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王都は国の中心であり、その繁栄は他国から注目され、多くの貴族や商人がその繁栄にあやかろうと国内外からやってくる。そこには輝かしい栄光と夢がある一方で、同じ位の闇を抱えている。光あるところ闇があり、犯罪がある。憲兵たちと言えども、その闇に容易に踏み込むことはできず、法というものが逆に足かせとなることも珍しくはなかった。王都において大きな力を持つ犯罪者やバックボーンの貴族たちは、その栄華の下、私腹を肥やし続けていた。
だが、数か月前、その犯罪者たちの世界は大きく揺れ動いた。
突如現れた復讐の女神『VENGEANCE』による連続殺人事件。鮮血に塗れた美しき女復讐者の噂は闇の世界に一気に広がった。
彼女は一つの犯罪者グループを消した。元締めの貴族や構成員をいとも容易く、残虐に処刑したのだ。
現場に『VENGEANCE』という被害者の血で書かれた文字が残されることから、その名で呼ばれている。その全貌は計り知れず、憲兵の調査でもまったく身元は掴めなかった。
一連の事件の後も、復讐の女神の『復讐』は度々起き、大物・小物問わずに処刑されていった。
闇の住人は彼女を畏れ、彼らに虐げられた力なき市民はそんな彼女をある種、英雄のように見ていた。法に代わって悪を打つ死神。人々の間に彼女の噂は広がり、犯罪者たちはその身を震わせ、闇の中にうずくまる。
王都の状況は数か月で一転した。のさばっていた犯罪者の大半は身を隠し、スラム街や路地裏などの危険地帯の治安は格段に良くなっていた。
それでも、闇が完全に廃れはしない。
月明かりの下、一人の少女は笑う。復讐の声が彼女を呼ぶ。強い怨嗟の声、悲嘆、涙、そして、祈り。
それを聞くと少女は紅い髪を風になびかせ、大胆に背中を出したドレスを身にまとい、夜の街へと歩き出す。美しき彼女はその身に似合わぬ、膨大な殺意を纏っていた。
今夜も、血による復讐が行われるのだ。美しき一人の復讐者によって。
王都の西側は繁華街であり、豪華で華美な建物が多くある。貴族の邸宅や高級商店、銀行施設、高級娼館があり、少し道を外れると、追剥や浮浪者がいる。そんな場所である。
そこに立つ一つの大きな屋敷。そこは高級娼館であり、多くの貴族が御用達の場所だ。
そんな娼館に務める一人の少女がいる。少女の名はヴェルベット。十六歳の成人を数か月前に終え、オーナーであるハボックに拾われてこの館にやってきた、紅い髪の少女。美しく、底知れない魅力を持つ少女は、今ではこの店でも一、二を争う稼ぎ手となっていた。
そんな少女こそが復讐の女神『VENGEANCE』であると知る者はいない。例外的に彼女に親しい数人がその正体を知るのみである。
彼女は十六歳の誕生日に両親と領民たちを殺され、自身も深い傷を負った。九人の男たちとその背後にいる者に復讐を誓った少女。それが彼女が『VENGEANCE』となるきっかけであった。
仇の一人は殺したものの、未だ残りの八人とその背後関係は掴めていない。彼女は毎晩悪夢を見る。あの日の惨劇を。復讐を終えるまで、彼女がその悪夢を消し去ることはないだろう。
その少女は今、一人の青年の屋敷にいた。豪華な寝室の寝台に隣り合って寝そべる二人。青年は少女の髪をいじりながら言った。
「本当に鮮やかな紅い髪だな」
「それはどうも」
笑いながら言う青年に、無表情で礼を言うヴェルベット。青年はそれにおかしそうに笑う。
青年の名はキース・ウェルナー。若き伯爵であり、『VENGEANCE』の最大の協力者。その正体は現国王の息子で第一皇子だが、それはヴェルベットやほかの貴族すら知らぬことである。ヴェルベットは彼のことを疑いながらも、彼を利用していた。彼はそんなヴェルベットに何も求めない。求めるとしたら、それは彼女の肉体と彼女がもたらす「愉快な」事件だけであった。
「それはそうと、気を付けたほうがいいよ」
キースが突然その目を鋭くして少女に言う。
「どうやらある犯罪者一味が殺し屋を雇ったらしくてね、君を殺すための」
「へえ」
少女は不敵に笑い、キースの胸に寄り添う。二人の顔が接触しそうなほどの距離で止まる。
「結構名の知れた殺し屋で、数年前の戦争では王国の敵として雇われていたようでね」
「そんな男が私ごとき小娘相手に?」
「それだけ、彼らは追い込まれているってことさ」
キースはそう言い、ヴェルベットの唇に己のそれをつける。はた目から見れば、情熱的なそれだが、当人たちは冷めた感情でそれを行っていた。
「まだまだ君には期待しているんだ、こんなところで死なないでね」
「安心しなさいな、キース。私も」
そう言い、少女の目に炎が宿る。
「まだ果たさなければならないことがあるもの」
王都の端のスラム街。栄光に満ちた王都中心部と比べるとさびれた場所の一角で男たちが集まっていた。いずれもこの周辺を支配する犯罪者の元締めやリーダーたちである。彼らは彼らを刈り取ろうとする死神を畏れていた。そのため、ある手段をとることにした。王国の敵であった国に仕え、戦時中幾度も王国軍を危機に陥れた傭兵を呼び、死神を狩ることを。
「死神には死神を、ってか」
フードで顔を隠した若い男がそう言い男たちを見回す。男たちはそのフードの奥の眼光に怯みながら言う。
「金は払った。奴の知りうる情報もすっべて伝えたとおりだ。やってくれるな?」
「いいぜ、やってやるよ」
男はそう言い、嗤った。
「だが、あんたらのためじゃねえ。これは俺自身のためだ」
狩人は強い得物を前にすると燃え上がる。救いがたい狩人の本性を、男は笑う。だが、そのスリルはたまらない。男が戦う理由は、金でもなんでもない。ただ「戦う」、それだけだ。
「にしても相手が女とはねえ」
「女といって油断するな、こっちは何人も殺されたんだ!ほかの組は壊滅してるところもある!」
「わかったわかった」
男はそう言い、男たちをなだめる。そんな狩人を見て、ひとりの男が言う。
「本当にこんなやつで殺せるのか?」
そう言った男をちらりと見ると、狩人は背に持っていた弓を構え、矢を射る。それは一瞬であった。
放たれた矢は男の頬をかすめ、背後の壁に突き刺さった。
「これで、俺の腕はわかってくれたか?」
狩人は笑って男に言う。だが、その目は鋭く、狩人そのものという眼であった。男は震えながら頷くと、その口を閉じる。
「よぅし、それじゃあ、今夜から狩りを開始する」
「頼むぞ」
「へいへい、金の分の働きはしてやるよ」
狩人がその場から去ると男たちは安どのため息を吐く。
「まったく、恐ろしい男だ」
「だが、これで『VENGEANCE』は・・・・・・・・・」
「ああ、消えるだろうな」
男たちは冷や汗を拭い、欲望に満ちた顔で笑う。
「我々の時代が再び来る。そのために、復讐の女神には消えてもらわねばな・・・・・・・・・」




