がいたし、男も娼館に入り浸っていた。

まったく、と思い、男は寝室のベッドに転がる。

「まあいい、すぐにでも代わりは手に入る。さあ、どう可愛がってくれようか」

男は妄想の中で、妾となる女性の姿を思い浮かべ、下品に笑う。

「前の女のように殺さぬようにしないと」

「やはり、殺したのですね」

「だ、だれだ?」

いきなり聞こえた声に、男は驚く。

暗がりより、一人の少女が出てくる。男は少女を見て、息を吐く。

「なんだ、子供か。乞食か、今ならまだ許そう、さっさと出て行け」

「いいえ、出てはいきません。あなたに用があったのですから」

「儂に?いったい何の?」

「復讐、ですよ」

少女は右手に握ったナイフを男に向けて近づく。

「復讐、だと?」

「そうです、無念に死んだ女性と、その兄の」

「なんだ、貴様、あの件の関係者か?」

「いいえ」

「ならなんだ、あの件で儂を脅すのか!?」

「そんなことしませんよ」

少女は残虐に微笑む。

「もっと、苦痛に満ちたことですよ」

男は少女が本気だと気付く。自分は丸腰だ。だが、少女とは体格差がある。

男は起き上がり、少女に跳びかかる。しかし、少女は機敏な動きでそれを避けると、男の豊満な腹を突き刺す。

「うぁああああああああああああああ」

「痛いですか?」

少女はナイフを抜き尋ねた。男は転がる。痛みを抑えきれずに。

「なんで、儂がこんな目に!」

「わかっているはずですよ」

少女は紅い髪を揺らして近づく。男の目には、彼女は死神のように映っていた。

「いろいろとうまく隠していましたけど、あなたは色々とやりすぎました。その代償を、払ってもらいます」

「儂は貴族だぞ、王宮にも使えておる!法に守られる貴族なんだぞ!」

「だからですよ」

少女が一歩一歩と近づく。

「反吐が出るんですよ。犯罪者が法によって守られていることが。被害者が泣き寝入りすることが」

少女は声の調子を変える。怒りに満ちた声。美しい顔は、冷たく温度を感じさせない。

「だから私はあなたのような犯罪者を殺す」

「この、偽善者め!貴様も、犯罪者ではないか!」

「そうですよ、これは自己満足。でもね、理由なんでそれで十分」

少女の足が目前に迫っていた。

「さあ、この世へのお別れは済んだ?」


男の絶叫。


その後、少女は寝室を出る。そして優雅に屋敷を出ていく。

後には血に塗れた一人の男だったもの。

そして。

『VENGEANCE』という言葉であった。

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