15
シャッハは夜、ヴェルベットのいる娼館の前にいた。
あの後、キース・ウェルナー伯爵を訪ねると、ヴェルベットが犯行時に伯爵邸にいたことを証明した。
しかし、シャッハはそれを信じていない。キース自体が得体の知れない人物であり、憲兵隊にも影響力を持つものである、ということはシャッハも知っている。キース・ウェルナーがヴェルベットの協力者ならば、口裏を合わせることもあるだろう。
シャッハは毎週、この時間帯の夜にはヴェルベットがキースとともに屋敷に行くことを掴んでいた。現に今、館の中からキースと赤毛の少女が出てきていた。彼らは外に止めてある馬車に乗ると、キースの屋敷へと向かっていく。
シャッハはそれを見ると、部下に命令して追跡をする。
「さあ、その尻尾を掴んでやるぞ、『VENGEANCE』」
シャッハは意気込んでいう。そして憲兵の一人を屋敷の前に残し去っていく。
今日で終わりにしてやる、という意気込みのシャッハを見て憲兵はため息をつく。連日の捜査でろくに眠っていないし、疲れで倒れそうであった。
そんな時、屋敷から誰かが出てくる。憲兵がそれを見ていると、その人影が憲兵に近づいてくる。
「もし、そこの方」
そんな憲兵に声をかけてきたのは、甘栗色の少女。そばかすだらけで目は髪に隠れている。服装は乞食のように汚れている。何故屋敷から出てきたのかを不審に思いながら、男は少女を見た。
「何か恵んでいただけませんか?今さっき、あちらで何か恵んでもらおうとは言っていたら、ばれてしまって・・・・・・・」
「俺は憲兵で仕事中だ、捕まりたくなければあっちにいけ」
苛立っていう憲兵。憲兵が手を払う。その憲兵の手が少女に当たり、少女は倒れる。
「あ、すまない」
憲兵がそう言い、少女を立たせる。その時、何かの香りがする。その瞬間、少女の顔が憲兵の前にあった。驚く憲兵に、強い眼光を向ける少女。そして少女は言った。
「あなたは何も見なかった。屋敷からは誰も出なかった。そうね?」
「俺は何も見ていない。誰も出ていない・・・・・・」
男が虚ろに繰り返すと、女は妖艶に笑った。
「そうよ、よくできました」
そう言うと、少女は歩き出す。憲兵は虚ろに館を見ていた。
「まったく、小細工も面倒なのに」
そう言って瓶を取り出す少女。
「貴重な薬をこんなことで使うなんてね。まあいいわ。シャッハさん、あなたは偽りの私を見張っていて頂戴。ほかでもないあなたが私のアリバイ作りに協力するのよ」
姿を変えたヴェルベットは笑いながら呟いた。
「さあ、復讐の時間よ」
シャッハは夜通し見張り続けていたが、部下も彼も屋敷から出る人影を見ていない。事件は起きなかったのか、そう思ったシャッハのもとに憲兵が駆けつける。
「シャッハさん!」
「どうした?」
「殺人です、『VENGEANCE』が・・・・・・・・!」
「何?」
シャッハは驚き屋敷を見る。ヴェルベットはここにいるというのに、なぜ、という思いがシャッハの中を走る。
「模倣犯か、それとも、俺の勘違いだとでも?」
シャッハは屋敷の前に行くと、その門をたたく。
「シャッハさん!?」
憲兵が驚きシャッハを止めようとする。
「あれは本当にヴェルベットだったか、あれは違う誰かなのではないか?確かめなければ・・・・・・・」
「しかし、相手は伯爵ですよ!違った時、あなたは職を・・・・・・・・・」
「黙れ!ウェルナー伯爵、ここを・・・・・・・・」
「あら、シャッハ様」
シャッハが門を叩いていると、そこから彼の目的の人物が現れる。ヴェルベット、その人が。
「何か、事件でも?それとも私を疑って見張りを?」
「・・・・・・・・・」
沈黙するシャッハ。そんなシャッハを目に、ヴェルベットと家主のキースが会話をする。
「それでは、キース様。また次の休日に」
「ああ、楽しみにしているよ、ヴェルベット」
キースが隣の侍女に目くばせをする。
「店まで馬車で送れせるよ、それでは」
「ごきげんよう、キース様」
少女は優雅に歩いて目の前に止められた馬車に乗る。乗る直前、少女はキースを振り返るとニコリと笑う。
「ごきげんよう、シャッハ様」
少女はそう言うと、馬車と共に去っていった。
シャッハはどうしようもない思いを抑え、殺人の知らせを持ってきた憲兵に状況の報告を命令した。
「見事ですね、ヴェルベットさん」
「あなたもね、エリス」
馬車の中で紅い髪の少女は、馬車の中にいたエリスと会話をする。
「どうやって屋敷の中へ?」
「ふふ、どうやってかしらね?」
「教えてくれてもいいじゃないですか」
膨れるエリスを見てヴェルベットが笑う。
「別に隠し扉よ」
「え?」
「あの屋敷には隠し扉と、そこから通ずる道があるのよ。さすが貴族様、といったところね」
ヴェルベットが言う。しかし、キースがなぜ、そのような屋敷に住んでいるのかわからない。
(やはり、キースは王族・・・・・・?)
王族ならばあのようなものがあっても驚きはしない。ただの貴族がなぜ、隠し扉など必要とするだろう?
「なら、私もその道を通って先に帰っていても・・・・・・・」
「あの道、結構複雑でね。ついでに罠とかもあるのよ」
ヴェルベットはそう言うと針を取り出す。
「毒矢とか針が仕込まれていてね、まったく用心深いにもほどがあるわ」
青い顔をするエリス。
「よく、無事に来れましたね・・・・・・」
「まあ、キースから聞いていたからね」
ヴェルベットはそう言うが、聞いていたとしてもエリスは途中で死んでいるであろう。そんな道であった。
「さて、と。これで残りは二人ね」
ヴェルベットは言う。
「キャシーさんを泣かせた、犯人たちですか?」
「ええ、そうよ」
「憲兵の人たちの疑い、晴れましたかね?」
「さあ、でもあのシャッハ・グレイルだけはたとえ一人でも私を追い続けるでしょうね」
ヴェルベットは朝日に照らされる街並みを見て言った。
シャッハはそれを見て、それが模倣犯の仕業ではなく、確実に『VENGEANCE』本人の犯行だと本能で分かった。
「死因、聞くかい?」
ロダン医師がシャッハに尋ねる。シャッハは死体を見ながら首を振る。
「大体わかる。止めは首を落とされて、か」
「だろうな」
首のない姿態を見て二人は言う。手足は椅子に縛られている。拷問の跡が悲惨である。切り落とされた首は絶望に顔を染めていた。その虚ろな目は壁に描かれた『VENGEANCE』の文字を見ていた。
「その顔だと、犯人と当てをつけてた人間は違ったようだな」
ロダンは若い憲兵の肩を叩いて言う。
「少し休んでみてはどうだ、シャッハ。疲れておるだろう、落ち着いてみれば、何かわかるかもしれんぞ」
「そうですね、ロダン医師」
シャッハはそう言うと、壁に描かれた血文字を睨む。
「そうですね・・・・・・」
(どうやって、あの娘は犯行を行ったのか)
シャッハはなおも少女への疑いを胸に抱きながら、現場を後にする。
キャシーは孤児院を出て街を歩いていた。さすがに食料を買わねばならないし、外の空気も吸いたかった。そんな彼女は質素な服装で街を歩いていた。人通りも多いここなら、安心できる。ここなら、一人ではない。
そんなキャシーの腕を誰かが掴み、口を押える。
「!!?」
叫ぼうとする少女の喉にナイフを当てる二人組の男。
「来てもらうぜ、神父様の娘さんよお」
「!!」
この二人が、神父様を殺した一味だ、とキャシーはわかった。二人はひどく怯えていた。
「お前がいれば、『VENGEANCE』も俺らに手を下せねえ・・・・・・・復讐の女神か、神父の亡霊かは知らんが、俺たちは死にはしねえ」
「あんたがいれば、奴も俺らを殺せないに違いない!」
二人組はそう言い、キャシーを暗がりに連れ込むと、その意識を刈り取る。
(助けて、神様・・・・・・・・)
キャシーの脳裏に、二人の親友の姿が映る。
(ヴェル、エリス・・・・・・・・)
キャシーの意識が途切れる。




