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あれから一週間。ヴェルベットはただただ動き回っていた。休みなく働き、夜にはヴェンジェンスとして復讐を果たす。彼女の生活に休みなどなく、そのことをエリスは心配していた。
生き急いでいるようにさえ見えるヴェルベット。その姿は見るに堪えない。
エリスは苦労こそしたものの、ヴェルベットの言う盲目のハープ弾きをなんとか探り当てた。
問題はどうやって彼女と彼を会わせるか、だ。ヴェルベットは滅多に休みはとらない。
どうしたものか、とエリスは考える。
「・・・・・というわけで」
「なるほど」
館に来ていたキャシーはそれまでの経緯をエリスから聞いていた。キャシーは休日らしく、久しぶりに顔を出したのだ。エリスはこれ幸いと相談を持ちかけたのだった。
「いっそ、相手を呼び出せば?ここに」
「どうやってですか?」
「相手も貴族なんだろう?どうにかできないものかね」
キャシーが言うと、エリスは悩みこむ。
「ウォーデン男爵家ですからねえ。あちらから縁談を出すには伯爵家は格上ですからねえ」
「あー。ヴェルベットの方から接触しないとならない、か」
「はい」
貴族同士の暗黙の了解として求婚や約束などは格下から格上に対してはできない。格上の家から手紙が来て、という風な手順なのだ。
この場合、ヴェストパーレ伯側から手紙を出さない限り、件の人物とは会えない、ということなのだ。
「ヴェルベットの名を騙って相手を・・・・・・・」
「それは、少しあれですね」
エリスが難色を示す。さすがにそれではヴェルベットには悪い。飽くまで偶然、もしくはそれに近い状況で二人を会わせなければならないのだ。
「あら、面白いお話をしていますのね」
「!?」
二人が驚く。
二人は館の食堂にいて、周囲に今は人がいないはずだった。そのことは確認済みであったのに、いきなり声をかけられたため、驚くのも無理はない。
二人が振り返ると、一人の女性がいた。年齢的には彼女らと変わらない。いかにもお嬢様然とした貴族の少女。確かどこかの伯爵家の娘で、この館が変わって際にヴェルベットに協力し、顧客としてよく来ている。ヴェルベットとの交流もある人物であるが、二人はあまり面識はない。
少女は長い金髪を揺らしながら歩いてくる。
「あのヴェストパーレの女傑の恋愛話ですか。これは面白いですわ」
「あの、ヴェルベットさんには」
「わかっていますわ、秘密でしょう?」
少女はいかにも面白そうに笑っていた。エリスとキャシーは何とも言えない顔をする。
「わたくしがあなたたちにきょぷ力しましょう。そうね、夜会とかどうでしょう?」
少女はそう提案する。
「ヴェルベットさんとて、わたくしの誘いを無下にはできないでしょうし」
「どうやってウォーデン男爵子息を呼び出すんですか?」
「簡単ですわ。夜会でそのハープの腕を見せてください、とでもいえば」
少女は笑いながら言う。伯爵家の少女ならば、男爵家にそう「お願い」することは可能だ。さすがに男爵家側も断れまい。
「まあ、ほかの貴族方も誘うので、二人きり、というのは難しいかもしれないわ。あなたたちにも手伝っていただくわよ」
エリスとキャシーを指さし、少女は言った。
「さあ、面白くなってきましたわ!」
そう言って少女は食堂を出る。後日、また連絡する、と言い残して。
エリスは彼女のことを思い出す。
「あの人、ブルクステン伯令嬢アルミラだわ」
「それって、あの?」
キャシーが問い返すと、エリスは頷く。
アルミラ・ブルクステンと言えば、それなりに有名な人物である。ブルクステン家には男子がおらず、女性ばかりがいるらしく、将来的には彼女が伯爵夫人となるらしい。本来ならば、爵位取り消しや格下げなどがあるのだが、彼女の能力は高く、現ブルクステン伯もそれなりに功績をあげているための異例の措置らしい。
ちなみにすでに結婚しており、平民が相手であるという。自由奔放で、身分を気にしないという人物らしい。故にヴェルベットにも協力的なのだ。ヴェルベットが今では王都でもっとも有名な女性だが、それ以前はアルミラの武勇伝がよく聞かれた、というほどだ。
「ま、まあ、これでどうにかなるわけですね」
エリスが言うと、キャシーは苦笑いしながら頷く。
「そうね。あとは当人同士の問題か。ヴェルはどうするかね」
共通の友人は恐らく、自分の感情にすら気づいてはいないだろう。
パーティーにはアルミラの言から参加させられるだろうことはわかっている。そこでどううまく二人を接触させ、なおかつふたりだけにさせられるか、だ。
エリスもそうだが、キャシーも友人の幸せを祈っているのだ。自分を救ってくれた彼女を今度は自分が救う番だ、と。
それから数日後。
ヴェルベットは久々ヴェストパーレ邸に戻ってきていた。
週に一度は戻るようにしていたが、先週は戻れなかった。リースともども、兄から呼び出されたため、こうして戻ってきたのだ。
「精力的で結構だが、たまには休んではどうか」
口を開いた瞬間、シメオンはそう言い、一つの封筒を取り出し、ヴェルベットによこす。ヴェルベットはそれを手に取り、封を開ける。
「・・・・・・・・・・」
手紙を読み、ヴェルベットは顔を上げ、兄を見る。
「お前宛らしい。夜会の招待状だ。相手はブルクステン伯だ。断るにもできんからな」
そう言われ、ブルクステン令嬢の顔が浮かぶ。彼女の開く夜会ならば、問題はそうそう起きまい、とヴェルベットは思った。
アルミラとは友人、と呼ぶほどではないが、それなりに知った間である。信頼には値する。
それに、今まであまり夜会などに参加はしてこなかった。たまには、貴族らしくしておくか、と兄の顔を見て思った。一応、自分もヴェストパーレの一員。顔立て位しておいてやろう、と。
「わかりました、お兄様」
そう言うヴェルベットを満足げに見ると、要はそれだけだとばかりに手を払う。ヴェルベットは兄の部屋を辞す。
手紙に書かれていた日時は二日後。
少し憂鬱だが、これも付き合いと割り切り、ヴェルベットは屋敷の中を進み、ヴェストパーレ家の装飾室にドレスあさりに行くのだった。
とはいえ、ドレスの中にはヴェルベットの食指が動く者はなく、結局いつものドレスへとなってしまうのだが。
夜会当日。
ブルクステンの屋敷まで行くのに、面倒ではあったが馬車で行くことになっていた。さすがに歩きでは対面が悪いらしく、兄が手配したのだ。規則の体面重視もここまでくれば病気だ、といいたかったがそれは言わなかった。
いつもの深紅のドレスに身を包んだヴェルベットが馬車から出ると、同じく招待されたのであろう、貴族たちが彼女に注目する。今なお、彼女の注目度は高い。若い貴族男性たちは彼女へのアプローチをするが、ヴェルベットはそれを気にせずに進む。そして前方にブルクステン伯とその娘を見つける。
相手もヴェルベットに気づいたらしい。軽く会釈をし、彼らに近づくヴェルベット。
「本日はお招きいただきありがとうございます、ブルクステン伯爵」
「いやいや、今を時めくヴェストパーレの珠玉に来ていただけてこちらも大満足ですよ」
貴族式の挨拶をするヴェルベットに、笑ってブルクステン伯は言う。ブルクステンはそろそろ50代なのだが、未だに三十代ほどに見える外見をしており、娘と並んでいても年の離れた妹、としか見えない。
ブルクステン伯は挨拶もそこそこにその場を離れる。
アルミラはヴェルベットに微笑む。
「ごめんなさいね、忙しいでしょうに」
「いえ」
短くヴェルベットが返す。青いドレスを着たアルミラはヴェルベットほどではないが、美しい。彼女もその武勇伝と既婚済みでないならば、引く手あまたであっただろう。
「あとで夫を紹介しますわ。それでは、またあとでね」
そう言い、笑ってアルミラは奥に向かう。彼女もいろいろと準備があるのだろう、と特に気にもせずにヴェルベットは周囲を見る。アルミラが離れた瞬間、男女関係なく貴族たちが集まってくる。
やはりな、とため息をつき、ヴェルベットは愛想笑いを作ると、彼らの相手をするのだった。
「やはり、群がってますわね」
その様子を見てアルミラが言う。
「さて、ここからが腕の見せ所ですわ」
そう言い、アルミラはキャシーとエリスを見る。二人とも、ブルクステンの使用人の服を着ていた。また、ヴェルベットに一目で見破られぬように、と化粧と染髪されていた。
苦笑する二人をよそに、アルミラは燃えていた。




