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VENGEANCE  作者: 七鏡
BIRTH OF VENGEANCE
12/87

10

国王生誕パーティーの翌日。

ヴェルベットは普段と変わらず仕事にいそしんでいた。同僚のキャシーは何かと昨日のことを聞いてくる。うるさいので睨みつけたヴェルベットだが、そんなことで聞くのをやめるキャシーではなかった。

それにうんざりしていると、ハボックがやってきてヴェルベットを手招きする。

ヴェルベットが寄っていくと、ハボックは口を開いた。

「お前に客だ」

そう言って背をそらす。そこに立っていたのはヴェルベットと同じ髪の色を持つ、ヴェストパーレ伯であった。



「なるほど、高級娼館の人間とはな」

シメオンがそう言い、ヴェルベットを見る。店の個室で二人は腰かけていた。

「こんなところにいて恥ずかしくはないか?」

「私は庶民です。お金が稼げるこの仕事は大変ですが、いろいろと得もあります。貴族に気に入られれば、不自由のない生活ができますし」

「腹の探り合いは終わりにしよう、ヴェルベット嬢」

シメオンが鋭く言った。

「いや、ローゼリア領主の娘、ヴェルベット」

「あら、誰のことかしら」

ヴェルベットが白を切る。だが、シメオンは鋭い視線のままだ。

「しらばっくれるな。お前がローゼリアのヴェルベットであることはわかっている」

シメオンの目を誤魔化せぬと知ると、ヴェルベットは態度を変える。

「ええ、そうよ。伯爵様、私はローゼリア領主の娘ヴェルベットですわ」

紅い髪を振り、少女は言った。その目は憎悪の炎を燃やしていた。

「それで、何の用かしら、伯爵様?私が生きていると知って殺しに来た?私の両親や、領民たちを殺したように!」

激昂するヴェルベット。それを見てシメオンは冷静に少女を見る。

「目的は復讐か、ヴェルベットよ」

「そうよ、私は復讐するの、奪われた数々の幸せ。その贖いをさせるために!」

そしてヴェルベットは袖からナイフを取り出した。

「さあ、知っていることを話してもらうわ。伯爵様、なぜローゼリアの娘を、私を探している?なぜ、あなたは滅びたローゼリアを手に入れた?」

ナイフを出されても、その顔色一つ変えないシメオン。その様子に、ヴェルベットは苛立ちを感じる。

「何か言いなさいよ!」

「哀れだな」

シメオンがそう言った。ヴェルベットの眼光が貫く。

「私はローゼリア領の悲劇には関知していない。これは本当だ」

「なら、なぜ私の素性を調べる!」

「ローゼリア領主の夫妻はもともと子供のできにくい体質だった」

「!?何を」

「黙って聞け。夫妻は表向きはただの地方領主だったが、若いころは王宮に仕え、先代のヴェストパーレ伯爵とも親しかった」

シメオンは静かに語る。

「ある時、ヴェストパーレ伯は商売女との間にできたという子供の件で悩んでいた。正妻には知られるわけにはいかなかった。正妻は伯爵を愛し、絶対の信頼を寄せていた。その信頼を崩すことを彼は恐れた」

ヴェストパーレ伯は一息置くと、話を続けた。

「そこで、子宝に恵まれぬ領主夫妻に子供を引き取ってくれるように頼んだ。領主夫婦は深く事情は聞かなかった。だが、ヴェストパーレ伯と同じ髪の色の子供を見て悟ったのだろう、その子供を養子にした」

ヴェルベットの顔が青ざめる。

「私がその子供だと?そんなはずが・・・・・・・」

「ならば疑問に思ったことはないか?父母と違うその紅い髪を」

「母は、祖母の血が関係した、と・・・・・・・!」

「都合のいい嘘だな。だが、お前も感じていたはずだ、家族とお前はどこか違う、と」

「・・・・・・・・・」

「お前は育ての両親のような無名の貴族ではない、誇りあるヴェストパーレの娘だ。王家とも血のつながりのある、由緒ある家の子供!娼婦などという愚かな行為はやめろ。そして、血のつながらない両親の敵討ちなど、意味はない」

そう言ってヴェストパーレ伯は手を差し伸べる。

「私とともに来い、ヴェルベット。お前に見合った地位と幸福を約束しよう」

だが、ヴェルベットはその手を取りはしない。

「どうした、ヴェルベット?」

「今更現れて、家族面するな!」

ヴェルベットが怒鳴る。

「知っていたさ、本当の子供ではないことは。でも、両親に言えるはずがない!あの人たちは、私を愛してくれた。これ以上にないほど。裕福とは言い切れなかった。でも、辛くはなかった。私は両親に愛されていた!本当の子供とか、そんなこと関係なく」

ヴェルベットの吐露が続く。

「そんな人たちが殺された。理不尽に。ねえ、知ってる?どういう風に二人が殺されたか」

ヴェルベットが冷えた目でシメオンを見る。シメオンの背筋に悪寒が奔った。少女の瞳は言いようのない闇を映し出していた。

「父は両手両足を切り殺されたわ。母はその前に男たちに辱められて死んだわ」

少女の声は震えていた。ナイフを持つ手は震えそうになる。だが左手で少女はその震えを抑える。

「今まで私を愛してくれた人たちはみんな死んだわ。私の十六の誕生日に!親しい友達、使用人、乳母、爺や、街のおじさん。みんな、男たちによってね!」

少女の悲鳴が部屋に響く。

「だから私は復讐する!絶対に、何が何でも!奪われた幸せ、命。無念な彼らの魂のために、私の満足のために私は奴らを殺す」

ヴェルベットのナイフがシメオンの頬を横切った。

「仇討ちに意味はない?知った風なことを言うな!」

ヴェルベットがシメオンの瞳を覗き込んでいう。

「今更、ヴェストパーレの娘だと言われてもどうでもいい。私の両親は私を育ててくれた両親だけ。私の家族は十六歳の少女だった私と死んだ領地の者だけ!」

「愚かな、なぜ地位と名誉を自ら手放す?二度と戻らぬものになぜ縋る?」

「残念だったわね、伯爵様。妹がこんな女でね」

そう言ってヴェルベットはナイフを話す。

「さあ、帰ってくださる?何が目的で私を探していたかは知らないけど、わかったでしょう。説得は無理って」

「私はまだ諦めは・・・・・・」

ストンと、ナイフがシメオンの足元に突き刺さった。

「帰りなさい。さもなくば次は当てるわ」

シメオンは黙って部屋の扉まで下がるとそれを開ける。そしてヴェルベットを見た。

「ヴェストパーレにはお前が・・・・・・・」

「失せろ!」

そう言い、ナイフに手をかけた少女を見ると、ヴェストパーレ伯は部屋を出て言った。部屋の窓からシメオンが館を出るのを見るヴェルベット。彼が完全に立ち去ると、床に刺さったナイフを回収する。

この部屋は防音がしっかりしているため、会話は聞かれていない。

ヴェルベットは今後もシメオンからの干渉はあるだろう、と考えていた。彼の干渉は復讐の邪魔だ。

いっそ消すか、と考え、ヴェルベットは首を振る。

(私は無差別殺人者ではない。復讐者だ)

そう考え自身の殺人衝動を抑える。

少女は乱れた服を整え、荒れた感情を静めると仕事のために部屋を去っていく。



ヴェストパーレ伯シメオンは馬車の中でうなだれていた。まさか、自身の腹違いの妹があれほどとは思いもせず、ショックを隠せなかった。

「私には、ヴェストパーレには時間がないというのに・・・・・・・!」

シメオンの小さな呟きは誰に聞こえることもなく消えて言った。

「復讐、か」

シメオンには、そんなものの意味は分からない。今まで不自由なく暮らしてきた。権力で全てを思いのままにしてきた。奪われることなどない。少女の中にある愛情の深さなどもわからない。そもそも、彼の家に愛などはないのだから。

「だが、ヴェルベット。お前には我がヴェストパーレに戻ってもらうぞ」

シメオンは目を閉じて言う。

「時間は少ないのだ」


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