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VENGEANCE  作者: 七鏡
BIRTH OF VENGEANCE
15/87

13

男は一人震えていた。先日、神父を恐喝するために孤児院に行った。その際に仲間の一人が神父を殺してしまった。思えばあの日が始まりだった。「復讐の女神」が、仲間たちを殺し始めたのは。

最初の犠牲者は男や仲間たちの胴元である貴族であった。凄惨な死体とともにあったというリスト。その中には男と仲間たちの名前が書かれていた。

『VENGEANCE』が殺しに来るのではないか、という男の怯えを仲間たちは冗談だと笑いのけた。だが、男にはそれが冗談に思えなかった。それから裏の仕事にはいかずに、静かに自宅に籠っていた。妻もいるここなら、奴もこれない。そう思ったからだ。

引き籠っていた男だったが、妻のもたらした知らせに衝撃を受けた。仲間の一人が死んだのだ。やはり凄惨な死を迎えていた。

一週間の間に神父を脅しに行っていた仲間の半数は死んでいた。『VENGEANCE』と呼ばれる一人の復讐者によって。

ある者は自宅で、ある者は人通りの少ない路地裏で。またある者は面前の前で。

自宅や路地裏で死んだ者は刃物で殺害されていた。面前の前で死んだ者の死体からは強力な毒物が検出された。

仲間たちは確実に、一人ずつ死んでいた。出稼ぎに行っている妻の話では、通りの人数は減っているらしい。裏の仕事をするものもそうでないものも。だれもが「復讐の女神」を畏れていた。

噂によれば、『VENGEANCE』は暴行され、自殺に追い込まれた女の霊であり、自身を追い詰めた男たちに復讐するために蘇ったのだという。犯罪に手を染めたものを殺す。そんな噂が出回っていた。

男は寝台の上で毛布にくるまり、怯えていた。

俺は悪くない。ちょっとした小遣い稼ぎのつもりだった。確かに人を殺したこともあった。だがそれは生きていても価値のない浮浪者や娼婦だ。なにも、悪いことはしていない。

そんな男は扉をたたくノックの音を聞いた。この時間帯にノックするのは、妻だろう。そう思い、男は家の玄関に近づき、その扉を開けようとし、止まる。

(もし復讐の女神ならば?)

そう思いナイフを持つと、男はのぞき穴から訪問者を覗き見ようとし。

その目を突き刺された。

「ぎゃあああああああああああ」

潰された片目を抑え、男は呻いた。そして家の中に逃げ込む。鍵はかかったままだ。奴は入ってこられない。男はそう思い、ナイフを手に痛みに悲鳴を上げる。

「ちくしょう、ちくしょう」

男は呪詛の言葉を吐く。そんな男の耳に、扉の開く音が聞こえた。

「!?」

侵入してきたのか。男はそう思うと、寝室の扉の裏に隠れる。奴が来たら逆に殺してやる。そう思って。

だが、いつまでたっても侵入者は男の前に現れない。

(気のせいか?あまりのことに俺が幻聴を聞いただけか?)

男はそう思い、血を流す片目を抑える。助かったのだ、片目で済んだのだ。そう思い、座り込む。

再び玄関で扉をたたく音がする。声が聞こえる。これは妻の声だ。

男はそれを確信し、玄関の扉を疑いもなく開けた。そして彼は見た。

そこに立つ、美しき復讐者の姿を。

「こんにちは、――――さん」

男の名を告げて、女は笑う。

「復讐の時間よ」


男の叫びが、空を切り裂いた。



シャッハ・グレイルは目をこすりながら、殺人現場に入った。玄関から血は続き、寝室で途切れていた。

男は無数の肉片に変わり果てていた。

「これで五件目か」

一週間の間に五人が殺された。いずれも現場には『VENGEANCE』の文字があった。憲兵隊はリストに名のあった人物たちを監視し、殺人犯の確保を目論んだが、それも意味はない。

復讐者は憲兵の目を逃れて対象に近づき殺しをやってのけた。殺人予告の出された人物は数多く、一人につき監視は一人。おかげで監視の目も、そこまで目が回らないという現状だ。

「とんでもねえな」

殺人犯に感心するシャッハ。多くの名前を出すことで目的の人物への注意を反らさせる。

「こいつぁ、とんでもねえな」

「でも、シャッハ先輩。それなら予告する意味はないじゃないですか」

荒廃の憲兵がリストのことを言う。

「ばーか。ああいう予告をして恐怖心をあおるのが奴の目的だ。そして、恐怖を与え、真の恐怖を死の間際に思い知らせる。徹底してるよ、『VENGEANCE』は」

シャッハが言うと、荒廃が納得したような顔になる。

「それにしても、犯人の目的は?」

「そんなのきまってるだろう、復讐だよ」

シャッハが肉片の転がる壁の血塗られた文字を見て言う。

「何の復讐ですかね?」

「最近あった事件だろう。犯行の始まった日に殺されたのは孤児院の神父、だったな」

「はい」

「それの関係者か、それともまったくの無関係な市民か。とにかく、今までの事件も洗いざらい調べなおすぞ」

シャッハが憲兵の制服の襟をまくっていう。

「王都は不安で満ちている。正体不明の殺人鬼を、これ以上野放しにはできないからな」

シャッハはそう言うと、血の惨状から離れて行った。


シャッハはまずは第一の事件を調べる。最初の犯行は一か月以上前の貴族の息子テオドール殺害。娼館に入り浸り、犯罪に手を染めていた。自宅で死亡していた。これが『VENGEANCE』の始まりだった。

第二の事件の被害者はやはり男で貴族であった。かつて妾がおり病死させたなどと怪しい噂が付きまとっていた。数日後に娼館の娘を妾に迎えようとしていた。その矢先に殺害。ちなみにその妾となる女性は別の男とともに夫婦となり、王都で暮らしている。だが、二人ともアリバイがあり、犯行は不可能だった。

第三の事件。数年前に現れたドールプリンスと呼ばれた殺人鬼が殺される。娼婦と貴族のメイドを殺し、貴族の娘を傷つけたドールプリンスだったが、その後自身が殺される。怪我をした貴族の娘はある貴族の家で治療を受け、今では元の生活に戻っている。その娘による犯行はまずありえない。

第四の事件。王宮で仕事をしていた貴族の男が殺害。王都で活動する闇金融の元締めであったことがその死後明らかとなる。その死の数時間前、その闇金融に金を借りていた孤児院の神父が殺害されている。なお、その貴族の男が孤児院へと送られる金を着服していたことも明らかとなった。

その後に続く一連の犯行。目撃証言などからその神父を脅していた男たちだということが判明した。

今回の『VENGEANCE』の目的は、神父の復讐だ、シャッハはそう感じるとすぐさま近くにいた後輩を呼び、リストにある名前のうち、神父に関わりのある名前を調べ、その対象に張り付くことを命じる。そして自分はこのすべての事件をつなぐ「鍵」を探すことに専念する。

(神父の孤児院出身の娼婦。そしてそれに付き添っていた少女。待てよ)

シャッハは紅い髪の少女を思い出す。あの美しき少女は前に一度会っている。そう、いつのことだったか。

(そうか、第一の事件の後だ・・・・・・・)

思い出すシャッハ。あの時娼館にいた少女だ。

(待てよ、第二の事件で殺された男が妾にしようとしたのも、あの娼館の娼婦だったな)

シャッハは考える。ならば、第三の事件は?

(第三の事件で傷ついた娘を抱える紅い髪の少女が目撃されているな。まさか、この少女も?)

だが、とシャッハは首を振る。

(あり得ない、犯行をしているのが女、だと?大の男を、あんな華奢な少女が?)

魅力的な少女であるが、それだけでは男は殺せない。それに、少女からは何ら疑わしい雰囲気はしなかった。

(だが、この少女は何かを知っている。そう、『VENGEANCE』の何かを)

偶然にしてはできすぎている。一連の事件に見え隠れする少女の存在。シャッハはそこに復讐者の影を感じた。

(復讐の女神、か。もしかしたらその噂は真実かもしれないな)

シャッハは机から立ち上がると、制服を羽織る。そして、件の少女のいるであろう娼館へと足を向ける。

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