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国王生誕パーティーの翌日。
ヴェルベットは普段と変わらず仕事にいそしんでいた。同僚のキャシーは何かと昨日のことを聞いてくる。うるさいので睨みつけたヴェルベットだが、そんなことで聞くのをやめるキャシーではなかった。
それにうんざりしていると、ハボックがやってきてヴェルベットを手招きする。
ヴェルベットが寄っていくと、ハボックは口を開いた。
「お前に客だ」
そう言って背をそらす。そこに立っていたのはヴェルベットと同じ髪の色を持つ、ヴェストパーレ伯であった。
「なるほど、高級娼館の人間とはな」
シメオンがそう言い、ヴェルベットを見る。店の個室で二人は腰かけていた。
「こんなところにいて恥ずかしくはないか?」
「私は庶民です。お金が稼げるこの仕事は大変ですが、いろいろと得もあります。貴族に気に入られれば、不自由のない生活ができますし」
「腹の探り合いは終わりにしよう、ヴェルベット嬢」
シメオンが鋭く言った。
「いや、ローゼリア領主の娘、ヴェルベット」
「あら、誰のことかしら」
ヴェルベットが白を切る。だが、シメオンは鋭い視線のままだ。
「しらばっくれるな。お前がローゼリアのヴェルベットであることはわかっている」
シメオンの目を誤魔化せぬと知ると、ヴェルベットは態度を変える。
「ええ、そうよ。伯爵様、私はローゼリア領主の娘ヴェルベットですわ」
紅い髪を振り、少女は言った。その目は憎悪の炎を燃やしていた。
「それで、何の用かしら、伯爵様?私が生きていると知って殺しに来た?私の両親や、領民たちを殺したように!」
激昂するヴェルベット。それを見てシメオンは冷静に少女を見る。
「目的は復讐か、ヴェルベットよ」
「そうよ、私は復讐するの、奪われた数々の幸せ。その贖いをさせるために!」
そしてヴェルベットは袖からナイフを取り出した。
「さあ、知っていることを話してもらうわ。伯爵様、なぜローゼリアの娘を、私を探している?なぜ、あなたは滅びたローゼリアを手に入れた?」
ナイフを出されても、その顔色一つ変えないシメオン。その様子に、ヴェルベットは苛立ちを感じる。
「何か言いなさいよ!」
「哀れだな」
シメオンがそう言った。ヴェルベットの眼光が貫く。
「私はローゼリア領の悲劇には関知していない。これは本当だ」
「なら、なぜ私の素性を調べる!」
「ローゼリア領主の夫妻はもともと子供のできにくい体質だった」
「!?何を」
「黙って聞け。夫妻は表向きはただの地方領主だったが、若いころは王宮に仕え、先代のヴェストパーレ伯爵とも親しかった」
シメオンは静かに語る。
「ある時、ヴェストパーレ伯は商売女との間にできたという子供の件で悩んでいた。正妻には知られるわけにはいかなかった。正妻は伯爵を愛し、絶対の信頼を寄せていた。その信頼を崩すことを彼は恐れた」
ヴェストパーレ伯は一息置くと、話を続けた。
「そこで、子宝に恵まれぬ領主夫妻に子供を引き取ってくれるように頼んだ。領主夫婦は深く事情は聞かなかった。だが、ヴェストパーレ伯と同じ髪の色の子供を見て悟ったのだろう、その子供を養子にした」
ヴェルベットの顔が青ざめる。
「私がその子供だと?そんなはずが・・・・・・・」
「ならば疑問に思ったことはないか?父母と違うその紅い髪を」
「母は、祖母の血が関係した、と・・・・・・・!」
「都合のいい嘘だな。だが、お前も感じていたはずだ、家族とお前はどこか違う、と」
「・・・・・・・・・」
「お前は育ての両親のような無名の貴族ではない、誇りあるヴェストパーレの娘だ。王家とも血のつながりのある、由緒ある家の子供!娼婦などという愚かな行為はやめろ。そして、血のつながらない両親の敵討ちなど、意味はない」
そう言ってヴェストパーレ伯は手を差し伸べる。
「私とともに来い、ヴェルベット。お前に見合った地位と幸福を約束しよう」
だが、ヴェルベットはその手を取りはしない。
「どうした、ヴェルベット?」
「今更現れて、家族面するな!」
ヴェルベットが怒鳴る。
「知っていたさ、本当の子供ではないことは。でも、両親に言えるはずがない!あの人たちは、私を愛してくれた。これ以上にないほど。裕福とは言い切れなかった。でも、辛くはなかった。私は両親に愛されていた!本当の子供とか、そんなこと関係なく」
ヴェルベットの吐露が続く。
「そんな人たちが殺された。理不尽に。ねえ、知ってる?どういう風に二人が殺されたか」
ヴェルベットが冷えた目でシメオンを見る。シメオンの背筋に悪寒が奔った。少女の瞳は言いようのない闇を映し出していた。
「父は両手両足を切り殺されたわ。母はその前に男たちに辱められて死んだわ」
少女の声は震えていた。ナイフを持つ手は震えそうになる。だが左手で少女はその震えを抑える。
「今まで私を愛してくれた人たちはみんな死んだわ。私の十六の誕生日に!親しい友達、使用人、乳母、爺や、街のおじさん。みんな、男たちによってね!」
少女の悲鳴が部屋に響く。
「だから私は復讐する!絶対に、何が何でも!奪われた幸せ、命。無念な彼らの魂のために、私の満足のために私は奴らを殺す」
ヴェルベットのナイフがシメオンの頬を横切った。
「仇討ちに意味はない?知った風なことを言うな!」
ヴェルベットがシメオンの瞳を覗き込んでいう。
「今更、ヴェストパーレの娘だと言われてもどうでもいい。私の両親は私を育ててくれた両親だけ。私の家族は十六歳の少女だった私と死んだ領地の者だけ!」
「愚かな、なぜ地位と名誉を自ら手放す?二度と戻らぬものになぜ縋る?」
「残念だったわね、伯爵様。妹がこんな女でね」
そう言ってヴェルベットはナイフを話す。
「さあ、帰ってくださる?何が目的で私を探していたかは知らないけど、わかったでしょう。説得は無理って」
「私はまだ諦めは・・・・・・」
ストンと、ナイフがシメオンの足元に突き刺さった。
「帰りなさい。さもなくば次は当てるわ」
シメオンは黙って部屋の扉まで下がるとそれを開ける。そしてヴェルベットを見た。
「ヴェストパーレにはお前が・・・・・・・」
「失せろ!」
そう言い、ナイフに手をかけた少女を見ると、ヴェストパーレ伯は部屋を出て言った。部屋の窓からシメオンが館を出るのを見るヴェルベット。彼が完全に立ち去ると、床に刺さったナイフを回収する。
この部屋は防音がしっかりしているため、会話は聞かれていない。
ヴェルベットは今後もシメオンからの干渉はあるだろう、と考えていた。彼の干渉は復讐の邪魔だ。
いっそ消すか、と考え、ヴェルベットは首を振る。
(私は無差別殺人者ではない。復讐者だ)
そう考え自身の殺人衝動を抑える。
少女は乱れた服を整え、荒れた感情を静めると仕事のために部屋を去っていく。
ヴェストパーレ伯シメオンは馬車の中でうなだれていた。まさか、自身の腹違いの妹があれほどとは思いもせず、ショックを隠せなかった。
「私には、ヴェストパーレには時間がないというのに・・・・・・・!」
シメオンの小さな呟きは誰に聞こえることもなく消えて言った。
「復讐、か」
シメオンには、そんなものの意味は分からない。今まで不自由なく暮らしてきた。権力で全てを思いのままにしてきた。奪われることなどない。少女の中にある愛情の深さなどもわからない。そもそも、彼の家に愛などはないのだから。
「だが、ヴェルベット。お前には我がヴェストパーレに戻ってもらうぞ」
シメオンは目を閉じて言う。
「時間は少ないのだ」




