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VENGEANCE  作者: 七鏡
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53/87

51

穏やかな日々をローズは過ごしていた。

農村の住人達は裕福とは言い切れなかったが、皆優しい者たちばかりであった。

こんな生活を、依然していた気がしていた。

ローズは田畑の端に咲く花々を見ていた。黄色の花々はエリスの花という、どこにでもある花だ。

「そんな花が珍しいのですか?」

花を見ていたローズに、知らない声が尋ねた。ロースは顔を上げる。そして、立ち上がる。

声をかけてきたのは男性だった。まだ若い男性だ。少女よりも四、五歳上だろう。

優しそうな顔だが、彼の顔には大きな傷がある。右目あたりから右頬まで切り傷がついている。その右目は光が宿っていない。おそらく見えていないのだろう。

「いえ、ただ、この花はどこでも咲き誇りますから。それを見ていると、なんだか、元気になれます」

ローズはそう答えた。男性は静かに笑って、しゃがんで足元の黄色の花を見る。そして、愛でるように撫でる。

「そうですね。どこにでもある花だからこそ、その魅力が案外わからない」

そう言って男性は遠くを懐かしむような眼で花を見た。少女は聞いてはいけないような気がしたが、男性に聞いた。

「あの、あなたもこの花に何か・・・・・・?」

「ああ、ええ。妻が、好きな花でね」

「奥さんがいらっしゃるんですか?」

「ええ、この花のような金髪の。ですが、何年も前に生き別れてしまいましてね」

男性は寂しげに笑った。そして、顔の傷を撫でる。

「手放すつもりはなかったのにね。まあ、彼女は今も生きていると信じて、こうして旅をしているんだけどね」

「そうなんですか」

ローズは男性の顔を見ると、少し悲しい気持ちになった。だが、彼に微笑みを向ける。

「見つかるといいですね、奥さん」

「ありがとうございます。ところであなたの名前は・・・・・・・・・?」

「私、ですか?」

ローズは疑問に首を傾ける。なぜ名を問うのか、という風に。

男性は苦笑する。

「いえ、昔一時期お世話になった人に似ているものですから」

少女の紅い髪を見て、男性は言った。少女はどこか、既視感を覚えたがそれが何かはわからなかった。

「ローズです。もっとも、これは狩りの名前なんですけど」

そう言って記憶喪失だということを言うローズに、男性は大変でしたね、という。

「そうですか。とても似合っている名前ですね」

そう言い、男性は笑った。

「と、そろそろ行きますかね」

そう言うと、男性は歩き始めた。ローズはその男性の背に声をかける。

「あの、旅、がんばってください。えーと・・・・・・・・・」

男性の名前を言おうとして、ローズは口ごもる。それを見て、男性は笑う。

「私の名前はクロウドですよ、ローズさん。では、さようなら。また会う機会があれば、その時は」

「はい、さようなら。クロウドさん」

男性とローズの邂逅は終わった。

男性は一人、妻を探す旅の道を行き、少女は老婆の家へと向かっていく。



ローズはルニの手伝いをする。軽い農作業程度なら彼女にもできたし、ローズは経験があるのか、器用に畑仕事をこなしていた。

農村の者たちも、この若い娘を可愛がり、娘や孫のように思っていた。

村には若い人が少ない。これは数年前の戦争やそれによる不況の影響なのだという。

話を聞くと、ルニの娘夫婦は医者であったらしく、その戦争で死んだらしい。

彼女がローズに着せている服などは娘の物らしく、ローズに彼女の影を見ているのだろう。

ローズは記憶が戻るまでお世話になるのを苦にしていたが、自分がいることでルニの心が安らぐのなら、今のままでもいいかな、とさえ思っていた。

記憶がなくても、自分は幸せなのだ。記憶が戻ったとしても、それが辛い記憶ではないと言い切れはしない。ならば、今のままがいいのではないか。

ローズは、未だ塞がらない左手の甲の傷を見ながらそう思っていた。



夜。夢を見た。恐ろしい夢だ。

その夢を見たローズは荒い呼吸で目を覚ます。体中が汗ばみ、服が染み付く。不快な感触がする。

夢の中で、彼女は男たちに暴行された。言葉にできぬほどの凄絶な行為。そして、死に行く人々の声。

生き残った自分を、彼らの怨念が取り巻き、そして・・・・・・・・・。

ローズは頭を振る。忘れろ。あれは夢だ、と。今の自分には関係ないのだ。

あれがたとえ、現実であったとしても。


そして彼女は再び眠る。なかなか寝付けなかった彼女だが、深夜を過ぎたころには、安らかな寝息を立てて眠りについていた。

あくる日起きたのは昼ごろ。珍しくるには起こしに来なかったらしい。

目をこすりながら、居間に行こうとするローズの耳に、老婆と数人の男の話し声が聞こえる。ルニは、男たちに対していい印象を持っていないのだろう、言葉の端々に嫌悪感がにじみ出ていた。

「しつこいね、あんたらも!この村にはこれ以上、価値のあるもんなんかないよ!」

「ばあさん、あんたらは俺らから借金してるんだぜ、偉そうに言える身分じゃねえぞ?」

「人をだまして何を言うんだい!恥を知りな!」

「威勢のいい婆あだなあ!ええ?」

物音がした。ルニが呻く声がした。

扉の影にいたローズはたまらず、飛び出す。そして、ルニの手を掴み、抑えかかる三人の男を睨んだ。

「お婆ちゃんに手を出すな!」

ローズはたまらずそう言い、ルニと男の間に立ちふさがる。男たちはこの村のものではなさそうだった。

ローズの身体をじろじろと見て、男たちは嗤いだす。

「おんやあ、こんな若い子がまだいたとはな。ばあさん、この娘を方に差し出せば、赦してやらんでもないぞ?」

「何が赦すだ、恥知らずのガキども!」

「この婆あ!」

男の一人が手を挙げ、ルニに近寄ろうとする。ローズは素早くその男の方を向くと、右脚を突き出し、男の首に叩きつける。

予想外の攻撃と威力に、男は昏倒した。二人の仲間があ然とする。それは、ルニも同様だった。

「てめえ・・・・・・・・!」

「こんの!」

二人の男は呆けていた状態から立ち直ると、すぐにローズに向かって拳を出す。体格的にも少女は簡単に叩き潰される。

ルニは手で顔を覆う。ローズの痛められる姿を視たくなかったからだ。

だが、聞こえたのは少女の悲鳴ではなく、男たちの絶叫だった。

ルニが顔を上げると、男の一人は両目を抑え、もう一人の腕は不自然に折れ曲がっていた。

少女は毅然とそこに立っていた。

「お婆ちゃんにも、村の人にも手出ししないって、約束して」

両目を抑える、リーダー格の男にローズが言う。彼女の足は、男の腕を踏みつけていた。そしてそれをえぐるようにゆする。男は手の痛みに唸り、涙目になりながら言った。

「や、約束する!今後、この村には、近寄らねえ!だから・・・・・・・・・!!}

そう言った男は痛みの引いた眼を開いた。ぼやける視界の中で彼が見たのは、深紅の髪の少女。

その瞳は言いようのない何かを含んでいた。まるで、地獄のような何かを。

本能的に男は悟った。恐らく、約束を破れば、自分は死ぬ、と。

「その言葉、違えることないように」

そう言い、彼女は足を退ける。男は仲間たちを引きずりながら、ルニの家を出ると、村から足早に去っていった。

「お婆ちゃん、大丈夫?」

態度を変えたように、ローズが言うと、ルニは驚きながらもうなずく。

「ああ、傷にはなってないよ。すまないね、ローズ」

「ううん、おばあちゃんが無事なら、それでいいよ」

少女は屈託のない笑顔でそう言った。老婆は思った。この少女は優しい。だが、どこかに修羅のような激情を抱えている、と。

それは悪しきものではないが、決して善きものでもない。少女はそのような二元論的なもので語れるものではないのだ。

いつか、彼女はここを去る気がした。それは寂しいことだが、老婆はどこかそれを受け入れていた。

この少女は、農村で静かに生を終える人間ではないと、確信すら抱いていた。

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