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VENGEANCE  作者: 七鏡
BIRTH OF VENGEANCE
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3

王都の治安を守る憲兵隊に所属するシャッハ・グレイルは正午ごろ、バーリ男爵邸を訪れていた。

屋敷の一室、バーリ男爵の息子の部屋。そこは、惨状であった。

「うわぁ」

シャッハが呻く。シャッハの隣にいた新人は、隣で吐いている。

「おい、証拠品は汚すなよ」

そう新人に声をかけてシャッハは死体に近づく。死体の状況を見ていた宮廷意志が言う。

「死因は出血多量、もしくはこの喉の一突きでしょうね」

「どっちかは特定不明か」

「この地の状況では、ねえ」

意思は手袋を外し、あごひげを撫でる。シャッハは死体を見る。

「すげえ傷の量だな」

「これは死ぬまでじわじわとやられているぞ。両手足は複数刺されており、爪もはがされておる。死なない程度に内蔵を傷つけているしな。まあ、最終的には止めを刺したようだな」

喉の傷を差し、医師は言う。

「こんな死体、数年前の戦争でも見なかったぜ」

シャッハが言う。

「見たところ、ベッド以外は荒らされてない。怨恨か?」

「それと、屋敷に眠り薬が見つかった。遅効性のな。あと、被害者からは痺れ薬が」

「計画犯、ってことか」

シャッハが頭をかく。

「使用人は全員眠っていて、男爵の帰宅でようやく事件に気づき、使用人が起こされた、か」

呟いてシャッハは死体の上の壁に描かれたそれを見る。

「復讐、ね」

ベッドの上の壁には、恐らく被害者の血で書かれたであろう犯人の言葉が遺されていた。


『VENGEANCE』と。



ヴェルベットは血に塗れた服を燃やして処理する。館の外にある焼却炉でそれを燃やし、中に入る。

犯行を疑われる要素はすべて消した。そもそも、ヴェルベットのような少女が犯人とはだれも思わないだろう。

ヴェルベットはナイフを見る。昨日、あれほどの血を吸ったそれは、今は銀色に輝いている。これを手放すわけにはいかない。後少なくとも八人、復讐の相手はいるのだから。

「それよりも、ほかの連中への手掛かりがないのは厳しいわね」

ローゼリス領を、なぜ手にかけたのか。それも謎だ。単に肥沃な土地を手に入れるためにしては、手が込んでいる。

「やはり、大貴族が絡んでいるのかしらね」

ヴェルベットはナイフを隠すと、仕事服に身を包む。


「そろそろお前にも仕事をしてもらうぞ」

主のハボックが少女に告げる。朝餉に呼び出されて開口一口にそう言われた。

「お前には期待している。拾ってやった恩を忘れるな」

「はい、ハボック様」

頭を下げる少女。ハボックに見えないところでその顔は嫌悪で歪んでいた。

(金に目のくらんだ下種め)

ヴェルベットは心の中で罵る。

ハボックは仕事の具体的な説明はしなかった。それは少女が十分に理解している、と考えたからだ。

生娘ではないことは、ハボックに知られている。ゆえに、説明は必要ないと判断されたのだろう。

個々には多くの貴族や金持ちが来る。彼らを通して、仇を探す。少女はそう考えていた。時間はかかるだろうが、絶対に見つけてやろう。いずれ、金が貯まったら、ここを抜け出してもいいかもしれない。ここでは、自由な時間は限られる。これからはうまく立ち回らなければならないのだ。


夕方になると、客も多く入ってくる。少女も酒の席に座り、客の相手をしていた。そんな時、一人の男が入ってくる。騎士の勲章をつけ、王国兵士の制服を着た男。

そして、男はすぐ近くにいたヴェルベットに話しかける。

「失礼。私はシャッハ・グレイルという。今朝方起きた殺人事件の調査でここに来たのだが」

「えぇと、事件、ですか」

ヴェルベットは無知を装い、聞き返す。

「そうだ、この店に通っていたバーリ男爵子息が殺害されてね。怨恨の線で調査している。君、彼を知っているか?」

「ええと、よくこちらには来ていたようですが、私も最近ここに来たので、詳しくは」

「そうか、すまなかったな」

そう言って男は少女から離れる。そしてほかの者たちにも話を聞く。

ハボックがのっそりと酒場へと現れる。

「憲兵に入り込まれるのは癪だが、協力せねばなるまい」

商人は言う。

「ヴェルベット、シャッハ卿についていなさい。仕事はいい。とりあえず、仕事の邪魔をしないようにさせろ」

「わかりました、ハボック様」

命令されては仕方ない。憲兵との接触は避けたいところではあったが。

憲兵に案内を頼まれた、といい近くによる。シャッハも、店の主人による指示だとわかっていたが、少女を追い払おうとはしなかった。ここは貴族も通う場所だ。下手なことをしては、シャッハの身も危うい。それを理解していた。


一通り聞き終わったシャッハだが、めぼしい情報はない。酒浸りであった、できそこないの息子。それが皆が言うテオドール・バーリであった。後ろ暗いことにも手を染めていた、という。

「奴隷取引か、麻薬か。とにかく犯罪に手を染め、邪魔になって消されたか?それにしては、残虐すぎる」

シャッハはそう呟く。そして近くに少女がいたことに気づく。

「ああ、気にしないでくれ、こちらの話だから」

「はい」

少女は警戒の目で憲兵を見る。

(大丈夫だ、私を疑う要素は一切ない)

「ああ、そうそう。ここいらに薬師はいるかい?」

「いいえ、存じません。ここには来たばかりで」

「ああ、王都出身ではないのか」

コクンと頷く少女。

「何故、薬師が?」

「いや、現場で眠り薬が見つかってね」

少女は顔色を変えなかった。だが、内心では冷や汗をかいていた。

(まさか、残っていたの?)

稀に空気中に散らずに残ってしまうことがあることを、少女は失念していた。

「ある地方で使われる薬だ。痺れ薬も同一地方のものだ」

シャッハの言葉から、ローゼリス領近辺であることはすぐにわかってしまうだろうことは予想できた。

「おっと、これは部外秘だった。忘れてくれ」

「はい」

「では、失礼する」

「また機会があれば、お越しください」

ヴェルベットが言った言葉に、憲兵は苦笑する。

「憲兵が娼館にそうそう来ないものだがなあ」

それもそうか、とヴェルベットは思う。この憲兵は模範的なそれである。汚職などとは無縁そうだ。

「これは失礼しました」

「ああそうそう、君の名前を一応聞いておこうか」

少女は少し逡巡したが、名を口にする。

「ヴェルベットです」

「そうか、ではヴェルベット嬢。今日はありがとう」

そう言ってシャッハは去っていった。その背中を見送りながら、ヴェルベットは考える。

(私がローゼリス出身とはだれも知らない。いや、ハボックは・・・・・・)

ハボックの顔を思い浮かべる。拾ってもらった場所は、ローゼリス近くだろう。

(だが、あの男は私を手放しはしないはずだ)

強欲な男だ。その点では、安心していいだろう。


夜。部屋に戻り寛いでいたヴェルベット。結局「仕事」は明日以降に持ち越しになった。

そんな彼女の部屋をたたく音がする。

「モイラよ、入ってもいい?」

「いいわ」

ふわりとした茶髪の女性が入ってくる。彼女の眼もとは、赤く腫れていた。

「泣いていたの、モイラ」

「何も聞かないで」

そう言ってモイラはヴェルベットを抱きしめる。

「ごめんなさい、しばらくここにいさせて」

「モイラ・・・・・・」

モイラがするように、少女は頭を撫でる。小さな嗚咽が部屋に響く。


一時間ほどたつと、モイラは部屋を去っていった。

「ごめんなさいね、ヴェル」

そう言って彼女は悲しげに笑った。

その顔を、ヴェルベットは忘れられなかった。


翌朝、それとなくほかの女性たちにモイラのことを聞いた。

「どうやらね、モイラ、ある貴族に妾としてもらわれるようでね。でも、モイラには思い人がいて。まあ、この界隈じゃよくある話だけど」

離してくれた仕事仲間は肩を竦める。

「借金の方に入れられて後ろ盾もないあたしらじゃ、どうしようもないのさ」

ヴェルベットは思った。モイラがいなくなる。それも、彼女にとって不本意な形で。

姉のように、ヴェルベットを可愛がってきた女性。一か月ほどの付き合いだが、彼女に対しての情は他の誰よりも強い。家族を亡くしたヴェルベットにとって唯一の心の拠り所。

(モイラ・・・・・・・)

少女は手を握りしめる。

(モイラを妾にしようとする貴族)

ヴェルベットは冷たい目で考える。調べなければならない。モイラが幸せになれるか、どうかを。

もしも、モイラが悲惨な目に遭いそうならば。

その貴族を殺してやろう。

(もう、私の手は血で濡れている)

一人二人殺すことに抵抗はない。少女は鮮やかな紅い髪を振って歩く。その脳裏には、今後の計画が練り上がっていく。

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