26
アルマにとってシャッハの話は心に響くものがあった。だが、彼女の中の復讐の炎を静めることはできなかった。そして、この復讐の炎が止まぬ限り、彼女が元の彼女になることはない、と感じていた。
シャッハの話を聞いて、この街を変えたい、とは思う。復讐をなした自分が、仮に街の平和を守れるか。正義の名のもとに人の命を奪おうとする醜い自分が、本当に憲兵となれるのか。少女の心は思考のスパイラルに陥る。
少女は寝台から起き上がり、街へと出る。陽は高いし、今の時間帯なら犯罪者にも会うまい、と思い、少女は歩き出す。ヴェルベットという名の女性と、もう一度会いたいと彼女は思っていた。
キースの調べによってヴェルベットはアルマの両親の殺人犯を見つけることができた。だが、あまりにも簡単すぎた。そして、この事件を起こすには男の同期は弱すぎる。押し入るならばもっと金目のもののある貴族の家のあるところへ行けばいいのに、なぜ庶民の住む場所で犯罪を犯したのか、と。
「きな臭いわね」
「君もそう思うかい?」
キースが笑って言う。
「ええ。この男は、強盗目当てではない。もっと別の目的があった。それも、もっと立場の上の人間からの命令で、ね」
「おそらくね」
キースはそう言い、書類を投げる。
「そいつの指示で、捜査もろくにされない、ってのが妥当な線だね」
「なにか、まずい情報をミーガン氏は知ったか・・・・・・・」
「ミーガン氏はある貿易会社の会計士だよ、そこで彼は何かを見つけた」
「・・・・・・・・・・」
「まあ、何かなんて想像は大体つく。状況から考えるに、密輸の記録、または裏取引、かな」
「くだらない。そんなもののために二人もの人間を」
「それが今の王都の現状さ」
キースは肩を竦める。彼の表情はさほど怒りに満ちているわけではないが、なぜだろう。ヴェルベットは感じる。どこか、怒りを感じる。表面上はどうでもないように振舞っているが、彼の奥底には、静かな怒りが宿っているかのように思えた。
「今頃憲兵が犯人を捕まえる準備をしているよ」
キースが言うとヴェルベットは驚く。
「捜査、再開したの?」
「僕やシャッハの調べているのを察知した上の連中が慌てて犯人を消そうって思っているのさ」
キースが不敵に笑う。
「今夜。彼らは動く。たぶん、そこで彼は捕まり公的に殺人で処刑される。真相は闇に・・・・・ってね」
そう言うと、キースは愉快そうに紅い髪の少女を見る。目の前に立つ、復讐を司る女神を見て青年は言う。
「どうする?」
「決まっているでしょう、キース」
ヴェルベットは妖艶に笑う。
「復讐は果たす、絶対にね」
街を歩くアルマはその顔を見た瞬間駆けだす。貴族の屋敷から出てきたのは、彼女が捜していた紅い髪の女性。今日は質素な白い服を着ていた。それでも、彼女は美しかった。
「ヴェルベットさん!」
そう呼びかけると、ヴェルベットはその髪を揺らしながら少女を振り返る。そして、同性でさえ惚れ惚れとする顔で微笑んだ。
「あら、アルマさん、こんにちは」
「こんにちは」
優雅に微笑む女性にどぎまぎしながらアルマは返す。ヴェルベットは笑うとアルマを見る。
「私を探していたかしら」
「はい、ヴェルベットさん。あなたに聞いてもらいたいことが」
「そう、なら」
そう言って紅い髪の女性はニコリとほほ笑む。
「私の友人のお店で話を聞きましょうか?」
やってきたのは比較的小さい、だがおしゃれな店であった。ヴェルベットはキャシーという女性と一言二言かわすと席に着く。アルマも対面に座る。
「話は、夢かしら?」
「はい、シャッハさんに話をさせたのも、ヴェルベットさんですよね」
「そうよ」
「どうして、そこまで心配してくれるんですか?」
アルマはヴェルベットの目を見て言う。
「どうして、偶然助けただけの私を・・・・・・・・・・」
ヴェルベットはフッと笑うと、少女を見つめ返す。
「私はね、あなたがこのままでは駄目になる、と思ったの」
「ダメになる?」
「あなたの顔は夢や希望で満ちていた。それを初めて会った時感じた。そして、それが砕けようとしていることもわかった」
ヴェルベットはコーヒーを飲む。
「話を聞いてあなたが復讐しようとしていることが分かったとき、私は止めなければ、と思った」
「え?」
「このままあなたが落ちるのを視たくはなかった」
「・・・・・・・・・・・」
「復讐にその手を汚した時、あなたは戻れなくなる。まだ若い、未来あるあなたにそれを進ませるわけにはいかない」
「でも・・・・・・・・!」
ヴェルべットが彼女の言葉を制止する。
「言いたいことはわかる。でもね」
愁いを秘めた表情で、女性は笑った。
「あなたが手を汚す必要はない」
「でも、父も母も浮かばれませんよ、それじゃあ・・・・・・・・!!」
少女は泣く。無力な自分を呪い、運命を呪い。そんな少女をヴェルベットは隣に来て抱きしめる。
「安心しなさい、あなたが手を汚さずとも」
そう言ってヴェルベットは不気味に笑うが、少女がそれに気づくことはない。
「犯人たちは報いを受けるわ。ふさわしい、ね」
ヴェルベットとの会話を終えると少女とヴェルベットは別れる。背を向けるヴェルベットから少し離れると、アルマはヴェルベットの後をつける。
何かが引っ掛かった。ヴェルベットの言葉が。彼女が復讐を止める理由。そして犯人「たち」と言ったこと。
思えば、ヴェルベットは不審な点が多い。女性にもかかわらず、男たちが束になっても敵わない。スカートの中に見えたいくつものナイフ。それに貴族とも交流があること。魅力的な女性ではあるが、謎めいている。
アルマは女性の後をつける。そして夕焼けの王都を進む。
ヴェルベットの行きついた先は派手な館。そこに入っていくヴェルベット。さすがに中に入れないアルマ。門番はいるし、人も多そうだからだ。
しばらくここで待っていよう。もし来なかったらあきらめて帰ろう。そう思うアルマは、建物の陰でうずくまり、ヴェルベットが出るのを待った。
そのうちに日が暮れ、夜が訪れる。帰ろうにも代えられなくなったアルマは維持でそこに居続けた。
その甲斐あって、アルマは館を出るヴェルベットを見ることができた。昼間とは違い、深紅のドレスに身を包んでいる。ちょうど、最初にあった時のような。
夜の闇にまぎれ、アルマはヴェルベットの後を追う。気づかれないように注意をしながら。
十分ほどの追跡の後、ヴェルベットはある家で止まる。スラム街の小さな掘立小屋。そこにヴェルベットは入ろうとする。だが扉はカギがかかっている。
何しているのかな、そう思ったアルマの見る中、ヴェルベットは針金を取り出し、鍵を開ける。そして中へと入っていく。
アルマはその扉に近づき、そしてそっと中をのぞいた。
そこではヴェルベットが一人の男にナイフを向けていた。
「あなたがミーガン夫妻を殺したのはわかっているわ」
「ま、まて、話を聞いてくれ・・・・・・・・・!?」
「もうじき憲兵がここに来るわ。そしてあなたの口を封じる。どの道あなたは死ぬしかない。けれど、あなたの雇い主を教えたら、命だけは助けてあげるわ」
アルマは衝撃に目を見張る。この男が両親の仇だということに。そして、ヴェルベットはそのことについて何か知っているのだ、と。
「だいたい、お前は誰なんだ!お前に何の関係があってこんなこと・・・・・・・・・」
わめく男の右脚に、ドスンという音とともに何かが刺さる。アルマが見ると、それはナイフであった。
ヴェルベットがスカートから取り出した数本のうちの一本。
「い、ぎぃ・・・・・・・・・!?」
「関係あるわ、だって私は『VENGEANCE』だもの」
「!!?」
男とアルマが驚く。その時、アルマは音を立ててしまった。その音を聞くと、ヴェルベットはすぐさまナイフを取り出し、扉を見た。
「・・・・・・・・アルマさん?」
呆然とヴェルベットが言う。その先には座り込むアルマがいた。
その隙に男は近くにあった棒を掴むと、足を引きずりながらヴェルベットに向かう。
ヴェルベットはそれを察すると男の足を払い、その顔面に張り手を食らわせる。
男は前歯を数本飛び散らせ、その意識を飛ばした。ヴェルベットは男の襟首をつかむと、アルマを見て言う。
「来なさい、もうじき憲兵が来る。その前にここを去りましょう」
そう言ってアルマの手を引っ張る復讐の女神。彼女をぼんやり見ながら、アルマはただただ走った。
夜の月は、そんな彼女たちを照らし出していた。




