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VENGEANCE  作者: 七鏡
BIRTH OF VENGEANCE
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2

娼館での生活も一週間を過ぎた。娼館で働く年代の近い少女ともそれなりに交流を持っていたが、ヴェルベットは自身をさらすことはなかった。一線を引き、弱みを見せない。唯一の例外は、かいがいしく世話を焼くモイラだけであった。

その日、モイラは昼ごろになると、少女に言った。

「今日は仕事があるから、悪いけど、一人でお仕事してね」

接待の仕事を彼女は任されたのだ。事実、彼女はこの娼館の稼ぎ頭の一人。一週間もヴェルベットの教育につけられていたのが不思議なくらいであった。この館の主、ハボックはそれだけ、この紅髪の少女を稼ぎ頭に仕立てようとしていた。素材としてはヴェルベットは一流であった。

ヴェルベットは素直に頷く。そして、モイラは安心したような顔をして去っていく。

ヴェルベットはすでに言い渡されていた仕事は終えていた。ヴェルベットはまだ入ったことのない「仕事場」に入る。無論、ほかの者には見つからないように。幸い、気づかれてはいないようだった。

「そう簡単に情報は手に入らないだろうけど」

ヴェルベットはそう思いながら、そこを覗き込む。酒を飲む男達と、それに付き添う女たち。服装は派手で、扇情的なドレス姿である。モイラもその中にいた。ふんわりとした印象の彼女も、今ではベテランの遊女である。

(なるほどね)

煮るからに貴族然とした中年や若者たち。それを汚物を見るような眼でヴェルベットは見た。

使用人服のスカートの中に隠したナイフを握る。あの日の男たちの息の音。それが脳裏に思い出される。とっさに堪えるために少女はナイフを撫で、気を落ち着ける。

そんな少女は客の顔を見渡すうちに、一つの顔を見つけ出す。

(!あの男は・・・・・・・)

あの日見た九人の男の一人。やせ細り、カマキリのような男が酒を飲んでいた。

(どういうこと?あの引いたあいつらは賊じゃない。貴族だというの?)

精々が悪名ある犯罪者や貴族の子飼いでしかない、と思っていたが、そうではないようだ。仮にもここは高級娼館。そこらのチンピラの来れる場所ではない。

少女は頭を落ち着ける。まずは、情報だ。だが、あの男の名は知らない。どうするべきか、少女は考える。恐らく、あの男は私の顔を覚えているだろう。近づこうにもそうはいかない。

少女はひとまず部屋へと戻る。恐らく、あの男はまだ店を出ない。それまでに何か考えなければならない。


部屋に入り、少女は引出しをあける。髪を染めるための染料と化粧道具。それらはモイラのくれた金で買ったものである。少女はそれを手にし、鏡に向かう。そして自らの顔を変えていく。

女の顔は化粧で変わる。髪の色も変えてしまえば、もはや別人だ。あの男も、少女の特徴をそれほど覚えてはいないだろう。

少女は姿を変えると、安い平民の着る服を着る。そして外へと出る。部屋の前に体調が悪いので少し寝る旨を書く。そして鍵を閉める。これで大丈夫だ。気に掛けるモイラも仕事で今夜は来ないだろう。

館の裏口から出て、少女は門の前の陰に潜む。娼館前の門番に怪しまれぬように身を隠す。

数十分がたった。もう日が暮れて久しい。そんな時にようやく男は現れた。カマキリ男は女たちに見送られて店を後にする。

少女は男の後ろをついていく。怪しまれぬよう、人ごみにうまくまぎれながら。王都は夜でも人が多い。故に怪しまれることなく尾行ができた。これが地方ならば、少女の尾行など、すぐさまばれるものだろう。

やがて男は屋敷につく。そしてそこに入っていく。恰好からして、男は貴族の子弟なのだろう。

少女は屋敷の近くの露店の主人に話しかける。少し、声の調子を変える。幼い、世間知らずの農民のように。

「ねえ、おじさん。このお屋敷ってなあに?」

「ん、嬢ちゃん、個々の屋敷のこと知らんのか?」

人好きそうな男が尋ねる。うん、と少女が頷くと男は言う。

「バーリ男爵邸さ。昔はそこそこの地位にいたらしいが、今はあまりぱっとしないな。ドラ息子はいまだ独身で職も安定しないし、って嬢ちゃんにゃ関係ないな」

「へえ、貴族様も大変だねえ。あ、おじさん、そのリンゴくださいな」

ヴェルベットはリンゴを手に、バーリ男爵邸を見た。

(となると、ほかの九人も貴族かもしれない。さて、どうするか)

ヴェストパーレのことも気にかかる。バーリ男爵家とどう関わりがあるか、それも調べる必要がある。

だが、それよりも。

(まずはお前から殺してやる)

カマキリ男の顔を思い浮かべ、少女は思う。だが、ただでは殺さない。情報を吐かせ、苦しみながら殺す。そうでなければ、少女は満足できない。

(私のやる復讐は自己満足だ、だけど)

少女はスカートの中のナイフを取り出し、食べかけのリンゴを切る。そして、自身の右手の親指の皮を薄く切る。血がうっすらと浮かび上がる。

流させてやろう、これの何千、何万倍もの血を。そのためなら、少女は悪魔になろうとさえ思う。


それから少女は注意深く、観察した。男が店に来る周期、時間。幸い、酒の相手はしなくとも、食事などを持っていくという仕事を任せられたため、堂々と酒飲み場には入れるようになった。

男の名もわかった。テオドール・バーリ。それがカマキリ男の名である。

テオドールを観察し、彼の好む女性像を少女は把握する。この男は、幼い印象を受ける女性を好む。モイラのような少し大人的な女性は目もくれない。少女はまだ十六。男の好みとは合致する。

少女の仕事は夕方で終わる。さすがにまだ娼婦としての仕事はない。そこからは自由時間だ。たいていは翌朝の仕事のために早く寝るが、少女はそうはいかない。

テオドールの娼館通いは大体分かった。

次は、実際に相手に接触する。無論、顔や服装は帰る。相手が自分を覚えていたとしたら厄介だ。

娼館に来てから四週間。少女はついに男への接触を図る。


男は酒に酔いながら、自分の屋敷へ向かう。フラフラしながら家に帰った男は家の門の前にしゃがむ、若い女性を見た。

乞食の農民か、と思い、テオドールは通り過ぎようとした。その時、女は顔を上げた。テオドールは女の顔を見る。まだ、あどけなさの残る顔。そばかすのある顔だが、それが気にならないぐらいの可憐さだった。茶色の髪が頭巾から少しこぼれていた。

「すみません、貴族様。お手をお貸しください」

人通りもないこの時間に、少女一人。テオドールはにやりと笑う。

「いいでしょう、どうぞ」

下心を隠し、男は手を差し出す。少女はよろよろとそれを掴む。

「あう」

そして、立ち上がった瞬間、少女は倒れこむ。

「大丈夫ですか?」

にやにや笑い、テオドールが言う。

「は、はい」

少女は大丈夫というが、そうは見えない。テオドールはそれを見て言う。

「ここは私の家だ。しばらく、ここで休みなさい」

「そんな、私、身分が」

「自身の身体を気にしなさい」

そう言ってテオドールは少女を抱き上げると、自身の家に入る。今日は父もいない。使用人ももうほとんど寝ている。この少女を毒牙にかけるにはちょうどいい。

カマキリ顔の男は舌なめずりし、寝室へと進む。抱き上げている少女が、厚い化粧の下で悪意を隠していることに気づかずに。


「さあ、ここで休みなさい」

そう言い寝室のベッドに、少女を下ろす。だが、少女の反応はない。聞くと、寝息を立てている。

「好都合だな」

男はそう言うと、少女の唇に自身のそれを重ねる。そして、両手で少女の服に手をかけようとした。

その時、くらりと体が揺れる。

「んあ?」

テオドールは何とか倒れることはなかった。今日はそこまで酔うほど飲んだ覚えはないのに、そう思った男だがあることに気づく。

(手足が、しびれている?!)

何が起こったかわからない男。

すると、少女がベッドから起きる。

「まさかね、最初からキスするとは私も思わなかったわ」

「な、なに?」

少女の言葉遣いは先ほどとは違う。目つきも纏う雰囲気も変わっている。

「私に、何をした?」

「即効性の痺れ薬よ。この辺ではあまり手に入らない薬よ」

もっとも、原材料は簡単に手に入る。故郷で動物を狩るときに使用する薬で、彼女も作り方を教わった。

「人間相手に効くかはわからなかったけど、効くようね」

「何が目的だ!」

男が叫ぶ。少女は倒れて動けない男を見る。ゴミを見るような冷ややかな瞳で。

「そうね、復讐かしら」

「復讐、だと?」

「そうよ」

少女はスカートの中からナイフを取り出す。

「わ、私を殺すのか?」

「ええ、そうよ」

「この屋敷には使用人がいる。私が悲鳴を上げれば駆けつけてくるぞ!」

「ああ、それなら心配いらないわ」

少女は懐から袋を取り出す。

「これをあなたが来る前に屋敷の中に入れたの。眠り薬よ。効くのは遅めだけど、効いたらそのまま眠り続けるわ、半日は」

男の顔に絶望が浮かぶ。

「や、やめろ、私は次期バーリ男爵なんだぞ!」

「知っているわ、そんなこと。ああ、そうね、助けてあげてもいいわ」

その言葉に、男の顔色が変わる。

「なんだ、金か?身分か?何がほしい?」

「私のほしいのは」

そう言って少女のナイフが男の頬を薄く切る。血が出て、頬を伝い、床に零れる。

「ローゼリス領を滅ぼした賊の名前、よ」

「ローゼリス領、だと?」

「そうよ、五週間ほど前、あなたたちが襲った、ね」

そこで、男の目は見開かれた。

「お前は、まさか・・・・・・・!!」

「ええ、そうよ、やっと気づいたようね」

少女は美しい顔を男に向ける。

「両親を殺され、領民を殺され、私を穢した。忘れたなんてことはないはずよね?」

「・・・・・・・」

男は黙る。

「ここまで言えばわかるはずよね、私がほしいもの」

「謝罪か?」

そう言った男の頬を少女は蹴りつける。

「謝罪?そんなものが何になるの?私がほしいのは他の男のことと、あんたの後ろにいる黒幕よ」

「なんのことだ」

「とぼける気?」

少女はナイフを男の喉元に近づける。

「言いなさい、そうすれば、命は助ける」

「い、いやだ。それは、できない」

カマキリ男が泣いて言う。男のズボンは失禁の跡がある。

「なら、死ぬ?」

「冗談だろ」

男が言った瞬間だった。少女のナイフが男の右掌を貫く。

「ひいぃ!!?」

「さぁ、言いなさい」

「し、知らない!何も知らないんだ、ほかの八人も、頼んできたやつも!」

「何故!」

「顔を見せなかった!借金のかたをつけてくれるといったから乗っただけだ!ほかのやつとも、その日初めて会った!」

見っともなく男が叫ぶ。少女は落胆したようにため息をつく。そして、男の手のひらからナイフを抜く。

「た、助けてくれるよな?」

「ええ、そうね」

そう言って少女が立ち上がる。そのまま、去れ。男はそう思う。だが、少女は男の足を掴んで引きずり出す。

「な、なにを」

「あのねえ、私があんたたちを赦すと、本気で思った?」

少女は言った。月の光が無慈悲な顔を映し出した。

「あんたはすべてを奪った、私から、領民から」

少女は男をベッドに放り投げる。そして、ナイフをかざす。

「や、やめろ!」

「厭よ」

無慈悲にそれを振り下ろした。

鮮血が、少女の顔を染める。

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