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キャシーは子供たちや憲兵からの情報を、ポツリポツリと語りだす。
話によると、キャシーが来る数十分前、神父は子供たちに孤児院の中でキャシーを待っているように言いつけ、自身は外に出て言ったという。しばらくすると、言い争いの声が聞こえてきて、子供たちは心配になって外に出た。
そしてその時には神父は死んでいた、というのが宮廷医師の見識だ。死因は心臓を一突き。
周辺住民はたびたび口論を聞いていたため、またか、ということで気にも留めなかったという。
犯人は神父が借金をしていた業者であろうという憲兵たちだったが、決定的な証拠はなく、手出しができない状況だった。
キャシーが言う。
「あいつらが神父様を殺したのよ、なのに、証拠がないからって捕まえられないなんて!」
キャシーがボロボロと泣き崩れる。犯人と思われる者たちがいるのは王都の裏金融を牛耳るグループで、今までも数々の疑惑から逃れてきた。
流石のヴェルベットでも集団を相手にすることはできない。ヴェルベットは泣くキャシーの背をさする。嗚咽が孤児院に響く。
「子供たちは、これからどうなるのかしら」
キャシーが言う。
「この孤児院も神父様がいないと・・・・・・・」
「キャシー、安心して」
ヴェルベットが言う。
「たぶん、孤児院についてはどうにかなるから」
「本当に?」
「ええ」
ヴェルベットはそう言うと優しく微笑む。
「キャシー、今日はもう遅いし、あなたも疲れている。神父様の葬儀とかいろいろあるでしょうから、もう休みなさい」
キャシーの目元をぬぐう。
「きれいな顔が台無しよ?」
「ありがとう、ヴェルベット」
キャシーが泣きながら笑う。
キャシーは孤児院の自身の使っていた部屋で眠りについた。子供たちも、泣き疲れて寝てしまっていた。
夜の王都をヴェルベットは歩いている。向かう先はキースの屋敷だ。
勝手知ったる、という風にキースの屋敷へと入るヴェルベット。ヴェルベットが入ってくるのを予期していたかのようにキースとロレンスが彼女を出迎えた。
「やはり来たね」
「ええ、キース。話があるの」
「ロレンス、二人分のコーヒーを」
「かしこまりました」
そう言い、ロレンスはヴェルベットに頭を下げ、去っていく。
「さて、話を聞こう」
ヴェルベットがキャシーから聞いた話を告げる。キースは顎に手を当てて聞いていた。
「業者の存在に手が付けられないのは今に始まったことじゃない。今までも多くのものが苦しんできた」
「それを野放しにしてるわけね」
「僕を責めるなよ」
キースはコーヒーを飲んでいう。
「それと、孤児院の金だけど、やはり着服されているね。結構巧妙に隠されていたよ」
「それで、着服していた貴族。調べてるんでしょ?」
「ああ、こいつがかなりの悪でね、その業者と裏でつながっていると思われる」
キースが言い、書類を投げ渡す。ヴェルベットがそれを読む。
「疑惑だらけね」
「まったくさ、王宮の中にもそいつの取り巻き入るようだね。僕じゃなきゃ調べられないことばかりさ」
業者や貴族のリストをヴェルベットは眺める。
「そいつら全員を殺すなんて言わないよね」
「言いはしないわ。でもね」
ヴェルベットは冷えた声で言う。
「何人かには死んでもらうわ。見せしめにね」
「怖いな」
「今回が初めてではないでしょうね。なら、思い知らせないと」
「で、誰を殺すんだい」
「まずはその貴族。とりあえずはそいつ。あとは神父を殺した実行犯」
「それの特定は難しいんじゃないかい?」
「さあね、でも私の目は誤魔化せないわ。どれほど巧妙に隠しても、復讐の念が私を導いてくれるわ」
ヴェルベットが言うと、キースは黙り込む。この少女ならやりかねない、と思えるほどの言動であった。
「さて、善は急げ、ね。まずはその貴族様に死んでもらうわ」
少女が立ち上がるとキースが驚く。
「今夜早速だって?」
「ええ、そして犯人たちに知らせるのよ。誰かが自分たちを殺しに来るかもしれないってね」
ヴェルベットはぞっとする笑みを浮かべた。
「奴らが恐怖を抱くだけ、私は奴らを見つけやすくなる。そのためにも今夜死んでもらうわ」
「そいつの屋敷、警備が厳重だぞ」
「私を甘く見ないことね、キース」
少女が妖艶に笑う。
その貴族はいつも通りに愛人と寝台に眠っていた。金と権力につられてきたこの女の腹は読めていたが、遊ぶだけならば最高の女であった。下品な笑みで女の肢体を見る男。
いきなり、窓が開く。男は仰天し、そちらを向く。ここは二階で賊が入ってくることはまずない。鍵を閉めてはいなかったが、風で開くほど軽い窓ではない。男はローブをまとい、窓に近づく。手には金属の棒を持ち、窓からベランダに出る。
ベランダには誰もいなかった。男がそう思い後ろを振り返ると、若い女が立っていた。紅い髪が月明かりのもと、光り輝く。燃え盛る紅蓮の炎のように。
「こんばんは」
女は美しき顔に微笑を浮かべ、静かに言った。男はなぜか底知れぬ恐怖を覚えた。娘ほどの年頃の少女だ。恐れる必要はない。今ここで押し倒し、欲望を晴らすなど、たやすいはず。なのに、男はそれができなかった。
「貴様、どうやってここに!」
「別にベランダから入ってきたわけではないわよ」
ヴェルベットが言う。
「あなたが愛人とお楽しみをする前からここにいたの。それでタイミングを見計らって窓を開けた。それだけよ」
「門番や使用人たちの目を盗んで入り込んだ、というのか!?」
「ええ、今晩の相手の愛人の一人と言ったら普通に通してくれたわ」
少女は笑う。
「まあ、その時は顔とかも隠していたしね。それに殺し屋にしては華奢ですもの、不審に思われないものね」
「私をどうする気だ?」
男が金属の棒を握りしめる。ヴェルベットはそれを見て愉快気に笑う。
「あなたは自分の罪を知っているでしょう?」
「なんのことだ」
「罪のない市民から搾取し、私腹を肥やす。街の悪党を牛耳り、更に搾取する。典型的なクズ」
ヴェルベットは笑いながら言うが、その声の調子は笑っていない。
「今日、一人の善良な神父が死んだわ」
「知らん、私は殺せとは言っていない!」
男が喚きだす。
「そうかもしれないわね、でもね」
少女が男に近寄る。その手にはナイフが握られていた。
「あなたに罪がないわけではないのよ。私の中で死者の声が聞こえるわ。あなたへの憎しみの声がね」
「ひいぃ!!」
男が金属の棒を振り上げる。だが、遅い。少女は機敏に動き、ナイフを男の片方の目に差し、金属の棒を持った手に袖から取り出した針を刺す。
「ぐわあああああ」
男が悲鳴を上げ、倒れる。
「さて、神父のもとにいつも言っていたチンピラの名前を教えてもらおうかしら」
少女がナイフで男の目をえぐりながら言った。
「そうすれば一個で済ませてあげるわ」
男は喋ったところで殺される、と思った。ならば喋ってはやるまい。そう思ったが、男の口が自然に動く。驚愕に目を見開きながら男の口は、名前を上げ続ける。
「さっきの針ね、あれ自白剤なのよ、強力な、ね」
少女はそう言い、男の目からナイフを取り出す。
「ありがとう、おかげで仕事がしやすくなったわ」
ヴェルベットがニコリと笑う。男は助かった、と思い息をつく。だが、少女の言葉が男の希望を打ち砕く。
「じゃあ、死んでもらうわ」
「!!!!」
「今まで人の人生を踏み潰してまでいい思いしてきたでしょう?もう十分よね」
少女が言う。男はわめき散らす。寝台にいる愛人が起きることを期待しながら。
「無駄よ。あなたの愛人は起きないわ」
少女が言う。懐から一本の瓶を取り出す。
「睡眠薬よ。あらかじめお酒に仕込んでいたのよ。正直飲むことはあまり期待していなかったけどね」
酒乱の愛人を男は罵る。だが、その罵りはすぐに悲鳴に変わる。血に塗れたナイフを操りながら少女は男に近づく。
「さあ、あの世で待っているわよ、あなたが陥れてきた人々がね」
少女は男の耳元に口を近づけ。
「すぐにお仲間も送ってあげるわ、私は優しいから・・・・・・・・」
囁いた。
「楽には殺さないわ」
次の日、使用人は二階のベランダから吊るされた主人の死体を見つけた。両目はなくなり、血の涙を流していた。
そしてその脂肪ででっぷりと膨らんでいた腹には『VENGEANCE』と刻まれていた。
そして、王都にある噂が広がった。『VENGEANCE』による殺人はまだ続く、という噂が。
『VENGEANCE』が現場に残したという人物のリスト。そこには今回死んだ貴族以外にも多くの名前が書かれていた。それは憲兵の手で秘匿されたはずだったが、同じ内容の紙が次の日には王都中に広がっていた。
犯罪者たちは己の名を見つけ、恐怖におののいた。男たちは復讐を畏れ、外へ出ることすら控えるようになった。それが安全だと確信して。
ヴェルベットは裏通りを歩く。そこには犯罪者たちはいない。いるのは浮浪者のみ。
王都は異様な緊張のもとにあった。戦時下でも賑わっていた王都に、沈黙が訪れる。
それをもたらした少女は陽の下で優雅に微笑む。
「さぁ、復讐をしましょうか」




