表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
VENGEANCE  作者: 七鏡
BIRTH OF VENGEANCE
3/87

1

少女が拾われて数日が過ぎた。少女は馬車の中で眠りにつく。商人もさすがにまだ、手を出す気はない。そう感じて少女はようやく眠りについた。そして夢を見る。それは、二度と戻ることのない幸福な日々の記憶の数々。

美しい母、優しい父、戯れる年少の子供たち、同い年の友達。乳母や使用人が笑っている。領民たちが自分の畑で作った作物を渡してくる。誰もが、幸せそうであった。

だが、そんな夢の時間も終わる。突如、世界は火に包まれる。そして、少女の周りからすべてがなくなる。

少女は目覚める。馬車の揺れは止まっていた。

「お嬢ちゃん、起きたか」

商人が御者台から少女を見て言った。

「ここは?」

「ここかい、お嬢ちゃんは来たことがないか」

商人は少女にその光景を見せた。立ち並ぶ街々。そして中央の城。

「王都へようこそ、ヴェルベット」

少女は思った。ちょうどいい、と。国の中心ならば、あの男たちのこともわかるであろう、と。奴らの背後で手を引いたであろう貴族の存在も突き止められる。

「では、私の屋敷に行こうか」

商人の馬車が進みだす。少女は黙って揺られ続ける。


商人の馬車は王都の華やかで、派手な建物のある西地区を進む。そして、あるところで止まる。

「ここが、私の屋敷だ」

見るからに派手な大きな館。商人は少女を連れてそこに入っていく。ヴェルベットは黙って従う。

商人が重い鉄の柵を門番に命令して開けさせる。

「お帰りなさいませ、ハボック様」

「変わりはないな、ローン」

「はい、そちらは?」

「なに、新しい商品だよ」

囁く主従。だがそれはヴェルベットの耳に聞こえていた。それも知らずに男たちは話していた。

「さ、行くぞ、ヴェルベット。今日からここが、お前の家だ」

この建物が何かはわからないが、そういうところだと少女は直感した。だが、少女は抵抗を示さない。利用できるならば、何でも利用する。そう、自身の身体であっても。それほどまでに、少女の意志は固かった。なにより、何もない自分には願ってもないほどの好機であった。

「はい」

そして、二人は館に入る。


館の中に入ると、女性たちが頭を下げて並んでいた。皆、使用人の着る服装をしていた。女性たちはみな若く、綺麗であった。そして言った。

「お帰りなさいませ、ハボック様」

「うむ、出迎えご苦労」

そしてハボックは少女の肩を抱き、女性たちを見た。

「モイラ」

「はい、ハボック様」

モイラと呼ばれた女性が男の前に一歩近づく。ふわりとした茶髪の、母性的な女性であった。

「この娘の世話を頼む。名をヴェルベットという」

そして娘の方を向く。

「今日からしばらくお前の世話をするモイラだ。いろいろと教えてもらいなさい」

「はい、ハボック様」

少女はそう言い、男に頭を下げる。そしてモイラの方を見て同様に頭を下げる。

「礼儀正しい子ね。さ、部屋に案内するわ」

「では、皆、仕事に戻ってくれ」

男が言うと、そそくさと女性たちは「仕事」に戻っていった。


部屋に案内されると、すぐにモイラはヴェルベットに言った。

「あなたもついていないわね、こんな娼館の主に拾われるなんて」

モイラは赤紙の少女の頭を抱く。

「まだ若いのに」

「私、もう成人はしているわ。子供じゃない」

少女が言うと、モイラは笑う。

「成人したからって大人ではないわ、ヴェルベット。それに大人はそんなこと言わないわよ」

モイラが微笑んで言った。その顔に、少し母を思い出した少女は顔を背けた。

「個々での生活はきついけれど、それでも十分に生活できるようにしてあげる」

モイラは申し訳なさそうに言った。少女は頭を抱く彼女の背に手をまわし、抱きしめた。温もりに、涙が出そうになるが、堪えた。ただ黙って、少女は佇む。

愛おしむように少女の赤紙を撫でてモイラは言う。

「さ、まずはお風呂に入りましょう、ヴェルベット。きれいな紅い髪が汚れたままなのは、もったいないもの」


モイラは少女にこの館でのルールを教えた。

「あなたはまだだろうけど、ここにいる以上、仕事をしなければいけないの」

「仕事って?」

「館の維持。それと接待よ」

「そういうことね」

少女はモイラの言葉を理解する。

「ここいら一帯は花街なのよ。ここはその中でも高級の娼館なのよ」

モイラは言う。

「基本的に客からの指名ね。あとはお酒とか飲みに来た人の相手ね」

「・・・・・・・」

「あなたも、いずれは」

「わかっている。覚悟はしている」

少女は気丈に言った。

「そう」

モイラは悲しげに瞼を閉じる。

「ごめんなさい、さ、まずは館の掃除からしましょうか」

モイラは箒と雑巾を取り出す。

「朝から昼はみんな館の掃除、洗濯とかをやるわ。あなたも今日から参加してもらうわ」


掃除自体は苦ではなかった。領主の娘とはいえ、地方であったため、対面など気にはしなかったからだ。

良家の娘と思っていたモイラも、少し驚いていた。

「あなた、元は貴族かと思ったわ」

「どうして?」

「ここにいる子たちはほとんどがそう言う子なのよ。借金の方で入れられたことか、ね」

「でも、私は違うわ」

「そのようね」

モイラにはそう言ったが、ヴェルベットも一応貴族ではある。もっとも格の面では王都の貴族には及ばぬが。

「さて、お掃除も早く終わったことだし、買い出しに行こうかしら。ヴェルベットは王都は初めてなのよね」

「ええ」

「なら、案内がてら少し歩きましょうか」

ヴェルベットは二つ返事で了承する。自身の故郷の噂が聞けるやもしれない。少女は期待していた。


モイラとともに南地区を歩く。南は主に食料品や生活用品の店が並んでいる。そんな中で二人は必要なものを買い揃えていく。

人ごみの中、少女は己の求める情報を聞き取るために集中していた。聞こえてくるのは他愛のない世間話や交渉ばかり。うんざりする少女だが、なおも聞き取ることはやめない。

モイラが食料品を買っている最中、ヴェルベットは店の外で待っていた。そしてそこで自身の求める話し声を聞く。

「なあ聞いたか?ある地方領が襲われたの」

「ああ、あれか。気の毒にな。いい領主だったようだが、賊に入り込まれて領民もろとも・・・・・・だろ」

「ああ、あそこ、ヴェストパーレ伯の領地になるんだと」

「あの伯爵様か」

「ああ、いろいろ黒い噂も聞こえてな、賊もそれじゃないか、って」

「はあん、なるほどな」

「憲兵も手が出せないからな。なにせ、現国王とも血が繋がっているんだから」

少女はその話の全てを信じたわけではないが、貴重な情報ではあった。

店から出てきたモイラに、ヴェルベットは尋ねた。

「ねえ、ヴェストパーレ伯って誰?」

「ヴェストパーレ伯?ええと、確か今は若いシメオン様が当主をなさっていてね。王国内でも今期待されている貴族よ。それがどうかした」

「いいえ、何も。ただ、結構聞くから」

モイラはそう言うと納得したように頷く。

「まあ、容姿も整っているから、女性の人気は高いわね。妻になろうって貴族の令嬢も多いみたい」

モイラはそう言い、肩を竦める。

「もっとも、私たちには関係ないけれど。目をかけられてもよくて愛妾。それが、私たちよ」

モイラは悲しげにそう言った。

「モイラも、そう言う経験が?」

「え、あ、違うわよ。だから安心して、ヴェルベット。さ、買い物も済んだし、帰りましょうか。休日にでもまた街を案内するから今日は還るわよ」

「うん」

少女はそう言ってモイラの荷物を持つ。それにモイラは笑い、少女の頭を優しく撫でた。

少女はそんなモイラを見て、胸に何かがこみ上げる。だが、それよりも大事なことがある。

(シメオン・ヴェストパーレ・・・・・・・)

とりあえずの手掛かり。その名を少女は口の中で繰り返す。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ