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VENGEANCE  作者: 七鏡
VENGEANCE―HUNTING―
21/87

19

ヴェルベットは今や娼館でもトップクラスの稼ぎ頭であり、その多少の我儘をハボックも聞かざるを得ない。ヴェルベットはエリスとともに休日を勝ち取ると意気揚々と自身の部屋へと向かっていく。その背を見てハボックは戸惑う。

「まったく、見てくれだけの女と思って拾ったのに、とんだ女狐だよ」

ハボックはそう言い、ため息をつく。とはいえ、今のところはハボックの思うままに動いてくれている。このままどこかに引き抜かれたりしなければいいが、とハボックは思う。常連の一人、キース・ウェルナーは特に彼女に目をかけているし、ほかの客も同様だ。ヴェストパーレ伯も何かと彼女のことを聞いてくる。前いた稼ぎ頭のモイラの抜けた穴を埋めるヴェルベットを手放すことは考えられない。せめてあと数年は手元に置いておきたい、というのがハボックの心中であった。


「エリス、出かけるわよ」

エリスの部屋に入り、ヴェルベットはそう言った。その恰好は紅いワンピースであり、彼女の魅力を引き立てている。エリスは簡素な服に身を包み、ヴェルベットを見る。いささか呆けて彼女は言った。

「よくお許しが出ましたね」

「そりゃあ懇切丁寧に『お願い』したもの」

「・・・・・・・・・脅したんですか?」

「いいえ、お出かけしないと気分が悪くて仕事ができない、って言ったまでよ」

ヴェルベットが何気なく言う。実際はもっといろいろ言ったのだろうとエリスは思ったがそれは言わなかった。エリスは素直にヴェルベットの言うことを聞き、外用の服へと着替え始める。それを見て紅い髪の少女は満足げに微笑んだ。


陽光の下、二人の少女は街の中を歩く。王都は常に人であふれており、この日も例外ではない。

「キャシーさんに会うのも久しぶりですね」

「そうね」

一か月ほど前の事件で娼館から出ていったキャシーを思い浮かべ、二人は言う。その後キャシーは孤児院に住み込み、近くにあった菓子店に務めているらしい。思えば彼女は菓子好きで、小さいころは菓子職人になりたいと言っていた。今はまだ販売だけだが、少しずつ菓子作りをやっているらしい。

今日はエリスと二人でその店を訪ねるつもりであった。無論、キャシーには内緒で、だ。

そうして彼女たちが歩いていると、見慣れない二人組の男が彼女たちの前に立つ。周囲の人たちはそれを見ても助けようとはしない。その二人を畏れているからだ。二人は傭兵崩れの格好をしており、腰には鞘に収まった剣があった。

「おい、姉ちゃん、付き合ってくんねえか?」

男の一人が言う。だが、ヴェルベットは怯えるエリスの手を引き、男を無視する。

「おい、聞いてんのか?」

男の一人がそう言いエリスの肩に触れる。その瞬間ヴェルベットが男の腕を振り払う。そして、いう。

「あっちで一人で遊んでいなさい」

そう言って男の顔に手を振る。すると男の芽が据わり、男が言った。

「そうする」

「おい?」

もう一人の男が困惑し、相棒を見る。相棒は虚ろな目で人ごみの中に消えていく。男はヴェルベットの顔と去りゆく相棒を顔を振ってみる。そして、相棒の後を追ってその場から立ち去る。さすがに、人の注意を引きすぎたし、人の視線に一人でいられるほど、心が強いわけでもなかった。それに、声をかけた少女が何かしたのではないか、と察していた。深入りは禁物だ、と。

ヴェルベットは何事もなかったようにエリスとともに歩く。ヴェルベットは服の袖から小さな髪を取り出すと、近くにあったゴミ集積場に投げ捨てた。

二人の少女の背を見ながら、ひとりの男が集積場の前に来る。そして、紅い髪の少女の捨てた紙を拾う。

「ほう、催眠用の薬、か」

男は呟くと、紅い髪の少女を見た。

紅い髪の少女が視線に気づいたのか、振り返る。だが、特に何も見つけなかったのか、すぐに前を向くと歩き去った。

男はニヤリと笑い、紅い髪の少女を見送った。独特の雰囲気、扇情の、死の匂いを撒き散らすその少女を見て狩人は笑った。

「楽しい狩りになりそうだなぁ」



キャシーは店の中で菓子の包装を整え、棚に並べている最中であった。

店の先のベルが鳴り、人が入ってくるとキャシーは振り返りながら言った。

「いらっしゃいませ!」

そして、二人の親友を見ると目を見開いて一瞬固まる。

「ヴェル、エリス・・・・・・・」

「来ちゃいました」

「なかなかお洒落なお店ね」

エリスがキャシーに笑みを浮かべて言う。ヴェルベットは店の内装を見て感想を漏らす。

「二人とも、どうして?」

「キャシーさんのお店に行きたいなあ、って話していたんですよ」

「でも、よく二人して抜け出せれたね」

キャシーが言うとエリスが苦笑する。

「あはは、ヴェルベットさんが、まあ、その」

「ああ、脅したのね」

「いいえ、『お願い』しただけよ」

ヴェルベットが何でもないように言う。そんな少女の様子に二人の親友が苦笑した。

「ヴェルらしいわね」

少女たちが話していると、店の奥から一人の男性が出てくる。

「おや、キャシー君、友達かい?」

「あ、はい、店長」

キャシーが店長と呼んだ三十近い男性は少女たちを見て穏やかに笑った。

「いらっしゃいませ、狭い店ですがごゆっくり」

「いえいえ、とてもいい内装ですし、お菓子もいろいろと工夫がなされているようですね。気に入りましたわ」

ヴェルベットがそう評すると、男性は丁寧に頭を下げる。

「これはこれは、お褒めいただき光栄です。ああ、あと、キャシー君、休憩してくれていいよ」

「え、でも」

「君は十分働いているし、せっかくお友達が来ているんだから。まあ、少しぐらいは、ね?」

「・・・・・・・ありがとうございます」

「いいよ、そんなに頭を下げなくても」

キャシーの態度に、笑って男性は応えた。

「さ、テーブルに座っていなさい。私のお勧めを持っていくから、それまでお話でも」

そう言って男性は奥の部屋に行く。キャシーは二人をテーブルに案内して座る。

「いい人ね」

「うん、とても、ね・・・・・・・」

キャシーの顔はどこか熱っぽい。ヴェルベットはそれに気づくと微笑を浮かべてキャシーを見る。

「好きなのね、あの人が」

「え、ええ!?」

キャシーが驚き、紅い髪の少女を見た。エリスも驚きの目でキャシーを見る。

「態度で分かるわよ、キャシー」

「そ、そうかな」

「ええ、でも、素敵なことだわ。キャシー、がんばってね」

ヴェルベットは優しく微笑むとそう言う。キャシーはぽかんとしてヴェルベットを見ると、笑って頷く。

「ありがとう、ヴェルベット」


三人の会話は夕日が沈むころまで続いた。少女たちの仲睦まじく会話するのを、店長が見守っていた。

あの事件の傷を癒し、新たな一歩を踏み出した友人を祝福し、ヴェルベットは優雅に微笑む。その光景は、かつて彼女が失った、あの日々のようであった。満たされる感情。それを確実に感じながら、ヴェルベットは笑う。


店を閉めると、キャシーは二人とともに孤児院までの道を共にした。孤児院の前でキャシーは二人から離れてその門の前に立つ。

「今日は楽しかったよ、二人とも」

「私もです、キャシーさん!」

エリスが元気よく言うと、キャシーも笑った。

「キャシー、今、幸せ?」

ヴェルベットが問うと、迷いなくキャシーは頷いた。

「うん、とても・・・・・・・!」

「そう、よかったわ。またいつか、お店に行くわ。その時までに、あなたも一人前の菓子職人になりなさい?」

「ええ、ありがとう、ヴェル。二人には、真っ先に私のお客さん一号二号になってもらうからね」

「楽しみにしてます、キャシーさん」

「じゃあ、私たちはいくわ。おやすみ、キャシー」

「おやすみ、ヴェル、エリス。また今度」

手を振り孤児院の中に消えるキャシー。エリスを伴い、ヴェルベットは自分たちのいるべき場所へと戻っていくのだった。


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