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VENGEANCE  作者: 七鏡
BIRTH OF VENGEANCE
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プロローグ

無邪気に生きていたあの頃、私はまだ、憎しみも負の感情とも無縁であった。

地方領主の一人娘であった私は、両親や使用人、領地の民から愛情を注がれた。決して裕福とは言えない生活。名ばかり貴族ではあったが、不満はなかった。畑仕事をして、子供らしく外で遊んだ。男の子に交じって野を駆け巡った。

年頃になっても幼少期のお転婆の残る私だったが、皆私を温かく見守ってくれていた。

そんな日常に私は満足していた。それ以上を望まず、ただただこの時間が続くこと、それが私のささやかな願いであった。

しかし、それは世間知らずの娘が抱く、幻想でしかなかったのだ。


私が十六の誕生日を迎えた日、領地は軽いお祭り状態であった。祝い事を、領民全てが楽しみ、笑い合っていた。愛すべき領主の娘の成人の祝い。幸福を感じた。

だが、突如、祭りは終焉を迎えた。

祭に紛れ込んでいた賊が、街に火をつけ、略奪の限りを尽くしたのだ。

後で知ったことだが、賊はさる大貴族の回し者であったようだ。この地域は貧しいながらも、作物の取れる肥沃な大地であった。それを手に入れるために邪魔だった、そうよくある話だ。

でも、当時の私がそんなことを知ることはなかった。使用人たちが身を盾にして私を守る。そして、両親のいる屋敷へと命を懸けて逃がしてくれた。屋敷に行けば、領主を守る兵がいる。そうすれば、領主の娘は助かる。彼らはそう考えた。

必死で走った。後ろは見ない。見れなかった。昨日まで一緒だった人々の死に顔。それを視たくなかった。認めたくなかった。

(どうして、どうして・・・・・・・!)

奔った。家へ、屋敷へ。そしてそれが見えた時、娘は安堵する。

「お父様、お母様!」

そして、両親の名を呼び、危機を知らせる。そんな勢いで入った娘が見たものは。


八人の男たちに嬲り殺しに会う、敬愛すべき父親と無残に命を奪われた美しき母の姿であった。

美しい母は、涙の跡があった。抵抗の跡があった。無理矢理、尊厳を奪われたのだ。ドレスは乱れ、床には男たちの欲望の跡があった。

逞しい父は、両手両足を切り落とされていた。そして、じわじわとその命を散らしていた。私が見た時、父はすでに虫の息であった。

呆然とする娘の姿を認め、八人は私を見た。

「ほう、これがこの領地の珠玉と言われた娘か」

男たちが舌なめずりする。私は後ろに下がる。よろよろと、力なく。

「来ないで」

そして走って逃げようとした私の背後から、何者かが私を押さえつけた。

「!?」

「そう嫌がるなよ、お嬢ちゃん」

九人目の賊が私の耳元でささやいた。ゆっくりと、悪魔の呟きを。

「さぁ、俺たちと楽しもうぜ、お嬢ちゃん」

欲望にぎらつく瞳。それが私を見た。私は君敷かれる。そこに、男たちは群がってくる。その目に狂喜を宿らせて。

そして、私の悪夢は始まった。

終わりの見えないそれに、私の心は耐えきれなかった。泣き叫び、助けを求める。だが、そんなものはない。悪夢の饗宴は無限の時間に感じた。そのうちに、私は意識を失った。


次に目覚めた時、私が見たのは、一面炎に包まれる屋敷の居間であった。私はよろよろと立ちあがる。全身は痛み、不快な穢れに吐き気を覚えた。だが、私はそれよりも生きようとした。ただ必死に。

両親の死体を見る。無残なそれを、きちんと葬りたかった。だが、それすらできない。

私はただ、逃げた。炎に飲まれる、我が家を見捨てて。

闇の中へと駆け出す。光は後方の炎のみ。いつもいた人々はもはやいない。生き残ったのは、小さな小娘ひとりであった。


こうして、私の育った故郷は滅んだ。小さな一地方領の悲劇は、国中に知られた。

だが、それに対する反応は、淡白なものであった。

私は絶望した。私の幸福も、あそこにいた人たちの命も、全てが軽いのだ。他人のことなど、人々は気にもしない。自分の周り以外は気にしない、それが人の性。

私は現実を知った。そして、私の無邪気な夢は崩れ去った。

私は誓った。私の幸福を奪った者たちへの復讐を。彼らの犯した罪の償いを、死んでいった者たちに代わりさせることを。

九人の男たちの顔は深く、心に刻まれている。自身を穢した、欲望に満ちたその顔を、私は忘れない。

どれほどの月日が経とうとも、私の中から消えはしなかった。



私は当てもなく彷徨った。森に入る。食べるものがほしかった。空腹。それは今までは無縁であった。

身体は汚れ、服はその原形をとどめない。

涙は出ない。もう枯れてしまった。私が鳴くことは、二度とないと思うほどに。

森の泉で水浴びをし、大きな木の根元に寝込む。裸の身に、服だったものを身にまとうだけ。

動物の目を恐れ、明りとなる火はつけられなかった。完全な眠りにつくことも許されなかった。

私はそうして夜を過ごした。


朝日が眩しい。目は重い。光がひどく、鬱陶しく思う。昨日までなら、私は無邪気に朝の到来を喜んだろう。

私は動き出す。そうしなければ、心が折れそうだった。私は森を抜け、街道に出る。

この格好で街道に出るなど、正気ではないだろう。だが、私に選べる手段はなかった。

私は運が良かった。たまたま通りがかった行商が私を見つけたからだ。私は言った。賊に襲われ、すべてなくした。親兄弟も死んでどうしようもない、と。

商人は心配そうな顔をしていた。だが、私にはわかった。その顔は、瞳は、あの男たちと同じ、欲望を映し出していたからだ。

商人は私を歓迎した。ちょうどいい玩具を見つけた風に。私は無邪気に感謝するふりをした。そして、心の奥底で暗い笑みを浮かべた。

そうだ、こいつを利用してやろう。利用して、奴らを見つけ出す。何としても。そして、購わせるのだ。

奴らの犯した罪を。

そのためなら、この身は惜しくない。奴らに復讐さえできたらそれでいい。

商人は厚い毛布を少女にかけ、馬車へと促す。そして、少女に聞いた。

「お嬢ちゃん、名前は?」

私は言う。

「ヴェルベット」

血のように鮮やかな紅い髪を揺らして、私は告げた。

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