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VENGEANCE  作者: 七鏡
NO MORE VENGEANCE
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52

ルニの家で過ごして二週間ほどになり、ローズの傷もだいぶ治っていた。とはいえ、その記憶が戻ることはなかった。

心配するルニに笑顔を向けたローズも記憶のことは気になったが、それを表には出さなかった。

村では数週間に一度、行商が来るのだが、今月はそれがないらしい。何でも、王都の店が英gyプ停止状態にあるらしい。地方にいる商人たちも、王都から入る流通品がないことにほとほと困っていた。

何でも、王都は大変なことになっていて、ほとんど人がいないらしい。ローズのいるこの村にまでその噂が広がるということは、国中が知っているようなものだ。

そのような状況であるため、この村では少し離れた街まで直接行こう、という話になっていた。だが、如何せん、若いものはいなく、男たちもほとんどが農作業に追われる日々。暇があるものなどいないし、老人には酷な道のりだ。

そのため、ローズは少しでも村のために、と自ら街行きを志願した。

村人たちは彼女を心配したが、彼女のひたむきな態度に結局、強くも言えず頼む次第となったのであった。

村人たちに商品の代金と馬を与えて見送った。ローズは笑いながら手を振って、街へと向かって行った。


街についたローズは人の波に埋もれそうになりながらも、頼まれた品々を買っていく。馬の背に荷物を積み、帰ろうとしたローズは街を出る門のそばで悲鳴を聞いた。

ローズはその悲鳴の方向を見た。そこでは一人の女性が幼い子供を手で覆い、地に膝をついていた。

その前に一人の男が立っていた。その辺にいる街人とは違い、裕福そうな服に包まれた男。

男は欲望に満ちた目で女性を見ている。そして、大きな声で言った。

「おい、どうしてくれる。そのガキの生で、俺の服が汚れたぞ」

「すみません」

男の声に、女性は震え、頭を地に着ける。呆然とする子供を抱きしめる女性を男は見る。汚れたという服は、ローズが見たところ、汚れてはいなかった。

この男は貴族か何かなのだろう。だから、こんなにも威張っているのだ。

ローズは周囲を見る。誰も口を出さない。自分がまきこまれるのが怖いからだ。

ローズはそんな人々の姿に怒りを感じたが、何よりも許せないのは貴族の男だ。

男は女性の髪を掴みあげ、笑う。子供が泣きだす。

その時、ローズは男の顔を見た。その顔を、ローズはどこかで見た気がした。

(どこで・・・・・・・・・・・・?)

ローズの中に、何かが駆け巡った。


血に塗れた父母。

自分を見下す、十六の瞳。欲望に満ちたその顔。

聞こえてくる怨嗟の声。

初めての殺人。

『VENGEANCE』という血文字。


その瞬間、ローズはすべてを思い出した。自分のすべてを。

ヴェルベットは男を見た。まさか、こんなところで見つけるとは思わなかった。探し求めてきた仇の一人。その男が、そこにいた。

男はまさか、自分が生きていることを知りはしまい。街の人々の話が聞こえてきた。それによると、男はこの街で好き放題してきたらしい。この領地の主の息子の一人らしい。

男は乱暴に女性を掴みあげ、どこかへ連れて行く。子供を蹴り飛ばし、近くにあった馬車に乗ると、去っていった。

ヴェルベットは静かにそれを見ていた。だが、街の人たちのように、見るだけで終わりにする気はなかった。

やつは今までも、多くの人々を不幸にしてきたに違いない。その手で何人の人を殺してきたのだろうか?権力を笠に好き放題する男の姿に、紅い髪の少女は憤る。

少女の目は街に来た時の澄んだ瞳ではなく、激情の宿った瞳になっていた。

ヴェルベットはルニの顔を思い描いた。早く帰らなければ、村人も心配するだろう。だが。

目の前の悲劇を、見過ごすわけにはいかなかった。

ヴェルベットは馬車の後を追いかける。

馬車は屋敷の前で止まり、男と女性を下ろした。そして男は女性を強引に引きずり、屋敷へと去っていった。

ヴェルベットは屋敷を見た。領主のこと言うだけあり、警備はあるらしい。

夜になるまで待つしかないようだ。それに、彼女には仕事のための道具がないのだ。

女性にはかわいそうだが、夜まで待ってもらわねばならない。夜まで、彼女が無事である保証はないが、仕方がない。

少女は唇をかむと、街の中を歩き回った。そして自らの復讐のための道具を集めていった。

決して満足はできないが、男を殺すには十分すぎるだろう。


日が暮れて、闇が街を包み込む。

少女は黄昏の中で、誰もが見惚れる笑顔を浮かべていた。絶対的な美を持つ彼女は、しかし、それに不釣り合いな異様なオーラを放っていた。



暗闇の中で、男は女性を襲っていた。女性は自らの体を庇うように手を回すが、男はそんな女性の腕をはねのけ、寝台に組み伏せる。

日があるうちは、屋敷の使用人たちもまだ働いているため控えていたが、夜になれば警備以外はいない。

男は存分に女性を堪能するつもりでいた。

無力に泣きながら犯される女性たちの顔が、男は最も好きだった。

初めてそれをやったのは、使用人だった。以降、権力で好き勝手にやってきた男は、今夜もまたそのつもりであった。そして、この女性に飽きたら、警備の者たちに下げて、始末するつもりだった。

今まで同様に。

男は荒い息で女性を押さえつけると、おもむろに服を脱ぎ始める。女性はもう原形を留めぬ衣類を必死で握りしめ、恐怖に泣いていた。

「安心しろ、優しくしてやる、よ!」

そう言い、男はその醜い手で女性の胸を触ろうとした。


その時、寝室の扉が開いた。

「誰だ、邪魔をするなといつも言っているだろう!」

屋敷にいる警備のものだと思い、男がどなる。だが、扉からは何の反応も帰らない。男は不審に思い、女性から離れて扉の方に向かう。扉から廊下を覗いた男は、その瞬間、頭部に鋭い痛みを感じた。

「ぐあっ!?」

男は倒れ込む。その頭の少し先に、鈍器が落ちる。男は頭を押さえながら、それで殴ったであろう人物を見上げる。

それは、見事な紅い髪をした美女であった。その真紅の髪と同様の紅いドレスに身を包んだ女神の如き少女が立っていた。

だが、男は少女に対して敵意を隠さなかった。男は女をひ弱だと考えていた。そして、今まで彼に手を出してきた女はいなかった。故に、男は自身を傷つけたこの少女を憎しみの目で見ていた。

「どこのだれかは知らんが、生まれてきたことを後悔させるぞ、小娘!」

息巻く男を見て、少女は嗤った。そして、右手を男にかざす。服の袖からナイフが飛び出し、男の左肩を貫いた。

「ああああああああああああああああああ!?!!!」

呻く男を見て少女は嗤った。

「私を覚えていないようね。それも当然ね。あなたにとって女性はただの玩具。記憶の端にすら残らないものなのだからね」

「き、さま・・・・・・・・・・」

顔を上げようといた男の顔面に、少女の艶やかな脚が見えた。そしてそれは男の頭を容赦なく蹴り上げた。

「ふふ、痛いかしら?」

「なんなんだ、貴様!」

男は肩を抑え、鼻血を吹き出しながら憤慨する。そして、体を起こし少女を組み敷こうと突進する。少女の持つ武器はもうないだろう、という考えからの行動だった。だが。

「い、があ・・・・・・・・・・・・ぁ」

そんな男の喉元に、ナイフが刺さっていた。少女がスカートから出したもう一本のナイフであった。

閃光のような速さで抜かれたそれは、正確に男の首元をついた。だが、男は死ななかった。

痛みこそあったが、即死するものではなかったのだ。もっとも、それすらも少女の計算だったのだが。

ヒューヒュー、と力なく息をする男を、冷たい瞳で少女は見下ろした。

「なぜ、自分がこんな目に合うかもわからないようね」

少女はそう言い、男の目線に合わせるようにしゃがみこむ。魅力的な身体に、肉欲が疼くものだが、生死の境にいる男にはそんな余裕はなかった。

「私の名前はヴェルベット・ヴェストパーレ。かつてはローゼルテシア、という名だったわ」

その言葉を聞いた時、男の目が開かれた。そして、死者を見るかのような目で少女を見た。

「死んだはず、とでもいいたそうね。そうよ、私は死んだ。でもね、帰ってきたの。あなたたちに復讐ヴェンジェンスするために」

そう言い、少女は一つの小瓶を取り出す。

「どうせ長くはないでしょうけど、楽には殺さない。この薬はあまり知られていないけど、すごい薬なのよ。見つけるのに苦労したわ」

そう言い、男の口を無理やり開くと、少しずつ瓶を傾ける。

「これはね、正気を失わせて、苦痛を与える薬。だけど、あまりにも酷いものらしくて、どの国でも使われない。作る方法さえ秘密なのよ」

それを簡単に手に入れる少女に恐ろしさを感じる男。いつか嬲り、犯した可憐な少女のその残酷さに、その身を震わせる。

「さあ、見なさい」

瓶からはもう少しで液体が出そうだった。これ以上傾けたら、垂れてしまうだろう。

男は最後の反抗をしようとする。しかし、男の両手両足は動かなかった。見ると、そのいずれもがナイフによって床に縫い付けられていたのだった。

「!!?」

痛覚すらもはや無くなったかのような男の様子に、少女は嗤う。

「ふふ、私が犯行を赦すと思って?」

そう言った瞬間、液体が瓶から零れ、男の口に入る。そしてそのあとに、小瓶の中身全てが男の体内へと入っていく。

その瞬間に、男の目は激痛によって見開かれ、泡を吐き出す。悶え、泣きわめき、男は首を掻き毟る。

自身の血に塗れながら、男の手は止まらない。

そしてそのあとすぐに、男は死んだ。自ら首の傷をえぐったせいで血が大量に失われたのだ。

その顔は、もはや人の浮かべる貌ではなかった。

少女は静かに笑っていた。



女性が男の寝室から出る。

男の悲鳴が聞こえ、恐怖で怯えていた女性は静まった廊下へと出た。そしてそこで、一人の女性を見た。

深紅の血に塗れ、『VENGEANCE』と壁に書かれた血文字と縫い付けられた死体の前に立つ復讐者を。

女性は恐怖に床に尻をつく。そして、女性は恐ろしさのあまり失禁していた。

死ぬ。そう考えた女性だったが、そんな彼女に復讐者は穏やかな笑みを浮かべると、静かに廊下を歩き去っていく。



ヴェルベットは思った。やはり、復讐こそが自分には似合っている、と。

ジキストールやエリス、ルニ。彼らとの生活は大切なものだったが、やはり彼女は『VENGEANCE』を忘れられないのだ。

復讐を成し遂げるその日までは、彼女は『VENGEANCE』であり続けるだろう。


ヴェルベットは馬に乗り、村へと向かっていた。そして、村を去るつもりだった。

自分にはするべきことがある。まずは、シャッハに対して。そして、残る四人の仇に対して。

彼女は彼らに報いを受けさせるつもりだった。彼らが生み出した破壊に対する贖いを。


深紅の髪をなびかせる少女を、月が照らす。それは、復讐の女神の帰還を祝福するかのようであった。


かくして、復讐の女神は還ってきた。より強き信念をその胸に秘めて。

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