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VENGEANCE  作者: 七鏡
VENGEANCE AND JUSTICE
32/87

30

アルマは王都の共同墓地の中にいた。草原の中に佇む石碑。そのうちの一つ、ミーガン家の墓の前に彼女はいた。墓石はきれいに磨かれており、汚れは見えない。アルマは三週間毎日ここに来ていたが、特別掃除をしていたわけではない。なら、誰がしてくれていたのだろうか?

この墓の前で自分以外の人を、彼女は見たことがなかった。

しゃがみ込み、アルマは墓前を見る。

「終わったよ」

両親に告げるアルマ。犯人は捕まり、その背後にあった犯罪も撲滅された。犠牲者となった両親の無念は恐らく晴らされただろう。アルマは亡き両親を思い浮かべて、涙を浮かべる。

雨が降り出す。晴れ晴れとしていた空は灰色の雲に包まれていた。雨は、哀しみを流し落とすようにアルマに降り注ぐ。

そんなアルマに傘を差し出す者がいた。アルマはその人物を仰ぎ見る。

「ヴェルベットさん」

「アルマさん、ここは濡れるわ」

「・・・・・・・はい」

アルマはヴェルベットのさす傘の中に入る。ヴェルベットはアルマとともにゆっくり歩き、共同墓地を出る。

「これで、全部終わったんですよね」

両親の思い出も死もこれで終わったのだ。アルマが問うと、ヴェルベットは首を振る。

「終わりなんてないわ」

「え?」

アルマが驚きヴェルベットを見る。美しい紅い髪を珍しく束ねていたヴェルベットは微笑する。

「あなたとご両親の思い出はあなたが生き続ける限り、消えはしない」

「・・・・・・・・・・」

「死んでもあなたの中で彼らは生き続ける。それを忘れずに、自分の正義に従って生きていきなさい、アルマさん」

「ヴェルベットさん」

「シャッハから聞いたわ。兵学校に進むそうね」

「はい」

現在の学校を退学し、本格的にアルマは憲兵となることを目指していた。憲兵になるためには、通常の兵士養成訓練の後の、資格試験が必要だ。それは数年間にわたる長い道のりだ。決して容易なものではない。

ついでに、この王都から少し離れた場所に学校はある。田舎といってもいいだろう。訓練などの関係で、王都からは離れているそうだ。

今日、墓に来たのはそのための別れを両親に告げに来たからだ。

「安心したわ。あなたが夢を諦めないでいてくれたことに」

「いえ、これもヴェルベットさんのおかげです」

アルマが言うと、ヴェルベットは苦笑した。雨の音が微かに弱まる。灰色の雲間からうっすらと陽の光が漏れだした。

「私はきっかけに過ぎない。立ち直ったのはあなたの力よ、アルマさん」

雨は急に止んだ。ヴェルベットは傘をたたむと、それを手に持つ。

「ということはここからいなくなるのね」

「はい、数年ほどは」

「そう」

ヴェルベットはそう言ってアルマを見る。

「自分の夢、諦めずに追い続けなさい。あなた自身の正義のためにね」

「はい、ヴェルベットさん」

そう言って背を向けるヴェルベットにアルマは声をかける。

「あの」

「何かしら?」

「あなたの復讐は、いつ終わるんですか?」

アルマが問う。自分の中の、復讐は終わった。だが、紅い髪のこの人の復讐はいつ終わるのか。

終わりの見えない復讐。それはとてつもなく悲しいことだ。

「さあね。あなたが憲兵になっても、私は復讐を辞めていないかもね。その時は、あなたが私を捕まえなさい」

ヴェルベットは妖艶に笑い言った。アルマは苦笑する。

「ヴェルベットさんにはかなわないと思うけどなあ」

アルマは言う。ヴェルベットは身体的には自分と同じか、やや劣るくらいであろう。だが、その執念が彼女を『VENGEANCE』たらしめる。その時、彼女はヴェルベットという女性ではなく、美しく決して妥協を許さぬ、復讐者となる。

その曲がりなき信念の前には、いかなる正義も悪も、概念すらも捻じ曲げ、破壊する。アルマの中では、そう認識されていた。そしてそれは間違いないであろうと、確信さえしているのであった。

「ふふ、また会える日を楽しみにしているわ、アルマさん」

「はい。あ、あと・・・・・・・・・」

アルマは最後にヴェルベットに聞くことを思い出す。

「私の両親のお墓、いつ来てもきれいなままなんです。誰かが掃除しているんだと思うんですけど、知っていますか?」

アルマの問いに、ヴェルベットは少し考える。そして、美しく微笑んでいった。

「わからないわ。でも、それはあなたのご両親が素晴らしい人たちだった、ということね。そう言う風に死んだ後も尊敬される人間を両親にもてたことを、感謝しなさい。それではね、アルマさん」

そして、紅い少女は優雅に去っていった。決して手折られることのない、誇り高い薔薇のように。

何時の日か、彼女のように自分もなれるだろうか。アルマは思った。

そして、その時、彼女の正義と自分の正義は対立するのではないか、と。

答えは出ることはない。だが、少女は焦らない。彼女の未来は始まったばかりなのだ。

時間をかけて見つければいい。時間はまだある。

今はただ、自分を救った復讐者の背を見るだけでいい。

アルマはその背が消えるまで、ずっと、彼女を見続けていた。



「エリス、帰ったわ」

「お帰りなさい、ヴェルベットさん」

館の中のエリスの部屋の扉をノックして入ったヴェルベットを、エリスが迎える。

「アルマ、どうでした?」

「立ち直ったようだったわ」

ヴェルベットが言うと、エリスは安堵のため息をついた。

「そうですか」

「それで、エリス。彼女に言わなくてもいいの、自分のこと」

ヴェルベットが言うと、エリスは寂しげに笑った。

「いいんですよ」


ヴェルベットがアルマを助けたのは偶然ではない。アルマのことを彼女に話したのはエリスだった。

彼女の両親の死。そのことの調査を始めたのは、エリスの言葉があったからなのだ。

エリスの真意を、ヴェルベットは問わなかった。だが、ミーガン夫妻のことを調べているうちに、ヴェルベットは知った。夫妻にはもう一人、二歳上の娘がいた、ということを。

娘はアルマが四歳ほどのころに、人さらいに攫われてしまった、という。両親は必死に彼女を探したが見つからなかった。当時のことを知る、ミーガン氏の友人はそう言っていた。

娘は当時六歳。十年前の話である。エリスが持ちかけてきた話、そしてアルマとエリスの顔。

エリスとアルマの顔は似ていた。雰囲気は違うが、顔形などはどことなく似ていた。

彼女が、行方知れずとなったミーガン夫妻の長女なのだ、とヴェルベットは確信した。

アルマの言った、毎日墓を掃除する人物。それがエリスであると、ヴェルベットは理解していた。だが、それを言わなかったのは、エリスがそれを望まないであろうから。

友人の意思を、ヴェルベットは尊重した。


「私はアルマの姉のエルマ・ミーガンではなく、エリス。それに、娼館の姉なんて、アルマに言えるわけないでしょう?」

ヴェルベットが一度、アルマを連れてきたのは、エリスにとって驚きであった。彼女に、自分のことを知られるわけにはいかなかった。

「だから、いいんです」

童顔の少女はそう言った。

そんな少女をヴェルベットは抱きしめた。

「まったく、まだ十六の娘が、そんなに難しく考えないでよ」

「ヴェルベットさんが言っても説得力ないですよ」

エリスはそう言い、ヴェルベットを抱きしめた。

「今回はすみません。私の我儘で」

「いいのよ、私たち、友達でしょう?家族でしょう?」

「・・・・・・・・・・はい」

ヴェルベットの言葉に、エリスは静かに涙する。

十年前、攫われ奴隷として売られた。そして、地獄が始まった。六歳の少女は両親と妹の記憶だけを頼りに生き続けていた。王都に戻ったのはそれから九年後。今更家族と会おうにも、会えなかったが、その生活を影ながら見守ってきた。

だが、少女のそれも、今日で終わりだ。記憶の中の四歳の妹は、今や一人の少女。夢に向かって再び歩み始めた。もう、不安はない。


エリスの身体を、ヴェルベットはただただ力強く抱きしめた。


空からは灰色の雲は消え去り、輝ける太陽が地上にあるあらゆるものを照らす。

少女たちを祝福するかのように、光は降り注いだ。



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