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VENGEANCE  作者: 七鏡
VENGEANCE AND JUSTICE
25/87

23

アルマ・ミーガンは王都に暮らす中流市民の家に生まれた十四歳の少女である。貧しい、というわけでもお金がある、というわけでもないが、学校に通い、両親と家があり、特に問題があるわけでもない、いわゆる「普通」の少女である。

彼女は活発な少女で、同年代の男子に混ざって剣術やスポーツに没頭していた。いい年頃の娘なのに、という両親の嘆きを知っても、アルマはそれを辞めることはない。彼女の将来の夢は兵士であり、この国や街を守りたい、という願いを持っていた。単純に、子供のころに見た凱旋する騎士たちの姿に憧れた、というのがそのまま今になっても続いていたのだ。

アルマは夢のためにも、勉学に励み、毎日体を鍛えていた。いつか立派な兵士となる、その日のために。

しかし、そんな彼女の当たり前の生活は突如、失われた。


学校から帰った少女は、少年たちと遊ぶために勉学道具を置きに家に急ぐ。いつものように扉を開ければ、母がいて、休日で寛いでいる父がいるはずだった。

アルマが玄関を開け、ただいま、と言おうとして目にしたのは、血の海に倒れる母とそれを庇うように、倒れた父の姿であった。

彼女は両親に近づき、体をゆする。だが、二人はすでに冷たい屍となっていた。

少女は泣き叫ぶ。近所の大人たちが駆けつけると、両親の死体にすがりつく一人の少女が泣いていた。

悲しみに暮れる少女は、憲兵たちがやってくるまで、ずっと両親の死体にすがりついていた。


憲兵の調べからわかったのは、物取りの犯行であろう、ということだけだった。家にあった金目のものはすべてなくなっているという。

アルマは思った。うちには盗むほどのものはないのに、と。あまり価値のないものしかないにもかかわらず、強盗は両親を殺したのだ。

アルマは憲兵たちに言う。犯人を捕まえてくれ、と。だが、憲兵は少女をうるさそうに追い払うといった。

「平民の死亡如きで、俺らが動くかよ」

ははは、と笑う憲兵を見て、少女は絶望した。憲兵と言えば、街の治安を守る、兵士の中でもエリートのなる職。そして、彼女の憧れた騎士のような存在だった。しかし、少女は悟る。憲兵なんて言っても、所詮彼らが守るのは、貴族や商人であり、平民ではないのだ、と。

少女は掛け替えのない両親とともに、抱き続けた幼き夢をその日失った。


少女は孤児院に入れられた。両親の親戚はもういなかったからだ。孤児院はろくに機能していないような場所だったし、二年後の成人には追い出されるのがわかっていた。孤児院も形だけ彼女を心配したが、そんな大人の都合は見え見えであった。

アルマは怒りを抱いた。理不尽な世の中に。正義なき憲兵に。両親を殺した犯人に。そして、こんな運命を押し付けた神に。

少女は今まで通り学校に通ったが、あの活発な少女はもはや見る影もなく、暗い少女と化していた。あれほど続けてきた運動も何もかもやめた。少女はふさぎ込んでいた。


少女がすべてを亡くして三週間ほどのことだった。王都を電撃のように駆け巡った一つの噂が聞こえてきたのは。

「『VENGEANCE』?」

男子たちが大きな声で話すのが、顔を机に押し付けていたアルマの耳に届いた。

「ああ、なんでも復讐の代理人ってことで悪党を殺してるんだってよ」

「へえぇ、すげえな」

「なんでも法に守られて手の出せない悪人も殺していて、もう何十人もやられてるってさ」

「ほんとかよ、それ?」

「マジだって、親父もそいつにやられた死体見たっていうし・・・・・・・・・」

アルマはその話により耳を傾ける。

(そうか)

彼女はその話を聞きながら思った。

(そうだよ、なんで私はそうしなかったんだろう)

アルマは顔を上げる。その顔にはどこか、生気が感じられた。活発だったころの彼女の持っていた雰囲気とはどこか違ったが、彼女の顔は生気にあふれていた。

(誰も父さんや母さんを殺した犯人を見つけないなら、私が見つければいいんだ)

アルマは復讐者の話を聞きながら思った。

(そして、復讐するんだ。法律で裁けないなら、私が裁いてやるんだ)

少女はそう決意すると、自分の荷物を掴み、学校を飛び出した。惰性で通い続けてきたが、もうどうでもよかった。少女は孤児院の自身の部屋に駆け込む。

「まずは、情報を集めるんだ」

犯人は多分、闇社会の人間だ。見つけるには、表では意味がない。裏社会に行かなければならない。

方法はわからない。だが、考えろ、アルマ。少女は自身に言い聞かせる。

「そうだ、『VENGEANCE』を見つけて協力してもらおう」

噂が本当なら彼は復讐の代行者だ。きっと、協力してくれる。もししてくれなくても、その時は私がすればいい。少女は固く決意をすると、夜になるまで待った。

夜の街に出れば、『VENGEANCE』と会えるかもしれない。そんな淡く、不確実な思いを抱えながら、アルマは寝台で夜を待つ。

その時間は、遥かに長いものにアルマは感じた。



夜の街を歩いているアルマ。『VENGEANCE』登場以降、街の治安はよくなったとはいえ、犯罪が撲滅されたわけではなかった。

アルマはとんでもない美人、というほどではないが、鍛えられしなやかに引き締められたからだと、短いながらもさらさらとした茶髪を持ち、一般的に見ても綺麗な部類に入るであろう外見である。

夜の街を歩く一人の少女を、男たちが狙わないわけはなかった。

「おお、子供か、なんでこんなとこに?」

「しらねえよ、だがやっちまおうぜ」

男たちが群がってくる。少女は懐に忍ばせた短剣を出そうとし、失敗した。恐怖で手が震えて掴めない。

少女は両親を失った怒りで冷静さをなくしていた。こうして男たちに囲まれてやっと平常心に戻った。

(ああ、どうして・・・・・・)

少女は自身の浅はかな行動を呪った。男たちの数は五人。とても、敵いそうにない。逃げようにも、ここは知らない場所だ。男たちのテリトリーであろうここで、無事に済むとは思えない。

震える少女に笑いながら男たちが近づく。そして、男たちが少女の纏う服とズボンを引き千切ろうとした時、それは現れた。

「やめなさい」

美しい声が、夜の街に響いた。この場には似つかわしくない、落ち着いた声。その声の方向を男たちと少女は見る。そこに立っていた人物を見て、男たちはさらに欲望に駆られ、少女はより絶望を深くする。

そこに立っているのは、争いとは無縁そうに見える、紅い髪の女性。恐らくアルマとはそう年齢も変わらないであろう女性は、深紅のドレスに包まれている。魅力的な美貌と体を持っていた。

「商売女か、なんだ、お前も混ぜてほしいのか?」

男の一人が笑って言うと、下衆のような笑いを男たちがあげる。

「言ったはずよ、やめなさい、と。さもないと痛い目に合うわよ」

女性は静かにそう言い、男たちを睨む。男たちは白けたような表情になる。

「何言ってんだ、この女。美人でも頭はよええのか?まあいい、やっちまうか」

「私のことは言いから・・・・」

逃げて、と言おうとしたアルマの口を二人の男が塞ぐと、三人の男が紅い髪の女性に向かっていく。

男たちを見て、紅い髪の少女は笑う。アルマはそれを見た。彼女の顔には、余裕すら浮かんでいた。

男たちのうち、最初の一人を難なく避けると、その顔に何かを振りかける。男は喉を抑えると、突然血にしゃがみ込み、吐き出す。二人の男は何事か、と見ながらも紅い髪の少女を抑えようとする。そんな男の一人に右手を突き出す少女。その華奢な指は寸分たがわず男の両目を潰す。血と白い何かが混じった液体が男の両目から流れる。

「うああああああああああ」

「て、めええ」

三人目の男の膝を少女が蹴る。ヒールの踵が男の膝に当たると、男は叫んで血に伏す。まるで、ひざの骨が砕けたかのように。

三人の男がうずくまる中、少女はアルマを抑える二人の男に向かってくる。

「おい、こいつがどうなってもいいのか?」

男の一人がナイフをアルマに向ける。アルマの目からはたまった涙が一筋零れる。

「さあ、こっちに来い、お前はめちゃくちゃに犯して・・・・・・・・・・」

そう言ってもう一人が近づくと、少女は男に抱きつく。そしてその首を噛む。

「なにぃ?」

男たちが疑問に思う。そして噛まれた男は少女を引きはがし、押し倒す。、

「何してえんだよ、お前」

「こうしたいのよ」

そう言った瞬間、男の身体から急に力がなくなる。そして押し倒していた男の股間を思い切り少女は蹴り上げると、その下から滑り出て男の背中をヒールで砕く。

「か、は」

男は気絶してそこに倒れる。四人いた仲間を倒した少女を見て、男はナイフを紅い髪の少女に向ける。

「なんだ、なんなんだ、お前!?」

「彼女を離しなさい」

「お前、なんなんだよ!!」

男は興奮して叫んでいる。少女は話が無駄と分かるとゆっくりと男に近づく。

「来るな!」

少女は静かに、男に近寄ると、素早くスカートを翻す。スカートの中のガーターベルトには数本のナイフが皮の鞘に入っているのを、アルマは見た。少女はそのうちの一本を引き抜くと、男のナイフを弾き飛ばす。

男の頬に一筋の切れ目が浮かび、血が零れる。

「・・・・・・・!!?」

「さあ、行きなさい」

少女が有無を言わさず言うと、男は一人、惨めに逃げていく。四人の仲間を残して。

少女はアルマを起こすと、アルマの目元をぬぐう。

「怪我はないかしら」

「は、はい」

アルマは目元をぬぐって言う。目の前の紅い髪の女性は穏やかな笑みを浮かべてアルマを見た。

「何か事情があってここにいるのでしょう?近くにいい店があるの、そこで少しお話しましょうか?」

「え、でも、この人たちは・・・・・・・?」

アルマが指をさすと、女性は肩を竦める。

「いいわ、どうせ朝にはさっきのお仲間さんが持って帰るでしょうしね。さ、行きましょう」

女性はアルマの手をやさしく握ると歩き出す。アルマは慌てながらも、女性に聞く。

「あの、私、アルマ・・・・・・・アルマ・ミーガンです。あなたの名前は・・・・・・・?」

アルマの問いに、紅い髪の女性はその薔薇のように鮮やかな髪をなびかせて言った。

「ヴェルベット・ローズよ」


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