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ヴェルベット・ヴェストパーレの婚約を機に、『VENGEANCE』による殺人はなくなった。
内部改革された憲兵隊の活動により、犯罪の芽は王都の中からほぼ一掃されていた。そのために、『VENGEANCE』も姿を消したのだ、というのが市民の認識であった。
復讐の女神は神の使いであり、王都から犯罪をなくすための存在だった、などと市民は噂するのだった。
事実は全く違うのだが、そんなことを彼らは知りはしないし、知りたいとも思わないだろう。
ヴェルベットは、復讐の念を忘れたわけではなかったが、限りなくその念はないに等しい状態であった。
奪われた命もその死も、忘れてはいない。だが、そろそろ彼女も疲れてきていたのも事実であった。
擦り切れた心と体。それはもはや、彼女には耐えきれなかった。
そこに現れた、ジキストールの存在により、ついに『VENGEANCE』としての彼女は眠りについた。復讐のみを求めた少女の中に宿った感情。そこに宿った新たな感情が、今のヴェルベットの中にあった。
ヴェルベットは変わった。気丈で、力強いままであったが、どこか「女性的」になった。
勿論、今までも女性的ではあった。だが、どこか力強い、というイメージばかりであり、彼女が普通の女性であることを、人々は認識できなかった。
復讐から離れ、普通の幸せの中にいるヴェルベットは、より一層魅力的であった。
婚約発表より、一か月ほど経ったある日。
王都郊外にある小さな教会で、二人の結婚式が開かれた。
ジキストールは男爵家次男であったために、家を継ぐ必要はなかった。そのため、婿入りという形になった。
シメオンは妹に説得されて渋々納得した。ウォーデン男爵も、この話に飛びつき息子をお願いすると、言った。ヴェルベットは欲望を隠し切れない男爵を見て、よくこんな男からジキストールが、と思っておいた。
勿論、彼女の認識の中には大いにジキストールは美化されていたのだが。
式はヴェストパーレの出資で行われた。質素な式で、招待客も少なかった。館の女性たちやエリスやキャシー、アルミラ夫妻といったごくごく親しい者たちだけであった。
誓いのキスをした時、ヴェルベットは美しく微笑んだ。
エリスはその姿を見て、涙すら浮かべていた。
諦めてさえいた恋も、普通の生活も、今のヴェルベットにはあった。
そこにはもはや、復讐の女神としての彼女はいない。もう、彼女の中に、憎しみはなくなっていた。
あるのは、未来への希望だけ。過去の怨念は、遠く、胸の内に。
空を見上げた。
無限に続く空に輝く太陽。それは今までは遠くに感じていたのに、今では手に届くように錯覚する。
手を伸ばしたら、届くかのように。
彼女は夫の手を握り、歩みだす。
もう、独りではない。もう、復讐は終わりだ。
「NO MORE VENGEANCE」
少女は館の机からナイフを取り出すとそれを、館の庭に埋めた。誰も掘り出せないように、深く深くに。
シャッハは犯罪者を捕まえ、憲兵宿舎へと行く。
憲兵として評価された彼は、今ではそこそこの地位にいて、日や犯罪と闘っていた。失くしていた彼の正義が、再び蘇っていた。
『VENGEANCE』が去った、そのことをどこかシャッハは安心したような、悲しいような気がした。
少女は復讐を辞めた。彼女がそれを選んだことは、喜ばしいことだった。
その代わりに、自分たちが犯罪者を裁かねばならない。もう、復讐の女神が必要のない世界にするためにも。
使命感に燃えるシャッハ。今までは形だけと言われていた憲兵隊も、市民の中で評価されなおされていた。
シャッハは息子を誇り高く抱き上げ、笑う。
若いころに夢見た、理想の憲兵の姿がそこにはあった。
シャッハは笑った。心の底から。
だが。
そんなシャッハを突然、悲劇が襲った。
雨の日だった。王都が暗闇に包まれた一日。
大きな密売組織摘発で忙しかったシャッハは久々の我が家に急いで駆けていた。
その日は息子の誕生日で、おそらく妻や祖父母、親戚とともにシャッハを待っている。
かまってやれなかった分、明日からは休みをもらっているし、プレゼントも買っている。
きっと、喜ぶだろうと、ダニーの顔を思い浮かべる。
我が家に近づいた時、家に明かりのついていないことにシャッハは気づいた。
留守、かと思いながら家の扉を開ける。鍵は開いていた。
シャッハは妻の名とダニーの名を呼びながら家に入るが、音は彼自身の声と雨の音のみ。
彼は居間へと入る。そこで、親戚に囲まれたダニーの笑顔があるはずだ、と。
そこで見たのは。
愛しい妻、ダニー、そして親戚たちの死体。
部屋中は血に塗れて、誰もが心臓の鼓動を止めていた。
シャッハは呆然と、妻と息子に近づく。死してなお、妻は息子を庇っていた。苦しみながら二人とも死んでいた。
死んで、冷たくなった家族を抱きしめて、シャッハは泣いた。大声で、雨にも負けぬように。
だが、彼の叫びは雨の音でかき消された。そして、その名劇と怨嗟を聞くはずの『VENGEANCE』は、もはやいない。




