表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
VENGEANCE  作者: 七鏡
ELLIS OF VENGEANCE
35/87

33

ローゼリスでの生活も一か月以上が経った。クロウドも私も、ここでの生活に慣れてきていた。当たり前のようにここで暮らしている私たちだったが、いつまでもこのまま、というわけにはいかない。

私にはどうしても王都に帰りたい理由があったし、ここの人たちにこれ以上甘えることも申し訳なかった。

私たちはある夜、領主たちの食事の場でそのことを告げた。私たちの理由を聞くと、領主夫妻とその一人娘は、寂しげな様子で、しかし、私たちのことを理解してくれた。

「そうか、君たちは私たちにとっては良き友人だ。たとえ、ここから離れようと、な。君たちの輝かしい未来を祈っている」

そう言い、領主は餞別代りに、と封筒を渡してくれた。見ると、中には数枚の銀貨があった。流石に金貨を入れては私たちが恐縮すると思い、銀貨にしたのだろうが、それでも恐れ多いことだった。

そんな私たちに領主の奥さまが笑って言った。

「申し訳なく思うなら、いつか、返しに来てください。あなたたち自身の手でつかみ取った、お金でね」

そして、彼女は私たちを抱きしめた。

「また、いつでもいらっしゃい」

私たちは頷く。

「ヴェル」

私はヴェルを見る。ヴェルは、もう悲しそうな顔はしていなかった。笑っていた。自分の感情を隠し、ただただ祝福するかのように。

「まだ、お別れは言わないよ。明日まで、あなたたちは我が家のお客様だからね」

そういってヴェルは私とクロウドの手を掴むと、屋敷から出て、庭へと走っていく。私たちは驚きながらも、互いに顔を見合わせて笑った。

庭に出て、寝そべる紅い髪の少女に倣い、私たちも寝そべる。そして、夜空を見る。

満天の星空。煌めく星々は、ちっぽけだが、綺麗に、爛々と輝く。

ヴェルは、その夜空に手を伸ばす。私も、ゆっくりと手を空に掲げた。

「幸せになってね」

ヴェルは私たちに言う。ヴェルは、私たちが辛い目に遭ったことしか知らない。彼女は、真剣なまなざしで夜空を見ていた。

「絶対に、幸せになってね」

「うん・・・・・・・・・」

私は静かに答えた。


空に伸ばした手は、星を掴めそうで、掴めない。



翌朝。領主と領民の見送りの中、私たちは旅立った。

去り際、ヴェルベットが小さなエリスの花を私にくれた。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

ヴェルは何かを言おうとして、言葉に出さなかった。出せなかった。ヴェルは私を抱きしめ、笑う。

涙は、流さなかった。だから、私も泣かずに笑って旅立った。

「ずいぶん、お世話になったな」

「そうね」

「じゃあ、行こうか」

見送る人たちの姿はもうない。必死に手を振っていたヴェルの顔が、鮮やかによみがえってくる。帰りたい、だが、自分はいかなくてはならない。王都に。

「またいつか、ここに帰って来よう」

クロウドが言った。

「いつか、必ず」

「うん」

私は、髪に差したエリスの華を撫でた。

輝かしい思い出は、私の中では今なお宝物として残っている。あの時もらったエリスの花が枯れた今でも。



私は十三歳になった。王都もあと一週間ほど、という距離だ。

私たちは宿に泊まった。寂れた村の宿で、私たちは足を休めた。

「もう少し、もう少し・・・・・・・・・」

あと一週間。それで、家族と再会できる!

7年もたった。自分を家族は覚えているか、不安だった。だが、隣にいるクロウドの手がある限り、その不安が私を襲うことはなかった。


そんな小さな幸福は、その日、唐突に失われた。


「!!?」

夜。寝ている私の口を、誰かが塞ぐ。暗闇の中、目を見開いた私が見たのは、例の貴族の長男であった。

クロウドとは違い、長男は父親そっくりの下衆だった。私に手を出し、私をあざ笑っていた、その男がなぜ?

「やっと見つけたぜ」

ニヤリと笑い、男は言った。

「ローゼリス領主に問い詰めても知らぬ存ぜぬ、だったが、俺らの力をなめてもらっちゃ困るぜ、奴隷!」

力なんて、お前の力ではない。金と権力によるものだ!私の叫びは、男の手に阻まれて消えた。

私は隣に寝ているであろう、クロウドを見た。だが、クロウドはいなかった。

「あいつはとっくに親父の使いたちが連れ帰ったよ。今頃、親父に殴られてるだろうなあ」

そして男は私の髪を掴み、耳元にその臭く、黄ばんだ葉を近づけて言った。

「お前も、すぐにあの頃みたいによがらせてやるよ・・・・・・・・・・」

男はそう呟き、私を持ち上げる。そして宿屋を出て、馬車の荷台に私を放り投げる。

その私を男の従者が縛り、猿轡をする。

「行け!」

男の声で、馬車は動き出す。

また、戻るのか?あの暗黒の中へ・・・・・・・・・・・。

私の心に絶望が蘇った。



あの地獄に戻ってきた私は、馬小屋ではなく、地下に監禁された。

私はあの頃以上の地獄の中にいた。

どれほどの時が経ったか、もうわからない。それほどの時を、私は過ごした。


ある時、男がやってきた。話によると、父親は老衰で死に、今は長男が家を取り仕切っているという。

私は男にクロウドのことを聞いた。すると、男は残忍な顔で笑って言った。

「クロウド?あいつか、あいつなら死んだぞ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

時が、凍った。

「親父が生きていたから生かしていたが、親父が死んだ今、この家は俺のものだ。あいつはもう、必要ないんだよ!」

そう言い、男は地下牢の鍵を開け、私のところへやってくる。

「もう、お前を庇うやつはいない、エルマぁああ」

男は欲望をむき出しにして私の下に一歩、また一歩と近づいてくる。

「さあ、楽しもうぜぇ」

私は涙した。あの人は、もういない。あの人がいたから、私は生きてこられた。あの人がいない今、もう。

絶望し、動かない私に、獣は近づく。獣は私に強引にキスをする。そして、私を押し倒す。

冷たい地下の床に転がる私。その私の目に、あるものが映った。


黄色い小さなエリスの花。


もう、枯れてしまったのかと思っていたそれは、瑞々しく、あの頃のままの姿を保っていた。どれほどの時が過ぎたのだろう。一年近い時が経っているはずなのに、その花はいまだに枯れていない。

まだだよ。

ヴェルベットの声が、頭の中に響いた。

まだ、死んじゃいけないよ、エルマ。

エリスの花を見る。その時、私の中で何かが目覚めた。


服を脱ぎ、もはや何も覆うものがなくなった男は、私に覆いかぶさろうとしていた。私は力強く足を振り上げ、男の股間を蹴り上げた。男は股間を抑え、悲鳴を上げる。男が叫ぶ中、私は牢を出ると、その鍵を閉めた。

「て、てんめええ」

叫ぶ男を気にせず、私は階段を駆け、地上に出る。そして、クロウドの姿を探す。

どこにも彼はいなかった。

私は涙を流し、小さなエリスの花を抱きしめた。そして、屋敷を見上げた。

「もう、こんなところ」

そして私は松明に火をつけると、それを地下牢へと放り投げた。

男の絶叫が聞こえた。

屋敷は火に包まれ、屋敷から使用人たちが逃げ出した。屋敷の主人である長男を残して。

私は燃え盛る屋敷を背に、その場を去った。


さようなら、クロウド。

小さなエリスの花は、火の灰をかぶり、ところどころ焦げていた。そして、地下の冷えた温度で保たれていた鮮度が急速に失われ、枯れて言った。

さようなら、エルマ。

私はかつての私に言った。もう、エルマ・ミーガンは死んだ。彼女を愛した、クロウドとともに。

私はその日、エリスとなった。


すでに八年の時が経っていた。私は王都へと向かう。

もう、家族と生活することは諦めていた。だが、家族の幸福な姿を見守りたい、それだけが心の中にあった。

この身は穢れている。人を私は殺した。もう、まっとうに生きることはできない。


それでも、私は生き続ける。

枯れて、風に散ったエリスの花を見ながら、私は思った。


どんな環境でも生き続ける、エリスの花のように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ