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VENGEANCE  作者: 七鏡
BIRTH OF VENGEANCE
18/87

16

孤児院を訪ねたヴェルベットだが、キャシーは不在であった。キャシーは子供たちと話しながらキャシーの帰りを待つ。しかし、キャシーが買い物に出てすでに五時間以上が経過していた。

キャシーが帰らないことを不審に思ったヴェルベットは、キャシーの足取りをたどったがそれもわからなかった。そのため、犯罪に巻き込まれたのでは、と思い路地裏に足を向けた。彼女の中で嫌な予感がしていた。

路地裏はあまり人がいなかった。その中で起きていたものが一人いた。ヴェルベットはその近くにいた年老いた浮浪者に声をかける。

「今日、青い髪の女の子を視なかったかしら?」

「・・・・・・・・・」

男の目がじっとヴェルベットを見る。

「そう、ならこれでどうかしら」

そう言ってヴェルベットは銀貨二枚を取り出し男に投げ渡す。男はそれを掴むと、ヴェルベットに言う。

「あっちのスラムの闇金どものねぐら、そこにいると思うよ。男二人が無理やり引っ張っていたよ、あれは今頃は・・・・・・・・・」

老人は口を閉ざす。目の前の少女が今にも人を殺しかねない殺気を身にまとっていたからだ。

「そう、ありがとう、おじいさん」

少女はそう言い笑った。美しいはずのその顔が、なぜか老人には恐ろしいものに見えた。少女は路地裏の、さらに治安の悪い場所を進んでいく。老人はその背を見送ると、そそくさとその場を去った。

銀貨二枚があれば、二週間は暮らせる。今日くらい、豪華な食事をしてもいいかもしれない。

そう考えて、少女のことをすっかり忘れようとするが、彼女の奥底の見えない憎しみの瞳を忘れることはしばらくなさそうだ。



ヴェルベットはスラムの方へと急いでいた。そんな少女を数人の男たちが取り囲む。皆、欲望に顔をゆがませていた。

「おう、キレイナ嬢ちゃん、一緒に楽しいことしないかぁ?」

男の一人が笑いながら言う。ほかの男たちもげらげらと笑う。だが、ヴェルベットは冷たい目で男たちを見まわして言った。

「悪いけど、あなたたちのようなクズと遊んでいる暇はないの」

「んだと、このアマぁ!!」

キレた男の一人がヴェルベットを乱暴に押し倒そうと手を伸ばす。ヴェルベットは自分の方に触れようとしたその手を払うと、素早くスカートの中へと手を滑らせナイフを取り出す。そしてそれを男の手に振りかざした。

男の絶叫が響いた。男は手を抑える。血が噴き出ていた。男の手からは親指を除く、四本の指がきれいに切断されていた。ヴェルベットはお横の落ちた指を踏み潰し、男たちをにらむ。

「て、てめえ・・・・・・・」

「指、俺のゆびぃ・・・・・・・」

碇に燃える男たちと、泣き叫ぶ男。それぞれ手にナイフを持ち、この少女を痛めつけてやろうと、思っていた。

「俺らに盾つくたぁいい度胸だな、女の分際で!お前を傷つけて、女に生まれたことを後悔させてやる!」

「そうだなあ、ヒイヒイ言って俺らにおねだりする雌豚に調教してやろうか?」

「そりゃいい」

男たちが少女を見て、欲望を口にする。少女は顔色を変えずに彼らを見た。

「どいてくれない、急いでいるのよ」

「んだよ、焦るなよ」

そう言った男の喉元にナイフが刺さる。ヴェルベットがスカートから取り出し投げたもう一本のナイフであった。

「死にたくないなら、どきなさい」

美しくよく通る声で少女は告げた。それは、死の宣告のように男たちの中を駆ける。男たちは震えだす。

この少女は異常だ。今まで彼らが屈服させ、蹂躙してきた女たちとは違う。そんな思いが過ぎる。

「な、なんだと、このぉ!」

男が震えながら少女に走っていく。仲間の制止も聞かずに男は少女に近づいていく。少女はそんな男を妖艶な瞳で見るとその唇に口づけるる。

「!?」

突然のことに驚く男。ヴェルベットは男の手を払い、ナイフを落とさせるとにやりと笑う。

数秒後、男の体が震え、崩れ落ちる。仲間たちが男を見た。痙攣していた男の身体は数十秒それを続けた後、ふと動かなくなる。口からは大量の泡が噴き出ていた。

「本望でしょ、最期に私と口づけできて」

少女が言う。男たちは恐怖に目を見開くと、少女に背を向けて逃げ出す。傷ついた男も手を抑えながら消えていく。後に残ったのは二つの死体と少女だけである。

「とんだ時間の無駄を食らったわね」

ヴェルベットは自身のナイフを男の喉から引き抜いて、男の服で血を拭う。

「『VENGEANCE』と書いていきたいけど時間が惜しいわ」

少女は死体に目もくれずに歩き出す。目的の場所はもう近い。

(無事でいて、キャシー)

そう思いながら少女の中では怒りの感情が湧きあがっていた。

(もし、キャシーに何かあれば)

二人の男を思い浮かべ、ヴェルベットは唇をかむ。

(貴様らを、これ以上ない苦しみを与えて嬲り殺しにしてやる)




男が寝台の上で横たわる少女を見る。少女の両目には生気がない。男たちの貯まった欲望に当てられ、少女は立つ気力すらない。その目から涙が零れた。

「死神のせいで娼館にも出歩けなくてあれだったが、助かったぜ」

「まったくだ」

男たちが嗤う。

「そもそも、死神なんていねえんだよ」

「そうだな、俺たちは何におびえてたんだか」

ははは、と男たちが嗤う。そして女をもう一度、己の欲望のはけ口にしようと動いたところで男たちは動きを止める。

大きな音を立てて開かれた扉を見て男たちはそこに立つ人影を見た。

一人の紅い髪の少女がそこに立っていた。

「だれだ、お前?」

「どっかであったかい、嬢ちゃん?」

男たちが訝しんで彼女を見る。少女はそれを無視すると、奥の寝台に力なく倒れる青髪の同僚を見つけた。

「キャシー・・・・・・・」

「ヴェル・・・・・・・・・」

その瞬間、ヴェルベットは悟る。彼女が何をされたのか、を。

ヴェルベットの怒りは限界を超えた。

「なあ、俺たち今から遊ぶとこなんだけど、よければ君も・・・・・・」

「一人じゃあれだからなあ」

「・・・・・れ・・・・・・・・」

男たちが喋るのを遮り、少女が何か言った。

「なんだって?」

男の一人が聞き返す。

「黙れ、と言っている・・・・・・・・!」

紅い髪の少女はそう言った瞬間、服をだらけさせた男たちに向かって走り出す。男たちはズボンをきちんと穿こうとし、急ぐ。だが、少女はそれを待たない。

手前にいた男の手を少女のナイフが切り裂いた。肉が露出し、骨らしき白いものが一瞬見えた。そして少女は男の腹を切り裂く。腸の一部がはみ出る。

「い、ああああああああああああ」

「な、」

もう一人の男が少女を羽交い絞めにしようと迫る。少女はその男の右足を踏みつける。

「!!?」

鋭い一撃。少女の吐くヒールの先端は男の右足を貫き、地面まで縫い付ける。少女は左足も同様に地に縫い付ける。

「い、いてえ!なんだ、これはぁ?!」

「特製のヒールよ、お味はいかがかしら?」

「てめえ、なんの怨みがあって俺らを・・・・・・・・・」

足を縫い付けられた男が怒鳴りつける。もう一人ははみ出た腸を戻そうとあがいていた。

「わかっているはずよ。なぜ、自分たちが殺されるのかを」

「知らねえな、大体お前は一体何もんだ!どこの回し者だ?隣の組か?それとも・・・・・・・」

男の頬をヴェルベットは打つ。男の顔が右にそれる。

「お前たちは私の名前を知っているはずよ」

「しらねえ、いちいちやった女の顔なんざ」

「違うわよ、本当にわからないの?」

少女がおかしそうに笑う。

「私の名前は『VENGEANCE』・・・・・・お前たちを殺す、復讐の代行者よ」

「そうか、てめえが・・・・・・・まさか、本当だったとはな」

男が苦痛にゆがむ顔を無理やり笑みに変えて言う。

「本当に女とはなあ、それもこんな若い女が!俺たちを殺してきたとはなあ!!」

男は笑う。その目からは涙が零れる。

「さあ、殺すんだろう?殺せよ!?」

「ええ、殺すわ」

そう言って少女は男の身体を倒す。ヒールに貫かれた足から血が出る。男は苦痛に顔を歪める。

「あなたを殺す前に」

少女はそう言い、男の両掌をナイフで貫き、地に縫い付ける。

「こっちの男を殺すわ」

そう言って腹を触り、正気を失った男を見る。

「そこでゆっくり見ているといいわ。仲間の死を、自身の辿る運命を、ね」

少女は男に近づくと、その腹の中に手を突っ込む。

「おれの、おれの腹が・・・・・・」

少女は男の腹から内臓を引き出すと、それを力いっぱい引いて引きちぎる。

「ぎゃああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

男の絶叫が響く。身動きの取れない男は仲間の悲鳴を受けて恐怖に身を震わせる。

「さあ、まだ死なせはしないわよ。地獄を見せてあげるわ、極上のね」

復讐の女神の宣告に、男たちは恐怖した。そして生まれて初めて神に祈った。

どうか、安らかな死が訪れますように、と。

だが、神はそれを聞き入れなかった。復讐の女神はそれを赦さない。鮮血のような髪を振り乱し、死神は男の身体をじわじわと解体していく。男を生かしたまま、死なせないように注意を払いながら。

そして時たま、もう一人の男を見て笑う。

『この次はお前だ』

そう言っているかのように見えた。いや、事実そうなのだろう。

男は天上を仰ぎ見た。はやく、この地獄から解放してくれ、と。



彼らの地獄は夜が明けるまで続いた。


後に残ったのは胴体だけとなった、二つの惨殺体と周囲に巻き散らかされた、二人の男の名残のみ。

『VENGEANCE』の地文字が大きく地面に書き残されていた。



復讐はなされた。だが、人々の中に刻まれた傷が癒えることはない。

青い髪の少女を抱きしめ、復讐の女神はその場を後にした。

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