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VENGEANCE  作者: 七鏡
ELLIS OF VENGEANCE
34/87

32

私はクロウドとともに、彼の一族の下から逃れ、王都へと向かっていた。

エルマの故郷である王都周辺で一からやり直す。クロウドは私にそう語った。

エルマの望郷の念を知っていたクロウドの親切心に、私は感謝した。

冷たい夜の闇の下、肌を寄せ合い、身を温める。

馬小屋の中でも、度々こうしていたが、もう、人の目を気にする必要はない。

もう、独りではない。私の心は、安堵に満ち溢れていた。


長いたびの道のりだった。

少しの金のみを二人は所持しており、ろくに宿代も馬も買えなかった。また、クロウドの父が捜しているであろうことは予想できたため、街道などの公の道はなるべく避けていた。

森の中を走り、獣に追われることも多々あったが、二人は無事に森を抜け、王都に徐々に近づきつつあった。

しかし、二人の精神も肉体も大いに疲れ果てていた。

そのうち、私は倒れてしまい、立つことができなくなった。ろくな食事もとれずにいたためだ。それはクロウドも同じだったが、彼は愛する少女を抱えて歩き出した。それは、執念のなせる行動だった。

それから三日三晩、クロウドは歩き続けた。くじけずに歩き続けた彼だったが、ついに倒れてしまう。

目をつむり、ぐったりとしている私を見て謝った。

「すまない、無謀なことだったのだ、最初から」

「いいの、あなたと一緒なら、たとえ、死んでも」

あそこから連れ出してくれた彼への感謝をこめて私は言った。たとえ死んでもいい、その気持ちに嘘はない。あのままでは死んでいた命。拾った命と、その後の彼との時間は、かけがいのない思い出となった。

もう、死んでも悔いはない。そう思った私は、なけなしの力で腕を動かし、彼の手を握りしめた。

「クロウド」

「エルマ」

二人が呟き、死の訪れるその時まで手を離さない、と互いに誓い合った。

そのうち、私の意識はなくなっていった。クロウドの呼び声がしたが、もう、私にはこたえる力はなかった。

暗闇が訪れた。


死んだの?

誰に問うわけでなく私は呟く。

暗い、ただ暗いそこに、私はいた。あがく。だが、暗闇は深く私を沈み込ませて、解放しない。

死にたくない。

私は手を伸ばす。必死に。誰も助ける者がいないと知っていてもなお。

死にたくない!

クロウド、家族の顔が浮かぶ。

まだ、まだ・・・・・・・・・・・・・!!

そんな私の手を、誰かが掴み。


暗闇の中から引き上げた。



目を覚ますと、私は寝台にいた。私はあたりを見た。豪華、というわけではないが整った部屋の中に私はいた。

空腹も、体の不調も感じない。心臓の鼓動がした。

生きている、と私は実感すると、寝台から立ち上がろうとし、転ぶ。脚に力が入らなかった。

寝台に手をつき、立とうとした私を、部屋に入ってきた少女が見た。

「無理しないで」

自分と同い年ほどの紅い髪の少女は、手に持ったお盆を机に置くと、私の前に来て体を支え、寝台に座らせる。

「私と一緒にいた、男の人は!?」

私はすぐさま問う。紅い髪の少女は、心配を浮かべていた顔をにこりと笑いに変えて、私を見た。

「安心して、あの人は別の部屋で寝ているわ。あなた同様、今は療養中。命に別状はないわ」

「よかった・・・・・・・・・・」

私は安堵のため息をつく。心の底から、私は安心し、寝台に倒れた。

「・・・・・・・・・ここはどこですか?」

おそらく、貴族の子女だろう、と私は思った。少女は美しく、精錬された動きであった。身なりこそ、平民に近いが、そんな雰囲気がした。

「ここはローゼリス。広大な自然だけが取り柄の田舎領地。あなたが寝ているのは、そこの領主の館」

そう聞いて私は驚き、すぐさま身を起こそうとすると、少女はクスクスと笑った。

「安心して、お金とかいらないから。私があなたたちを見つけたんだけど、放っておくわけにもいかないじゃない?」

少女は笑う。その笑みは、はるか昔に自身の失くしたものであった。人の善意だけを信じていたあの頃の私のように。彼女は損得勘定なしで、善意でここに連れてきてくれた、それが感じられた。

「ありがとう」

私が言うと、少女は笑った。

「気にしないで、困ったとき、手を差し伸べる。人として当然のことをしただけよ」

そう言って少女は私に手を差し伸べた。まるで、握手をするように。

「私は領主の娘のヴェルベット・ローゼルテシア。あなたは?」

私は少し考えた。なんと名乗ったものか、と。私は少女を見た。少女は笑って私の返事を待っている。

私は迷った末、「エルマ」とだけ答え、おずおずと手を差し伸べた。

少女は優しくその手を掴む。

その手の温もりが、私の心と体を温めた。



それから数日ほどを、この寝台の上で過ごした。

この土地の人たちは領主をはじめ、いい人たちばかりだ。

領主・貴族と言えば、まずいい印象はないが、ここの領主は領民に慕われ、一緒に畑仕事さえしていた。

その娘のヴェルベットも、父親や年上の男の人たちに交じって農作業をしていた。きつい仕事にも、笑顔で取り組んでいた。

最初のころは寝台から離れられなかった私の下に来ては、クロウドの様子や、農作業のこと、自分のことを話してくれた。

彼女の話をほとんど聞いているだけだったが、彼女はそんな私に気を害するわけでもなく、笑顔で接してくれた。私も、安らかで楽しい時間を送れた。

初めてといってもいい、女友達の存在に私はどれだけ支えられたか。

一週間がたち、身体も調子を取り戻した。それは彼も同じらしく、ヴェルベットが私を彼の部屋まで引っ張っていく。

「ほら、クロウドさんもあなたを待ってるよ!」

「わあ、ヴェル!引っ張らないでよ!」

よろける私を見て、彼女は笑う。自然と私も笑顔になる。


「クロウド!」

「エルマ!」

彼の部屋に入った瞬間、彼の元気な姿が見えた。私は跳びついた。そして、彼の胸の中に顔をうずめて泣いた。

ヴェルベットはにこやかにそれを見ると、静かに部屋の扉を閉めた。

私は彼女に「ありうがとう」と言った。それが聞こえたかは、わからない。

私はクロウドの顔を見て、静かにその唇を重ねた。



クロウドと私の事情を領主に説明すると、領主は人のいい顔に涙を浮かべていた。そして、私たちを見て言った。

「望むなら、ここに住んでもいい。できる限りの援助を約束しよう」

その言葉に恐縮したクロウドは、すぐに出ていくつもりだったが、領主の説得もあり、しばらく滞在することになったのだ。

クロウドは農作業を手伝い、作物とお金をもらっていた。仕事の量の割に、賃金は多かった。領主の心遣いに、クロウドは頭も上がらない。

私はヴェルベットと一日の大半を共にした。彼女とともに、遊んだり、仕事をしたりした。失われた子供時代を、取り戻すかのように必死で私は遊んだ。

「あの花はなんていうの?」

私はヴェルに尋ねた。私たちの足元の、小さな花を指して。

ヴェルは、薬草をはじめこの周囲の花と草を網羅しているらしく、なんでもこたえてくれる。両親から色々と学んでいるらしい。あまり貴族らしい教育は受けていないようで、自然で、人らしい教育を、領主は目指しているのだとクロウドは言っていた。

領主は田舎にいるからこそ、こういう教育もできると苦笑していたらしい。王都にいてはぎすぎすしすぎでたまったものではない、と。

「あの花はエリスの花よ」

「エリスの花?」

私が問い返すと、彼女は頷く。

「あの花自体は特に珍しい花ではないの。薬草というには効用も低いし、特徴もないけれど、私は好きなんだ」

ヴェルは笑って言った。

「この花はね、どんなつらい環境でも耐え抜いて、必ず花を咲かせる、適応力の強い花なの」

そう言って、ヴェルベットは足元の黄色いエリスの花をそっと撫でた。

「なんかね、こんな花でも一生懸命に生きている、って思うと、命って素晴らしいなって思うんだ」

その長く、艶やかな髪を揺らして少女は言った。そして、私の黄金色の髪を撫でた。

「エルマの髪も、エリスの花みたいで、私は好きだよ」

「ありがとう、ヴェル。そう言えば、ヴェルベットってどういう意味なの?」

私は少女の紅い髪を見ながら言った。

「ヴェルベットローズという花からお父様が付けてくれたの。強く、気高く、逞しい花なのよ。一度だけ、実物を見たことがあるけど、あれは綺麗だったわ」

うっとりと、ヴェルは言う。

「でもね、その時にとげが刺さって少し血が出ちゃったんだ」

ぺろりと舌を出してヴェルベットは言った。その様子がおかしくて、私も思わず笑ってしまった。


至福の時間が私を包み込む。

辛い記憶だけの人生が、急速に色づいていくのを、私は感じていた。

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