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VENGEANCE  作者: 七鏡
BLOOD OF VESTPHALE
41/87

39

ラースは焦っていた。

夜の街を必死にかけ、必死にそれから逃げていた。

死ぬ。殺される。それは間違いがない。あいつは俺を殺す。このままでは・・・・・・・・!

ラースは近くを見る。ここいらで自分が頼れる場所はない。

いや、一つある。ラースが考え付いたそこは、本来ならば絶対に行きたくない場所であったが、背に腹は代えられない。ここで死ぬわけにはいかないのだ。

ラースは走る。その背を追うように、紅い復讐者が走ってくる。

どこでこうなった、あの時か?

ラースの思考は二週間前に遡る。



二週間前。

ヴェルベットの経営する店がついに本格的に始動した。女性もののファッションや花、菓子などを総合的に備えた店で、様々な中小店とも提携している。今までは一部の店が独占し、価格が高かった品も、ヴェルベットの店は格段に安く提供した。キース曰く、ヴェルベットの店の価格が本来の値に近い、という。

また、それまでは女性ものの服やドレスとなると、男性のそれよりも価格が高く、店数も圧倒的になく、貴族の婦人でなければ手に入れることができなかったが、庶民でも少し背伸びをすれば手に入れられるようになった。

彼女の目論みは成功し、まずまずの業績を店は出すことができた。

流石のシメオンも、妹の経営手腕を認めぬわけにもいかない。そのせいでますます、妹に対して苦言が言えなくなるシメオンであったが。

そんな時の人のヴェルベットの下に二人の男が訪ねてきた。貴族だという二人の男の顔を見て、ヴェルベットは驚きの表情を作る。それを見て、二人の男の顔が嗤いに歪んだ。

だが、二人は知らない。彼女のその作った表情の奥底にある、狡猾な死神の笑みを。


男たちはラースとグレゴールと名乗った。

ヴェルベットは怯えるふりをしながら二人の館の自身の部屋に通す。途中、エリスが様子を伺っており、不安そうにしていたが、ヴェルベットはウィンクして大丈夫だと伝えた。そして、義妹の相手を頼む、と唇を動かすと、エリスはそれを理解し、去っていった。


部屋に入ると、男たちはヴェルベットをソファーの上に押し倒す。そして、ラースはヴェルベットに顔を近づけて言った。

「久しぶりだなぁ、ヴェルベット・ローゼルテシア!生きていたとはなぁ」

「離して!」

暴れる少女をグレゴールが押さえつけ、その頬を打つ。

「黙れ」

「くぅ!」

ヴェルベットが小さく悲鳴を上げる。二人の男がにやりと笑った。

「もう一度、あの時みたいによがらせてやろうか?」

ラースが言って少女の目を覗き込む。ラースはその中に少女の恐怖を感じた。怯える弱者。平民や弱者たちは、ラースたち力ある貴族のもの。好き放題にして当然なのだ。ラースは笑う。美貌の少女は、自分たちを畏れている。彼女は自分たちの言うがまま、だと。

「さあて、俺たちのこと、誰かに行ってたりしねえよなあ?」

ナイフを取り出し、それをちらつかせてラースが言う。ヴェルベットは必死に首を振る。

「まあ、そうだよなあ!俺たちに純潔を奪われた、なんて言えるわけねえよなあ!」

はははは、と男たちが嗤う。

「さて、その柔肌をまた味わいたいとこだが、今日はあいさつに来ただけなんだよ」

そう言い、ラースは彼女から離れる。ヴェルベットは恐怖を装う。

「な、何が目的?」

「金、お前の身体、そして、俺らのことは黙っていること。これだけさ。そうしてくれたら、お前は殺さないし、この店にも、お前の可愛い妹にも手は出さない」

「!!!」

そう言い、ヴェルベットにその歪んだ顔を向ける。

「勿論、従ってくれるよなあ?」

ラースとグレゴールの笑みの前に、紅い髪の少女は項垂れて肯定する。

「ひゃはは、そう来なくっちゃあ!」

そう言い、ラースはヴェルベットを見る。

「明日も来るぜ、金を用意しておけ、あと」

そう言い、彼女の背中をさする。

「・・・・・・・・・・わかってるな?」

「・・・・・・・・・・・はい」

そう言うと、男たちは満足し、ヴェルベットの部屋を出る。悪魔のような笑みを浮かべて。

ヴェルベットは去り行く彼らの背を見る。その目には、先ほどの様子からは考えられないほどの殺意が宿っていた。

「ふん、やはり、自分から来たか」

復讐の相手が二人も自分から来てくれたことに、ヴェルベットは感謝した。

馬鹿な男たち。女がいつまでも、男に組み敷かれるだけと思ったならば、大間違いだと、教えてやろう。

美しき薔薇の名を持つ女は、ほほ笑んだ。冷たい目が、男たちの心臓を射抜く。



次の日。館に住んでいた者の大半は館の自身の部屋で眠りについている。それに、ヴェルベットのいる部屋とは離れた場所にある。

ゆえに、二人の男が彼女の部屋に入っても、気づく者はいない。

男たちは笑う。女は金を差し出し、自分たちに許しを請うのだから。

だが、男たちは彼女の身体を組み敷き、その身体を己が欲望のままに貪る。

男たちは寝室の酒を飲み散らかし、部屋の主の女を欲望のままに襲う。

あの日の再現であった。彼女がすべてを失ったあの日の。

男たちは笑う。何もできない女への嘲笑と、自分たちの優越感に浸って。


苦悩に歪んでいるはずの少女の顔に浮かぶ、冷酷な笑みに気づかぬまま。



あくる日も、そのまた次の日も、男たちはやってきて少女を脅した。

美しい少女を、それも王都でいま最も注目される女を組み敷くことに優越感を抱く男たちは、自身の身体に起こる以上に全く気付いていなかった。



ある日。気だるさに見舞われたラースは女の下に行った。だが、その日、女は留守であった。

一緒に来るはずだったグレゴールは、来ていなかった。気だるい体を休めるように立ち寄った酒場で酒を飲み、その日はそのまま帰った。

思考も身体も、彼の思いようには働かない。きっと気のせいだ。そう思い、彼は自身の寝台で眠りについた。


次の日、彼は恐ろしい噂を聞いた。

一人の貴族、それもグレゴールという名の男が死んだ、というのだ。

死因は毒だという。しかし、その身体は無残な拷問の跡があったという。

身体には堆積していたと思われる毒物が検出されたという。そして、拷問の際にその毒が効き、死に至った、という。

毒による死亡で拷問から逃れた、というわけだが、だからと言って楽に死んだわけではない。曰く、子の毒物は死のその瞬間まで激痛を与え、幻覚を見せるという。あまりに強力な毒物ゆえ、大昔の戦争でも、捕虜への拷問に使うことをためらった、というほどである。

そして、彼の死体は死後、血が抜かれ、その血で『VENGEANCE』と書かれていたそうだ。

ラースは恐ろしくなったが、すぐさま気を取り直す。

グレゴールは運悪く、殺人鬼に遭った、それだけだ。自分とは関係ないと。

まさか、と思った。『VENGEANCE』が俺らを殺そうとしているのか、と。

ローゼリス領の事件でともにかかわったグレゴールの死からラースはそう考えた。だが、あり得ないと思った。

あれを知るのは、生き残った女と、実行犯のみ。それも実行犯たちは顔の面識がないものばかり。誰かが離そうとしても、意味のないことなのだ。

そう安心したラースだったが、女の下に行こうとは思えなかった。

グレゴールの死が心の奥底にあり、また、体調不良もいまだ続いていたからだ。

だが、明日こそは。


ラースは未だ具合の良くない体を起こし、鏡を見る。目にはクマがあり、血管が浮き出ている。

普通ではない。何があった?

不安に思うラース。そして、身体の節々が痛む。

なんだ、これは。なんなんだ。

ラースはこれが毒なのではないか、と思った。医者に見せるべきか、とも思ったが、やめた。それよりも、どこで毒を摂取したのか、という考えに彼は夢中になったからだ。

そして思い出す。グレゴールにも堆積していたという毒の話を。

グレゴールとラースの共通点。それを考えた時、一つのことが浮かんできた。

あの女だ。

ラースは爪を噛む。そうだ、あの女だ、あの女なら、動機もある、と。


夕日が沈む街の中を、ラースは走り、女の下に行く。ナイフを構えて。

俺を殺す気だろうが、そうはいかない。俺がお前を殺してやる!

そんなラースは館に忍び込むと、ヴェルベットの寝室へと急ぐ。

最近、俺が言っていないことに女は安心しているだろう。油断している今、殺してしまうのだ。

最初からこうするべきだった。ラースはそう思いながら、扉を開けた。

その瞬間。

一本のナイフがラースの左肩を貫く。

「うぎゃああああああああああああああ」

ラースは血色のよくない顔で悲鳴を上げ、そしてしゃがみ込む。

そして、扉の向こうの紅い髪の少女を見た。

その瞬間、ラースは悟った。

殺される。

この女に関わるべきではなかった。

逃げなければ、殺される!

ラースは駆けだす。必死に、何も考えずに、ただ必死に意地汚く。


ヴェルベットは部屋を出ると、ゆっくりと歩き出す。深紅のドレスを夜風に揺らしながら。

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