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特に大きな事件もなく、平穏な王都は朝日に照らされていた。
仕事のためにいつも通り起きたヴェルベットはキャシーとともに朝食をとっていた。館の食堂はここに務める娼婦たちでいっぱいであった。基本的にこの朝食にいるのは女性のみで、門番やハボックなどの少数の男性は別のところで食事をとる。ここでは女たちが男の目を気にせずに話せる場であり、仕事前の休憩の時間でもあった。
「でね」
キャシーはセミロングの青髪を揺らしながらヴェルベットに話しかける。モイラの去った後では彼女がヴェルベットと一番親しい存在であった。その近くには童顔のエリスが静かにキャシーの話を聞いている。ヴェルベットの朝食はたいていこの二人と一緒である。
「あ、そうだ。ヴェルベット、お願いがあるんだけど」
少し申し訳なさそうにキャシーが言う。
「何かしら」
「次の休日、私に譲ってくれない?埋め合わせするからさ」
「構わないけど、何か用事?」
「まあね。私の育った孤児院の先生の誕生日でね。がきんちょたちに来いってせがまれてね」
キャシーは笑いながら言う。ヴェルベットはそれを見ると、静かに笑いキャシーを見る。
「わかったわ、ゆっくりしてきなさい、キャシー」
「ありがとう、愛してるよ、ヴェル」
そう言ってじゃれるキャシーをヴェルベットが抑える。
キャシーは朝食を終えると一人早く食堂を抜け出る。いろいろと用意があるらしい。
そんなキャシーの背を見ながら、エリスが心配そうに言った。
「キャシーさん、内心は心配なんでしょうね」
「どういうこと?」
ヴェルベットが不審に思い聞く。
「その孤児院、なんか支援が行き届いてなくて、神父さんが借金しているって。それで時々、借金取りが押しかけてきていて、けがとかもしてるみたいで」
おどおどとエリスが言う。
「キャシーさんも、それは知っていると思うんですけど」
「そう」
キャシーはいつも明るく振舞い、とてもそう言う風には見えない。聞くと仕事の稼ぎの半分は孤児院に送っているらしい。
ヴェルベットは顎に手を当て何かを考える。食事を終えた女性たちが食堂を出始めたので、ヴェルベットとキャシーも食事を済ませ、食堂を後にする。
ヴェルベットは店にやってきたキースに孤児院の話をする。するとキースは少し驚いた風だった。
「おかしいな、国としても支援の金額は増やしているし、維持のための金は足りているはずだが」
「横領とかあるんじゃないの?」
ヴェルベットが指摘する。
「借金取りのことも気になるわね」
「・・・・・・・調べたほうがいいかい?」
キースが問うと、ヴェルベットは頷く。
「はあ、人使いが荒いなあ」
「私の信用がほしいなら耐えなさいな」
ヴェルベットが言うとキースはため息をつく。
「それより、聞いたよ。シメオンがココに来たってね。何の用件?」
「知らないわ。でもなんか鬱陶しいから脅してやったわ」
「おいおい、『VENGEANCE』ってばれるようなこと言ってないよなあ」
「言わないわよ」
ヴェルベットが平然と返す。納得してない様子でキースが少女を見る。
「まあいいけどね。次の休日、は仕事か。まあいいや、適当にこっち来るまでには情報を集めておくよ」
上半身裸のキースが服を羽織る。
「期待してるわ」
「じゃあね、『VENGEANCE』」
そう言ってキースは部屋を出ていく。ヴェルベットは寝台に身を投げ出す。
「本当にあいつ、何者かしら」
孤児院の金について話した時の反応から、財政にも詳しいようだ。何かと博識すぎる気がしてならない。
「やっぱり、王族?」
王に子供がいることは知られているが、その姿はあまり知られていない。正確な数すら不明だ。これはこの国の伝統のようなもので成人、もしくは正式に次期国王が決まるまでその存在は隠匿される。そのため、ただの貴族のボンボンが実は王子だった、ということもあったらしい。
公表されていないだけで、次期国王も決定している可能性はある。それがキースだとしても不思議はない。
だが、疑問もある。仮にキースが王子ならなぜヴェルベットを自由にさせるのか、ということだ。子飼いにするにしては自由にさせすぎだ。
(まあ、利用できるうちはそれでもいい)
ヴェルベットはそう思うと腰を上げる。仕事の時間はまだ終わりではないのだ。面倒でも、仕事は仕事として考えているヴェルベットは部屋を出ていき、接待へと向かうのだった。
天気も快晴で過ごしやすい朝方にキャシーは館を出る。ヴェルベットとエリスがわざわざ仕事前に見送りに来てくれたことにキャシーは喜びを感じていた。
孤児院を出た彼女に、普通の仕事ができるわけもなく、こんな裏の世界で生きている。そんな生活に不安を抱いていた。今でこそ明るく振舞っているが、最初は気が気ではなかった。
しかし、今ではヴェルベットやエリス、ほかにも似た境遇の女性たちとも打ち解けている。
仕事そのものは軽蔑されるものだが、そこにいる人たちまで否定されるようなものばかりではない。
彼女たちは好き好んでこの世界にいるわけではないのだから。そんな中だからこそ、キャシーも強く生きれる。
生まれ育った孤児院に変えるのは久々だ。休日に帰りたいとも思うが、休日は休日ですることが多々ある。化粧品や衣装。それらを買う必要がある。商売柄、そう言うものは必須であり、流行などにも機敏に対応しなければならない。
本来ならお金の半分などではなく全額を送りたいがそう言う事情でそうもいかない。
借金の話や援助が来ない話はキャシーも知っていた。不安もないわけではないが、今日は笑顔でいよう、と思った。弟や妹のような子たちに不安を感じさせないためにも。
キャシーはお祝いのための花とお菓子を買い、孤児院へと向かう。
だが、彼女を待っていたのは哀しみであった。
「どうしたの、あんたたち!?」
孤児院の前で、泣いて何かを囲む子供たち。キャシーは慌てて駆けより年長の少年に尋ねる。
「キャシー姉ちゃん、神父様が、神父様が・・・・・・・」
「!!」
キャシーは話を掻き分けてそれを見る。そこには、倒れている育ての親の姿があった。
「神父様!」
キャシーが神父に寄り、その身体を触る。しかし、神父の身体は冷たく、心臓は鼓動を止めていた。
キャシーと子供たちの泣き叫ぶ声があたりに響いた。
夕闇の迫る中、ヴェルベットは急いで走っていた。
ヴェルベットはキースからの知らせを受け、店を飛び出しキャシーの育った孤児院へと急ぐ。孤児院の場所はキャシーから以前に聞いていたため、そう迷うことなくたどり着く。
そして、ヴェルベットはキャシーを見つける。そこには血痕の跡があり、キャシーはそこに座っていた。
「キャシー」
ヴェルベットが声をかける。キャシーの背中は悲しみに満ちていた。
「!ヴェル、ベット」
力なくキャシーが呟く。彼女の顔にいつもの笑顔はなく、涙が絶え間なく零れ落ちていた。地面には、涙の跡が無数にある。花が無残に散り、お菓子の入っている箱が投げ出されていた。
ヴェルベットは彼女の前にしゃがむと、青い髪を抑え抱きしめる。
「う、う・・・・・・・・」
ヴェルベットの胸の中でキャシーが呻き声を上げる。堰を切ったように泣き出したキャシーの背をヴェルベットは撫でる。彼女の瞳は冷たい、復讐の色を宿していた。
「キャシー、大丈夫よ。犯人には必ず罰が下るわ」
ヴェルベットが言う。
「さあ、中に入りましょう。ここは冷えるわ」
日が沈めば、あたりも肌寒くなる。子供のように頷くキャシーに手を貸しながらヴェルベットは孤児院の中へと入っていく。
「神父様、神父様・・・・・・・」
泣き縋る少女。その気持ちは嫌というほど理解できた。
大切なものを失うこと。突如奪われる理不尽さ。二度と戻ることはない命。
少女の中の『VENGEANCE』が覚醒し、復讐の火が燃え上がる。




