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VENGEANCE  作者: 七鏡
VENGEANCE―HUNTING―
22/87

20

夜の街を歩くヴェルベット。彼女が歩くのは人気のない暗い道で、人の気配は感じない。彼女の今日の獲物は巷で有名な詐欺師の男である。この男は何軒もの家族を陥れたが、証拠不十分ということで憲兵の手を逃れてきた。つい先日、借金苦によって一家心中が起こった。このほかにも、多くの家族が自殺一歩手前の心理状況に追い込まれていた。

ヴェルベットは詐欺師を殺し、彼らから奪い取った金の一部でもいいから取り返そうと思っていた。

ヴェルベットが男の家にたどり着くと、鍵穴に針金を通し、鍵を開ける。そして音を立てずに家の中に入る。一人暮らしの男の家にしては大きい。おそらく、巻き取った金で作られたのだろう。内部も豪華絢爛、といった様相であった。

ヴェルベットは男が寝ているであろう二階の寝室の扉を開ける。片手にはナイフを持ち、彼女は素早く寝台により、男を見た。そして彼女は驚いた。

男はすでに絶命していた。その喉元には一本の矢が刺さっており、寝室の窓ガラスが割れていた。何者かによる狙撃。それもかなりの腕前であろう。男の死体を触るとまだかすかに温かさが残っている。まだ、死んで時間は経っていない。

そう判断したヴェルベットは窓をカーテンで覆うと、すぐさま周囲を警戒する。

(もしや、家の中に?)

彼女の素早い行動。優雅な動きで無駄なく動く彼女に、暗闇の中からそれを称賛するかのような拍手が贈られる。ヴェルベットはその方向を見る。気配を全く感じさせない相手を暗がりの先に見た。

「見事だな、さすがは『VENGEANCE』、といったところか」

「何者?」

ヴェルベットは明りの少ない中、ナイフを構えて暗がりに声を上げる。

暗がりから一人の男が現れる。全身ははっきりしないが、その顔ははっきりと見えた。金色の短髪で、その精悍な顔には小さな傷がところどころある。野性に満ちたその表情と瞳はまるで猛禽類のような印象を受けさせる。彼の手には弓が握られていた。ヴェルベットは悟る。この男が、彼女の敵を殺したのだ、と。

「何が目的かしら?」

ヴェルベットは油断なくナイフを構え言う。

「なぜ、私がこの男を狙うと?」

「勘だ」

男はニヤリと笑い、ヴェルベットを見る。

「俺の勘はよく当たってな、今回もドンピシャだった、それだけさ」

「そう、それでもう一回聞くわ。何が目的?」

「お前だよ、『VENGEANCE』」

男は鋭い目で紅い髪の死神を見る。ヴェルベットはその背に悪寒を感じながらも、顔には出さずに男を見る。男の顔には余裕が感じられる。

「俺はこの街のクズたちから依頼されてお前を狩りに来た」

「そう、でもなぜかしら、あなたは私を殺す気はないようね」

ヴェルベットが言うと、男はフッと笑う。

「今日はな。今日はお前にメッセージを伝えに来ただけだからな」

「そう」

「ああ、お前を狩る狩人の存在を、な」

「いいのかしら、私はあなたを殺すかもしれないのよ?」

「ふん、強気な女も悪くない」

男はそう言うと、ヴェルベットの顎を掴む。すかさず少女のナイフが襲いくるが、男はそれを払うと強引に少女の唇を奪った。

少女は男を突き飛ばすと、袖から数本の針を取り出し、投げつける。だが男は針を片手の指の間にそれぞれ挟み、防ぐ。

「怖い怖い、綺麗な薔薇には棘があるとは本当だったなあ!こんな女初めて見るよ」

「それは、光栄ね!」

少女は二本目のナイフを取り出し振るう。男は弓でそれを受け流し、少女の腕を抑える。少女のナイフは男の首の近くで静止する。

「獲物が強いほど、狩り甲斐がある」

「・・・・・・・・っ」

ヴェルベットの顔に焦りが生まれる。違う。あまりにも違いすぎる。今まで彼女が殺してきた者たちとは違う。この男は彼女と同じく、「狩る」側の人間。「狩られる」存在ではない。

「だが、今日はまだ狩らない。俺は準備万端だが、お前はそうではない。狩人は万全の獲物と対峙して狩ることを信念とするからだ」

「くだらない、男の信念ね」

「だが、そのおかげでお前は生きられる」

男の目が少女の瞳を覗き込む。

「さあ、あがいて見せろ、『VENGEANCE』。そして俺に見せてくれ、お前の持つすべてを」

男は少女を突き放すと、割れた窓ガラスを叩き落とし、その窓から飛び降りる。

ヴェルベットは窓から身を乗り出し、地上に落ちる男を見た。

「俺を畏れよ、そして俺を楽しませろ。俺の名は『HAWKEYE』!お前を狩る男だ」

そして男は走り去る。ヴェルベットは毒針を投げつけようとしたが、その姿はすでに闇に紛れ、消え失せていた。

「厄介な相手ね」

キースの言っていた彼女を狙う殺し屋。そのあまりの力に、少女は恐怖を抱いた。少女は絶命した男の死体を見ると、その部屋を去った。目的はなくなった。あとは奪われた金を取り戻し、男にだまされた人々に返すくらいだ。少女はナイフをしまうと、家の中の捜索に乗り出した。




翌日。ヴェルベットは店にやってきたキースに昨晩の出来事を話す。キースは珍しく笑みを浮かべずに真剣な顔でヴェルベットを見た。

「それは、厄介な相手に目をつけられたな」

「やはり、名前の知れた殺し屋?」

ヴェルベットが問うと、キースは頷く。

「殺し屋というよりは傭兵、だな」

「傭兵?」

「ああ、数年前の戦争でも参加した一流の戦士『HAWKEYE』。本名、出生など多くのことが穴だらけの人物。その弓矢から逃れられる者はいない、とまで言われていたほどの弓の名手。彼の放った矢が、戦争のきっかけとなった」

「・・・・・・・・」

「我が国と相手国の和平派の会談で和平派のリーダーを暗殺、さらに我が国の犯行に仕立て上げ、戦争へと突入させた。我が国の要人の暗殺など、我が国に大きな損害をもたらした。数年前の戦争終結数週間前に身をくらませ、行方不明となったが、まさかな」

キースが唸る。王都にいる犯罪者たちがどのようにして彼を見つけたのかを不思議に思っている様子であった。」

「金で動く、というよりも強者との戦いを求めて戦う男のようだ。傭兵でありながら、雇い主の命令を聞かず、時として味方すら殺したという噂もある。危険な相手だよ」

「それは昨夜のうちにわかっていたわ」

ヴェルベットはそう言い、ナイフと毒針を出す。

「すべて防がれたわ。あの狩人は、私をよく調べているわ。私の使う手段を知っている」

「彼は狩人だからな。獲物の情報は事前に調べつくしているんだろう」

「私の正体を見破っていたのかしら?」

ヴェルベットの顔を見ても、男は一切驚かず、むしろ知っているような様子であった。

「君の放つ気配は、彼の目を引き付けるには十分だったんだろう」

キースが肩を竦めて言う。ヴェルベットは沈黙する。

「しばらくは、館から出るのは控えたほうがいい」

キースはそう言うと、少女の肩を抱く。

「君も、こんなところで死ねないだろう?」

「ええ、そうね」

ヴェルベットがそう言うと、キースは彼女を寝台の上に優しく押し倒す。

ヴェルベットは自身の肌を貪るキースではなく、あの強い眼差しの狩人を思い、静かに闘志を燃やす。

たとえ誰であろうと、彼女の復讐を止められない。宣戦布告されて黙っていられるような『VENGEANCE』ではない。彼は狩人だろう、だが、彼女は『狩われる』者ではない。彼女もまた『狩る』者だ。

少女の瞳の強い眼光を見て、キースは静かに笑う。





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